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商品を開発しよう 1



「第一回花蜜商品開発会議を開催します」

 

 目をぱちくりする小さな魔蜂を前に、わたしはにっこりして宣言した。






 ギルドでの帰り道。わたしは歩きながら考えたのだ。


 蜜飴を売って得た金があれば、当面の生活には困らない。

 レーゲンのおかげで豊かな畑が約束されているので、肉や魚や調味料なんかは買う必要があるが、野菜は買わずとも良い。節約できるのは大きい。

 たとえ薬師の仕事がなくとも、生活していくには十分だ。その中から少しずつ、いずれ王都に帰るだけの資金を貯めることだって可能なはずだ。




 ―――――が、ここで恐ろしいことに気付いてしまった。




 何年か後に神子様の治癒術熱が収まったとして。


 果たしてそのときに、わたしを雇い入れてくれるような店があるだろうか。




 今現在も学園で勉強中の薬師の卵たちはたくさんいる。若く、情熱もあってやる気に満ちている彼らは在学中に勤め先を決める。そりゃもう怒涛の勢いで決める。己の師を決めるのだ、将来を見据えて誰もが真剣。

 そんなところにわたしが参戦したとして、勝てる見込みがあるのか。

 万が一、かろうじて、伝手か何かで雇われたときに、


「ルインさんの得意な薬はなんですか?」

「傷薬を少々…」


 なんて答えたくない。



 最も可能性が高い前の職場に再雇用されたとして、以前のわたしを知られているだけに進歩の無さが筒抜けだ。

 「え?あの後いったい何していたの?」「魔蟲に世話になっていたとかなにそれ」「人間やめていたってこと?」などという薄ら寒い会話などごめん被る。


 多くは望まないわたしではあるが、多少のプライドくらいはあるのだ。

 魔術師の才が無いと知れたときに薬師を選んだのは、一応国に認められる資格であり、女一人でも食うに困らない職だと思ったから。


 ――――初心に戻ろう。


 わたしは固く決意した。


 今こそ、将来を見据えて行動すべきなのだ!!

 


 将来を見据えたわたしの計画はこうだ。

 魔蟲どもを利用して金を稼ぎ、レシピを買う。

 薬のレシピは高価だ。そもそも、良いレシピが出回ること自体が少ない。しかし、チャンスはいつ巡ってくるのかわからない。備えておくにこしたことはない。

 レシピを手に入れて、ギルドに納品してランクを上げ、「その薬なら薬師ルインが一番ね!」という評価を得るのだ!!ゆくゆくは王都に返り咲き……!


 ………素晴らしい。

 完璧だ。


 そのためならば、花蜜商品の開発・販売によって得るであろう魔蟲関連評価の増大くらい大したものではない!……と、思う。








「そうか!ルインもようやく我らの手を借りたくなったのだな!!」


 目の前でヴェヒターが小躍りしている。

 魔蟲を利用するに関してはなんら罪悪感はない。だって魔蟲だもの。


「くっ……!」


 だけど、なんか悔しい…!何かに負けた気がする……!


 ……いや、大丈夫だっ……!

 だってわたし、薬師として自立するために頑張っているんだもの。


 魔蜂が飛び交い、トイレに特殊軟体生物が居座り、巨大魔ミミズが畑で豊かな実りをもたらそうとも関係ない。

 魔蟲の手を借りて金を稼ごうとしていても関係ない。これはわたしが魔蟲を利用しているだけだ!

 負けてない。負けていないぞ!


 わたしが魔蟲に負ける時―――――それは真に人としての矜持を失った時だ。


 具体的に言えば、身の回りの世話を魔蟲にすべて委ね、人間との交流は手紙だけ、娯楽は蜂ダンス。最期は寝台の周囲をぐるりと魔蟲共に囲まれ天に召されるときだろうか。


 そんな日はきっと来ない。

 だからわたしの矜持は大丈夫。


 矜持の設定が大幅に低くなったような気がするが、問題ない。問題ないったらないんだ。







 気を取り直し、ヴェヒターに向き直る。

 話ができるのはこいつだけ。わたしには花蜜に関する知識などないので、まずは相談だ。


「どのようなものを作るのだ?」

「高く売れる物が良いです」

「はっきりしておる!」


 楽しそうに触覚を揺らしているが、あんたらが集めた花蜜を大量に消費されるのだと本当に理解しているんだろうか。

 あとでやっぱダメって言っても遅いんだからな?

