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覚悟を決めたところ、何かを失うこともある




 ギルドは様々な依頼を請け負っている。その依頼内容に合った人材が希望に沿ってくれ、いざ問題が起きたときに対処してもらえるのが良いのだ。国の機関ではないもののそれと同じくらいの信用がある。そのため、わたしはこの領地のギルドへ登録すべくやってきた。できるだけ割りの良い仕事を紹介してほしい。

 この領地にあるギルドに訪れるのは初めてだが、王都のギルドでお世話にはなったことがある。

 あるが………、このような状況では断じてなかった。


 粗末な机に両肘をつき、顎の下で指を組んだ金髪美人はティオーヌと名乗った。

 ひどく冷たさを感じるのは薄い水色の眼のせいなのか。しばらく淡々と質問をしてくる様子は間違いなく容疑者扱い。扉を塞ぐようにして立つ強面の男といい、冷や汗が止まらない。


 しばらく質問が続いた後、ティオーヌはやがて小さく息を吐いた。

 

「騒動を起こそうとしたわけでもないということは理解しました」


 えー。何それ。そういう容疑がかかってたの???

 わざわざ衆目を集めるなど、自分になんの利がなければ絶対にしないんだけど。


 思ったことを柔らかく遠回しに告げれば、なんと以前、騒動を起こした隙に盗みを働く者や、魔獣狩りに失敗し、追ってくる魔獣を他者に押し付けようとする者がいたのだという。



「怪我人や盗難被害も報告されていませんから、この件は問題ないでしょう。それにしても、魔蟲なんて滅多に遭遇しないのに、運が悪かったのね」

「……あの、魔蟲は……」

「捕まえてありますよ。魔蟲は一匹殺すとその匂いで仲間を呼ぶと言われていますから」


 やっかいなんですよね、と続ける美人に思わず期待する。


「もしかして、森へ放すのですか?」

「いいえ。重しをつけた籠に入れたまま水に沈めます」

 

 ……にっこりえげつないこと言われた。


 網で捕獲された蜂が鳥籠に入れられたのはこの目で見た。傷つけないようにしていた様子だったので、このまま放逐されればいいと思っていたのだが……。


 さて、このまま不幸な事故により魔蟲がお亡くなりになった場合、どうなるか。

 あの家の門番的役割を担う存在を失うことは、わたしの管理能力を問われる大変不名誉なことではなかろうか。級友の善意を無にするだけでない。

 知能の高い魔蟲を、それも家の門番などというレアものを損なわせた責任として賠償請求されたら――――――


 怖ろしい想像に、頭をぶるぶる振る。


 ……もはや、覚悟を決めるしかない。


「黙っていたのですが、あの魔蟲は―――――」


 沈痛な面持ちでティオーヌに顔を向け、わたしは言った。言ってやった。


「ペットなんです」


 ぽかんと口を開けた美人と、目を剥く強面男の視線から顔を逸らしつつ捲し立てる。


「わたしはペットと散歩していただけなんです。ちょっと追いかけっこしていたら熱が入ってしまって、ほら、今日は良い天気だったじゃないですか。少し早起きしたから散歩しようかなぁって。まさかこんな騒動になるとは思わずに。ほんと、考えが至らず申し訳なかったです。昨日越して来たばかりでして周囲の方にペットだと認識されないとか思わなかったんですよね。王都じゃ密かなブームなんですよ。魔蟲ペット」


 つらつらと口から出まかせを並べ立て、「だから返してください」と締めれば、部屋に沈黙が降りた。


 視線が痛い。

 しかしここは踏ん張りどころだ。

 両手を胸の前で組み、ペットを返してもらえるのかどうか不安げにしている風を装って上目遣いにティオーヌを見つめる。

 一部の貴族が魔獣を集めているという噂は昔からある。真偽のほどはわからずとも、そういった話ちょっと気味悪い話はいつもどこにでも転がっていて、面白おかしく人の間を揺蕩っている。しかしだからこそ、疑わしくとも否定もできまい。

 言ったもの勝ちである。

 

「おい、それはちょっと無理があるんじゃ……」


 強面男が口を挟んだが、無理があることなど承知の上だ。


「え?もしかして、魔蟲ペットの存在は届け出義務があるのでしょうか。そうだとしたら今日のうちに届けを出します。どちらへ届ければよいのか教えていただけませんか?」


 眉を下げ、いかにも困っていますという表情をつくれば、強面男はわかりやすく怯んだ。そんな届け出を受理する場所などあるはずがない。


「……危険なのでは?」

「とても人に慣れていますから大丈夫です」


 真実は知らんが。少なくとも、意思の疎通が可能なのだし。というかこの場で他に言えることなどない。


「……そう言われれば、捕獲する時にまったく抵抗しなかったな……」


「人に慣れた様子と言われれば、まぁそうと言えるような…?」と悩み始めた強面男の呟きに、ティオーヌの方も「そう言われてみれば…」と応じだした。


「そうでしょう、かの有名な魔生物学者レイプレヒトも、魔蟲は魔獣と異なり、こちらが攻撃しなければ攻撃することはないと語っています」


 判断材料が足りないと思ったのか、ティオーヌが扉の外に何やら言付け、しばらくすると魔蟲が入った鳥籠が持ち込まれた。

 鳥籠の中で、暴れるでもなく魔蟲は大人しくしている。

 いつでも捕らえられるよう網を手にした強面男の前で鳥籠の扉が開けられたものの、魔蟲は動かない。


 ……何してんだ、あの蜂。


 このままでは、「魔蟲はペット」説の成立が危ぶまれるではないか。わたしが己の保身と評判と今後を天秤にかけて発言したのだ。その努力を無にするのは許さん。


「ヴェヒター」


 苛立ちと焦り混じりに呼びかけた。―――――と、鳥籠から黒い影が飛び出す。


「っぅひ!?」


 瞬きする間に、目の前には魔蟲が制止していた。思わず口から変な声が出るのも当然だ。

 キラキラうるうるした黒い目が一心にわたしを見つめていて、ひくっと口の端がひきつった。


「……驚いた」


 本当に懐いているのね、という言葉がティオーヌの口から転げ落ちた。

 




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