橋渡し 2
「―――――というように、魔蟲であれそうでないものであれ、ミミズというのは畑の作物の成長に不可欠なのです」
普通のミミズと魔蟲のミミズに関する説明を長々と聞いてくれた6人の聴衆はぽかんとしていた。
「そ、そんなことを急に言われても……」
「ミミズは害虫だし…」
恰幅の良い女が嫌そうに眉を顰めた。
まぁねぇ、見た目とかでやっぱり受け付けない人とかいるよねぇ。と思っていたら、たまに収穫した野菜に穴が開いているのは土の中にある間にミミズが食っているからだと思われているようだ。
無知により生じた誤解である。
「野菜なんて食べませんよ。今お話したとおり、わたしの畑が異様に豊かなのも皆さんの畑が痩せたのもひとえに皆さんがミミズを追い払った結果なのです」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
恰幅の良い女の隣にいた、痩せた男が手を挙げた。
「確かに、ミミズを駆除するのに良いって言われて薬を撒いたが……、あんたまさか本気で全部ミミズの所為だっていうのか?」
事実ですからねぇ。
わたしは黙って頷いた。
「バカバカしい!」
憤慨したように立ち上がったのはがっしりした体格の男だ。
「たかがミミズごときで、これだけの土地が痩せちまうわけがないだろうが!!お前、何が目的でこんなことを……!」
「お言葉ですが」
やや声を張り上げて男の言葉を遮った。
「あなたはそのたかがミミズの何を知っているというのですか?何を食べ、どう住まい、どうやって子を為し、何を嫌い、何を好み、どうすれば息の根が止まるのか。――――――あなた、ご存知なのですか?」
目を逸らさないようにきつく見据えれば、男は口をパクパクさせた挙句うろうろと視線を動かした。
バカめ!
わたしはこの日のためだけに、ヴェヒターを通じて巨大ミミズに教えを乞うたのだ。
すべては、敵地に赴いて色々説明するには様々な情報を集めるに越したことはないという一心からである。
別段知りたくもなかったが今のわたしはミミズ通。そんなわたしの前でミミズを語るとは、片腹痛い!
「わたしはただ、ここの畑が痩せ衰えた原因をお伝えしただけです。皆さんが信じようが信じまいがどちらでも構いません。ただ、わたしへの誤った認識を改めていただきたいと思っただけですので」
にこりと微笑みながら部屋の中を見回すと、それまでずっと黙ってこちらを見据えていたオーベがおもむろに口を開いた。
「あんたの話が本当かどうかなど、誰がわかる」
「そうですね。魔蟲の研究者でもいればいいんですけれどね」
魔生物学者の中にもいるかどうかわからない。あの魔生物大好き知人だって魔蟲よりも魔獣に夢中だった。
「撒いている薬剤はどなたが作ったんですか?」
「……害虫を駆除できるという者たちがやってきたので、試しに頼んでみたのだ。薬を撒いた翌日にはミミズが地面の上でのたうち回っていて……それらの処理もすべて引き受けてくれたので、他の畑にも撒くことにした」
そういえば、最初は一部の畑で薬剤撒かれて同胞が駆除されたようだったから、逃げてきたって言ってたな。…そして、上位種の存在を感じ取って我が家に集結かぁ……。
「とりあえず薬剤を撒くのをやめて様子を見てはいかがですか?雨が降れば薄まるようですよ」
「……それでどうにかなるのか?」
「さあ?」
わたしの返答にオーベの周囲が気色ばんだ。
「様子を見てって……!そんな悠長なこと言ってられないよ!」
「なんの根拠もないだと!?おかしな言いがかりをつけに来ただけじゃないか!!」
「馬鹿にしに来たのか!」
雨が降れば撒かれた薬剤は効果が薄れるとミミズは言っていたが、その都度また薬剤が撒かれてしまうから問題だったのだ。
わたしへの黒い疑惑が晴れてくれて、ついでに薬剤撒くのを止めてもらえればそれで良い。
こちらとしては、これ以上うちの畑にミミズが集結しなければ十分だし、それ以上手を貸してやる義理もない。
「先ほど言いましたが信じようが信じまいがそちらの勝手です。わたしは少しお話をしにきただけですから。そろそろ失礼しますね」