 こちらの気も知らずに、魔蜂たちはお尻をふりふりしながら相談を始めた。


「新しい菓子はどうか?南の地方から持ってきた種がレーゲンのおかげで程よく芽吹いたそうだぞ」

「蜜飴が既にありますからね……」


 甘味で被って人気が二分するのはどうかと思うんだよねぇ。


「ルインは薬師であろう、薬にすればよいのではないか?」

「え?花蜜で薬ができるんですか?」


 驚きの提案が出た。

 ヴェヒターは得意げに胸を張った。


「むふふー。我の手に掛かれば可能だぞ。昔はよく作ったものよ」

「そうなんですか?凄いですね…」


 花蜜からつくられるのであれば当然甘いだろう。

 基本的に薬というのは苦くて不味い。そこへ参入する甘い薬……。

 売れる。これは売れるぞ……!

 興味津々なわたしに気を良くしたのか、ヴェヒターはバッと前脚を広げると同時に天を仰いだ。


「くくく、……それはあまねく生物にとって抗い難き誘惑。かつてその甘露を手にせんと血を血で洗う争いが起きたほど……!だがそれも然り!生に背を向け死の淵を歩む不死者であろうともその一滴を啜らんと「あ、それ却下で。次行きましょう、次」何故(なにゆえ)!?」


 わたしはにっこり告げてやる。


「誇大広告は後で訴えられますよ」

 

 誇大広告。


 それは薬師とは切っても切れないもの。

 薬関係は特に厳しい。効果が無いと詐欺だ何だと取りざたされる。被害は闇薬師が流す違法な薬に多いけれど、用法や体質に合わなくても騒がれる。

 問題が起こる度に薬師は肩身が狭い思いをするのだ…!


 

「こちらから提供するのは誰にでもハッキリ理解できて納得できるものが良いんです。訴えられると販売禁止にされたり、ひどいときは薬師資格剥奪されますからね」

「そんな……!」

「薬の効能なんかは、使用する個人の体質や体調なんかにも影響されます。難癖付けられても証明できないこともあります。最初から難癖つけられないことが一番の自衛ですよ」


 だからそのような大仰(あやしげ)なモノは却下だ。

 悄然とするヴェヒターの横をすり抜けて、クフェーナが近づいてきた。

 おい通訳、項垂れていないで仕事しろ。


「……クフェーナが、洗う物をつくりたいと申しておる……」

「洗う物、ですか?」


 思わず目をぱちぱちさせてクフェーナを見つめる。普段から厨房で飛び回る彼女。すぐに連想したのは皿洗いなどの水仕事。

 洗剤、ということだろうか。水仕事で荒れる手のために……とか?


「うーん…、水仕事用だと、あんまり高価にできませんけど…」


 蜜飴が高価だけれど求められるのは貴族間で評価されたためだ。

 水仕事をするのは平民。価格を吊り上げればどんなに良い物でも手が出ないし、安く提供してしまうと儲けが少ない。

 悩んでいると、ヴェヒターが違うようだと教えてくれた。


「水仕事ではないぞ。髪や身体を洗うものだ」

「え?」

「花蜜には殺菌効果に加え、保湿効果もあるからのぅ」


 洗う物って洗剤じゃなくて、要は石鹸のこと?


「…そういえば、貴族って綺麗好きですよね」

 

 沸かした湯を浴槽がいっぱいになるまで入れるのは実に大変なのだが、奴らは下々の苦労など知ったこっちゃないと言わんばかりに要求してきてそれに浸かり、石鹸で身体を洗い、髪には香油をたっぷりつける。

 石鹸の原料は油だ。油の質の違いで値段も変わるらしい。前にキエラがどこぞの石鹸を取り寄せていると話していたことがある。


女子(おなご)は美容の為ならば金に糸目をつけぬはずだというておるぞ」

「そうですかぁ?」

「うぅーむ。『真に経済(かね)を動かしているのは男子(おのこ)ではない!』とか息巻いておるが……。まぁ、コルトゥラもクフェーナも日に6度以上毛繕いをするからのぉ…。あながち的外れではないのかもしれんぞ」


 蜂にとって、一日に6度の毛繕いはどうやら多いらしい。

 どうでもよい魔蜂知識がまた一つ増えた。

 

「確かに、嗜好品にお金をかける人はいますよね……」

 

 それに、さきほどのヴェヒターの話を鵜呑みにするわけじゃないが、常識に外れた薬などを出すと色々面倒なことになりかねない。神子様治癒術に対抗すべく立ち上がった薬師協会のやり口を考えると、同じ土俵で目立つのは危険。


 ――――だが、嗜好品ならばどうだ?

 実際、花蜜は問題なく売れている。


「とりあえずその路線で行きましょうか」

「うむ。では早速試作に取り掛かるとしよう!」


 何故かやる気を出しているヴェヒター。クフェーナとコルトゥラが小さな魔蜂を先導しはじめた。イルメルダもそわそわしている。


 …そんなに花蜜を活用してほしかったのだろうか。自分たちの取り分が減るというのに。


 魔蟲の感性は謎だ。


 


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