ギルドの登録手続き
ギルドへの登録手続きはティオーヌが請け負ってくれた。
副ギルド長だという彼女は、長時間受付で待たされるのが常である各種手続きをその権限でもってさくさく終わらせていく。
「あなたは薬師登録だから、まずは得意な薬を数本ギルドに治めてちょうだい。効能に問題なければ評価に加えるし、質が良ければ顧客も紹介できるわ。薬草採取なども請け負えるかしら?その場合はあちらの受付で依頼書を受注して頂戴」
示された方向に視線を向ければ、茶色の巻き毛を綺麗に結い上げた可愛らしい受付嬢がこちらを見ていた。
副ギルド長自ら相手をしているのが気になるのか、わたしの斜め後ろをブンブンついて回る魔蟲が気になるのか、両方か。
会釈する前に目を逸らされた。
まぁ、それはギルド内にいる人ほぼ全員に同じことが言えるんだけど。
そうでしょうね!ペットに魔蟲飼う女なんて不気味だよね!
若干やけ気味にやさぐれていると、名を呼ばれた。
「はい、どうぞ」
「早いですね…」
「話を聞くのに時間かかってしまったから、お詫びも兼ねたの」
ティオーヌから薬師登録レベルFと刻まれたギルドカードを受け取る。
Fランクは駆け出しと同じ。信用も何もあったものではない。
「大変だけど思うけど、頑張ってね」
その声に、ギルドカードから視線を上げる。
ティオーヌが態度を軟化させたのは、わたしが薬師だと告げたときからだ。
「ここ最近、王都からうちみたいな小領地へ移動する薬師が多いって話は耳にしていたわ」
少し眉を下げて気の毒そうに言うティオーヌは、その理由も知っているのだろう。
事の発端は、新しい神子様だ。
神子様が、新たな治癒術式を発表した。
それまでは、膨大な魔力量を必要とするわりに成功率が低い術式しかなく、薬と自然治癒に頼り切っていたところへ神子様の奇跡ともいえる御業。
それは良い。良いことだ、普通に。
神子様は大人気だ。
その御威光にあやかろうと、薬を飲むよりも神子様の治癒術式をこの身に受けたいという風潮が瞬く間に広まった。
「神子様の御力がこの身に漲るようだ」と大評判となった治癒術式。
術式を受けるためだけに魔術師を求める奴らに言ってやりたい。
神子様以外が扱う治癒術式に神子様成分が混じる要素は皆無だからな?
まぁ、そういったわけで、いま、王都では薬関係の需要はひどく低い。ひいては薬師の需要も低い。
魔術師にかかる金も伝手もない平民向けに、価格を抑えた薬が販売されているが儲けはないに等しい。材料費も人件費も高額だ。
これらは一過性のものだったのだろうが、それに対抗しようと薬師協会が結成された。
ところが、協会に所属するためにはお金が必要だった。所属しなければどこの店でも薬を置かせてもらえないばかりか、材料も売ってもらえない。
金も後ろ盾もないわたしのような底辺薬師は王都から出るほかなかったのだ。
昔から、神子様がお立ちになると様々な場所に影響が出るものだと言われるが、まさかこんな形で我が身に降りかかるとは思いもしなかった。
「ルインさんには悪いけど、そういう特殊な事情でもないとわざわざ小領地に越してくる人はいないから、うちとしてはありがたいのよ。ほら、きちんと認められないと転居なんてできないでしょう?」
「はぁ……」
慰めなのか歓迎なのか微妙な会話を頂戴したわたしは、最期に級友への手紙の配達依頼を出してギルドを後にした。
当然ながら、その間ずっと、ブーンという羽音が付き纏っていた。