ほとんど善意の忠告だ。情報料をとらないだけありがたいと思え。という気持ちはオーベに伝わったようだ。苦々しい顔で騒いでいる周囲を宥め始めた。
はー、やれやれ。一仕事終えた。
用事が済んだら即撤収は基本だよね。
情報を整理しきれていない人間を放置してサっと立ち上がって部屋の扉を自分で開けた―――――ら、そこにライリーとドナがいた。
「………こんにちは。わたしはもう帰るところなんだけど…」
なんとなく後ろめたい気持ちで、ごにょごにょと口の中で挨拶だか何だかわからない言葉を呟きながら、サカサカと横歩きで二人から距離を取った。
「待って!」
出口に向かいかけたわたしの前にライリーが回り込んだ。僅かに後方へ引っ張られる感覚がするのは、ドナがローブの裾でも掴んでいるのだろうか。
「ねえちゃん、……畑がダメになったのは魔蟲がいなくなったせいだって、本当?」
立ち聞きしていたことを暴露しているぞ、ライリー。
難しい表情でじっと見上げてくるライリーは答えを聞くまでどく気がなさそうだ。
「そうですよ。まぁ、信じる人はいないでしょうけど」
先ほどのやり取りを思い出しながらそう告げると、ライリーがぎゅっと顔を顰めた。
背後を見やると、やっぱりドナがローブの裾を掴んでこちらを見上げていた。
「おれ…」
「あん?」
早く帰りたいなぁと思っていたら、ライリーがボソッと喋ったので視線を戻すと、なんか悲壮な感じで睨まれた。
「おれ、ねえちゃんにひどいこと言った…、ごめんなさい!謝るから……だから、だから、助けて!!」
目を剥くわたしに、「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝りながらも、うわぁんと泣き出した。
なんの騒ぎだとオーベたちが部屋から出て来た。気づけば、出口付近にも他の村人の姿がある。
前方に必死に謝ってくる少年。後方にブルブル涙目で見上げつつも裾を離さない少女。周囲に訝し気な表情の村人たち。
何この状況。
これではまるで、わたしが怒っているからこの村に災難が降りかかったかのようじゃないか。
全然違うからね?そもそもわたし本当にお話しにきただけだし、善意の情報提供者だよ!?
これを振り切って帰る?――――どこの悪人だ。
泣き止ませる?―――――餌もないのにどうやって?
声高に誤解だと訴える?―――――単なる悪あがきと捉えられる結果しか浮かばない。
わたしはここに、薬師のルインと名乗って来ている。顔も素性も割れているのだ。そんなことしてみろ、なけなしの評判が地の底に落ちるじゃないか!!
ぐぐぐぐ、と眉間に皺を寄せ、わたしはオーベの方に視線を向けた。
「………薬剤を撒くのを止めると約束できますか」
不本意であるために、地の底を這うような掠れた低い声が出た。
ちょっと目を見開いたオーベは自分の周りを見回し、頷いた。
「今は何でも試してみたい。……あんたの言うとおりならば今後は薬剤を撒かないことを約束しよう」
反対の声は上がらない。
もしかしたら、わたしが思っているよりもずっと深刻な状況なのかもしれない。
確認すると、朝方まで雨が降ったが、その後まだ薬剤は撒かれていないという。
「それでは、何人かうちの畑に来てもらってミミズを運んでもらいましょうか…」
本音を言えば、そんな面倒くさいことはしたくない。
敷地内に人を入れるなら、一応魔蜂たちに隠れておけと伝えておかなければ……と考えていたら、下からシュッと黒い塊が飛び出した。
ヴェヒターだ。
瞬きをしている間に、何やら前脚で胸を叩くと驚愕の声を上げる人の頭を飛び越えて家の方角へ向かって行った。
どうしたんだろう、と首を傾げかけてハッとした。
……もしかして、一足先に家に帰って魔蟲たちに隠れろと言ってくれたり……?
もしもそうならば、知能が高いくせに空気の読めない実に残念な生き物だと思っていたのを訂正してやらなくもない。
驚いている村人たちに、話を進めましょうと促し、誰かが村の若い衆を何人か呼んできて、渋々ながらもミミズを入れる袋やらを女性陣が用意した。ライリーとドナを引き離して両親らしき人物に渡し、さぁ出発するかと外に出たときだった。
「なんだ、あれ……」
誰かが呟いた。