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お外は人の目があるよね 

 引きこもっていた身には陽の光が強すぎる。


 いつもならば煩わしいと目をしょぼしょぼさせるところだが、今は全身で光を受け止めたい。


「お外って素晴らしい……!」


 奸計の後に施された恐ろしき人体実験から逃れたわたしの足取りは軽い。

 さらば監禁生活。


「きちんと日光に当たる時間も散策時間もとっていたではないか。日光だけではないぞ、質の良い睡眠時間、バランスの良い食事、適度な運動……」


 なんか蜂が訴えてきているが、そういうことではない。


「身体だけ健康でもダメなんです。心が病気になってしまうんですよ」



 基本的に、わたしは常に家に引きこもっていてもまったく苦ではない。

 食べる物に困らず、魔蜂が世話をしてくれるというのであれば猶更だ。


 しかし!それはあくまでわたしの自由意思に則った場合である。

 たとえ、どんな何不自由ない快適な生活を整えられたのだとしても、そこにわたしの意思が無ければ不満を見出す自信がある。


 自由意志がない整えられた生活など牢獄と同じ!


 今後同じことが無いように是非とも釘を刺しておきたい。



「心の病にかかったら、壁とお話ししたり」

「壁より我と話せばよい!」

「自分の身体を傷つけたり」

「我の薬で治すぞ!」

「何も食べなくなったり」

「ムリヤリ口に突っ込めば良いのかの?」

「………」


 まったく悪気ない表情をしているヴェヒターを見つめる。


 なんということだ。万が一心を病んだら碌な目に合わないだろうことがここに明らかになった!!


 人の繊細な心の構造に対する気遣いを求めたわたしが悪いのか……。

 だが引き下がるわけにはいかない!


「えーと……、今以上に身体拭かなくなったり?」

「なんと!?」

 

 驚愕の為か、ヴェヒターの身体が僅かに遠ざかった。

 そうか、奴らは清潔好き……!この路線で攻めれば良いのか!

 活路を見出したわたしは続ける。


「そう、顔も洗わないし、服だって着替えないしぃー」

「!?」


 ぎょっとするヴェヒターに、段々楽しくなってきてにやにやする。


「大も小も垂れ流し、部屋とか庭とかいろんなところでしちゃうかもね!」


 慄いたヴェヒターがピャッと革袋に閉じこもった。

 革袋が小刻みに震える様子に、うぷぷと忍び笑いしながら顔を上げれば、道行く女性と目が合った。その傍らには澄んだ目の子ども。


 わたしの頬が引きつったのと、女性がサッと目を逸らしたのはほぼ同時だった。

 女性は「ほら、もう行こうね~」と子どもに話しかけながら離れていく。

 「あのお姉ちゃん、ばっちぃの?」「しっ!」という会話が風に乗って耳に届いた。


 何気なさを装って細い路地に入る。


「近くに人が居るなら教えてくださいよっ…!」

「だって、だって…!もしもルインがそんなことになっていたらと思うと、我、我ぇ……!」


 頭だけを出したヴェヒターが情けない声を出す。

 黒い目がうるうるしているが、こちらだって泣きたい。

 薬師の評判以前に、人としての社会的評判が地に落ちたら夜逃げ一択だよ!!


 あの親子がわたしの名を知らないか、誰にも言わないでおいてくれることを祈った。かなり真剣に。







 市場に来たのは、肉や魚を買い足すためだ。

 だが、まず最初にわたしが目指したのは、肉屋でも魚屋でもない。


 盾と剣を描いた看板がある店――――アインズの道具屋だった。

 ここは冒険者向けの武具を扱っている店だが、同時に旅に必要な保存食も扱っている。

 干し肉とか干し魚とか固いパンとか。とにかくそういうヤツ。


 ライヒェンに来た当初齧っていた保存食は根性で食べ切った。

 その後はコルトゥラとクフェーナたちのおかげで食生活が潤い、補充の必要性を感じなかったのだが、今回のように魔蜂どもの反乱が起きたとき用に確保する必要性を感じたのだ。


「いらっしゃい…、おや、魔蟲の、しばらくだね」


 白い髪の店主と目が合ったので、にこりと微笑み挨拶を返す。


「こんにちは、アインズさん。魔蟲の、ではなく薬師のルインです」

「そうかそうか、それで、今日は何が欲しいんだ、魔蟲の」


 アインズはわたしのことを、魔蟲の、と呼ぶ。

 何度訂正しても同じだ。わたしも半ば諦めてはいるのだが、いつも一度は訂正を入れている。

 一応、念のため、もしかしたら一度くらいはこの爺の耳から頭の中に到達する日がくるかもしれないから。

 ちなみに、この店がライヒェンで唯一の道具屋だ。

 たぶんギルドの次に冒険者がやってくる店だろう。


「保存の効く食料(もの)が欲しいんですが、ありますか?」

「あるよ」


 アインズはごそごそと棚を漁って干し肉や干し魚を出していく。


「魔蟲の、そういえばお前さん薬師でもあったかな?」

「そういえばも何も、職業薬師ですよ?」

「ちょっと前に来た客なんだがな」


 聞けよ、この爺。と内心毒づきながら、適当に頷きながら話に耳を傾ける。

 良い外面を保持するためにはこのようなやり取りも大事なのだ。


「調合服は、お前さんやマリーヤのところに売れるからうちでもある程度揃えてある。火蛙から火鳥、一番いいのは火蜥蜴なんかを織り込んだヤツだな」


 調合には火を扱うことも多いので、火耐性の強い皮を織り込んだものが使われる。

 ちなみに、火蛙が一番安い。普通の服より少し燃えにくいというだけで、着ていると熱を通す。

 火鳥は火耐性もさることながら羽のように軽く動きやすい。熱は通すが風を含む特性から着ていると若干涼しい。

 わたしが今使っている火蜥蜴の皮が織り込まれた調合服は、それらよりも上で火も熱も通さない。

 アインズは火蜥蜴が一番いいといったが、それは普通に店で購入することができる中での話で、上にはもっと上がある。まぁ、わたしが手に取る日など来ないだろうが。


 


 金が無かった学園時代には、卒業生が置いて行った古い火蛙調合服を着こんで調合していた。

 今使用している火蜥蜴調合服は、魔獣大好きバカに頼まれて作ったちょっとヤバイ系の薬の報酬として、ぶんどっ………譲り受けた。

 良い思い出である。


 魔獣バカの顔を思い浮かべている間も、アインズの話が続いていた。


「いや、別にそいつが調合服を注文したとかそういうんじゃないんだ。ギルドへの道を聞かれただけだからな。ただ、あれは薬師だったのかなぁ、と思ってな」


 そこでアインズはわたしの目を見た。


「…最近は、お前さんみたいのもいるからなぁ……」


 時代は変わるもんだ、と目を伏せて息を吐く老人。

 その姿は時の移ろいに疲れた様子そのものだが……、おい、どういう意味だ。


 



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