商品を開発しよう 3
磨り潰され、サラサラにされたロナが大匙一杯ずつ小皿に入れられる。
調合台の上にずらりと並んだ小皿に、少しずつ量を変えた花蜜を加えていく。
当然のことながらそれらの詳細な記録も残す。
「花蜜が少ないとぱさぱさですね…。水分を加えてみても大丈夫ですか?」
「構わぬが、水を加えると長期間の保存が効かなくなるぞ」
長期間保存できる物にしたら買いだめしてくれる人も出てくるかもしれない。
長い目で見て、余計な物を加えない方が良い。
花蜜は節約方向でいく。
最低限の花蜜で最も効果の出る割合が知りたいのだ。
一定量を超えるとトゥロナの粉がベタベタになって扱いにくくなったので、パサパサとベタベタの間の量で調整を目指していき、次の段階に入るときがきた。
普通は、鉱石の扱い一つでも試行錯誤を繰り返して時間がかかるものなのだが、魔蜂たちの働きのおかげで想像以上に早く作業が進んでいた。ヴェヒターの知識のおかげで失敗らしい失敗をしていないことも大きいが、それにしても早い。早すぎる。
………まだ実験に使う動物を用意していないんだよねぇ…。
「今から市場に行って、実験に良さそうな動物が見つかっても、丸洗いして清潔にして……、結構手間がかかるんですよねぇ」
「そういうところは潔癖なのになぁ……」
ヴェヒターが残念な子を見るように呟いたが気にしない。
調合室に汚れなど断じて許さない。
それは薬師の鉄則。
かくいうわたしも、調合室の中では専用の衣を纏い、髪は一筋も落ちないようにし、特製のマスクだってつけている。
自分が生活する場なんて多少汚れていても気にしないし掃除だって適当そのものだが、調合室はピカピカ。
なんといっても仕事場だもの。調合室の掃除だけは完璧だ。
市場に買いに行くならば、わたしが行くしかない。
長毛種の動物がうまいこと手に入ると良いんだけどなぁ、と思いながら調合室から出ようとすると、小さな魔蜂たちが行く手を遮った。
ん?
「ルインよ、毛の長いものならば既におるぞ」
んん?
首をめぐらせ、窓から外を見る。魔蜂がどこからか調達してきたのかと思ったのだが、窓の外には洗濯物を干している蜂しか見えない。
え?まさか蜂?蜂に試すの?
対象物が小さいし毛足は短いし、どう考えても不適格だ。
つるつるのレーゲンは候補に最初から上がらない。
……それとも何か、歯が生えていたように、あの身体のどこかにモフモフが潜んでいるとでもいうのか……?
ちょっと想像しかけたが、すぐにそれを打ち消す。
「……たとえどこかにモフモフが存在したとしても、ちょっと気が引けるというか遠慮したい心理的に物凄く」
「何を言うておるのだ?」
そのとき、調合室の扉が開いた。
わたしの行く手を遮っていた蜂たちがザッと左右に割れ、姿を現わしたコルトゥラとクフェーナは、その細脚で湯気の立つ大きな洗い桶を持ちあげていた。
「常々、そう、常々我らは思うておったのだがな、ルイン」
ある種の威圧感を備えて近づいてくる盥――――もとい丸っこい魔蜂に唖然としているわたしの耳に、若干あきれ混じりの声が届く。
「濡らした布で拭くだけでは、清潔は保てぬのだ」
……………………?
……………。
………はっ…ああああああああっっっ!!!!
雷に打たれたように悟った。
「あんたら、それであんなに協力的だったんだな!?愛らしく尻を振っておきながら、裏でそんなことを画策していたとか、なんて性悪っ!!」
「やはりルインも我の尻を愛らしく感じておったのだな!」
「そんな話はしていない!人体実験反対!!断固拒否する!!」
「案ずるでない。人体にはまったく無害である」
「どこにそんな証拠があるんだ!!」
証拠だ、証拠を見せろ!と騒ぐわたしを、魔蜂たちが困惑したような目で見つめてくる。
やめろ。そんな目でわたしを見るんじゃない!
大体にして、髪なんて洗わなくっても死なないんだ!
「……そうだ、ティオーヌに協力を要請しようじゃないか。わたしよりもよほど髪が長い!家に呼び出せば洗い放題だ!それとも受付嬢のカリーナが良いのか?あれもきっと洗い甲斐がある――――」
よっしゃ良い考えだと顔を上げた途端、目配せをし合った魔蜂たちがブワッと襲い掛かってきた。