橋渡し 1
「本日は、お時間をいただいてありがとうございます」
「ライリーやドナが面倒をおかけしたことも聞いておりますからな」
なんと、わたしは今、農村地にやってきていた。
ライリーを通じて責任者と面会したいと何度かやり取りして面会日時を決定し、迎えに来たライリーとドナの案内で農村地に足を踏み入れた。
ライヒェンの町からさほど遠くない農村地は広々とした畑に点々と慎ましい家が建っている。わたしは農村で暮らしたことがないので、作物の発育状況について詳しくはないが、緑色の植物よりも茶色い土の割合が多く見える現状が良いとは思えなかった。
「薬師をやっていますルインです」
「オーベだ。この農村の長をやっている」
このオーベという老人は、実はライリーの祖父なのだそうだ。
それにしても視線が痛い。まさに敵地にひとり乗り込んできた感がある。
オーベを含め、険しい顔の男女が5人ほどわたしと相対している。この5人で話し合い農村を切り盛りしているようで、その中で一番発言力が強いのがオーベのようだ。
ところで、みんな怖い顔でこちらを見てきているが、わたしはただの薬師だ。か弱い女の子だぞ。なんだその態度。ちょっとはわたしを見習って外面取り繕うという気持ちを持ち合わせてほしい。
まぁ、革袋にはいつものようにヴェヒターが入っているし、視認できずともイルメルダもいたりする。そうでなければ絶対こんな状況でノコノコやってきたりはしていない。
万が一、暴力を振るわれそうになったら助けてくれると信じているからね!イルメルダ!
わたしはにこりとオーベに向かって微笑みかけた。
「ライリーとドナから、こちらの畑の状況を耳にしまして、何かお力になれればと思い参りました」
……物凄い胡散臭いモノを見る視線をいただきました。わかる。気持ちはよくわかりますよ。わたしも正気の沙汰じゃないと思っているんで。
「誤解してほしくないのですが、わたしがこちらの畑に何かした、ということは神に誓ってありません」
正面にいたオーベが目を細めた。
「それで、いったいどういうご用件ですかな」
わたしの無実の訴えはとりあえず無視ですか。そうですか。
「こちらでは畑が痩せ、作物が採れずに大変な思いをしていると聞きました。それを解決したいと望みませんか?」
空気がざわついた。何を馬鹿なという目を向けてくる者もいれば、敵意に近い視線の者もいる。
……なんか『わたしの言葉に従えば間違いないのよ』若しくは『従わなければこのままの状態が続くでしょう』という悪党的な意味合いでとられたような気がする。
こちらとしては、なるべく丁寧な口調で穏やかさを強調しつつやんわり話したつもりなのだが……。この場合は雰囲気と最初から向けられる敵意の問題のような気がする。
ああ、胃が痛い。
それでも始めてしまったかにらにはやり通さねばならない。
「あんたが解決できるとでもいうのか?」
「現状を改善するための助言ならばできると思います」
わたしが答えると、オーベが考え込むようなそぶりを見せた。ライリーの祖父は、厳つい見た目よりは頭が堅くなさそうだ。
問うような視線を向けられたので、わたしは早々に話を切り出す。全部終わらせてお家に帰りたいのだ。
「こちらでは、最近、畑に薬剤を撒きましたね」
はっきりと告げたわたしに、正面に座っていたオーベたちは戸惑ったようだ。
「…いや、しかし、あれは作物にはなんの影響もないもののはずだ」
オーベの後ろに控えていたうちの一人、背の低い中年の男がためらいがちに口にした。
わたしはそれにしっかりと頷いた。
「影響があるのはミミズに、ですよね」
わたしの返事に、何故それを知っているのかとざわめいた。
何故ってそれは、ヴェヒターがミミズどもから聞きだしたからである。
ライリーが、「今日はこの辺で勘弁してやる!」と言いながらドナの手を引いて帰って行ったあの日、わたしはこの件を放置しては、後々禍根となるのではなかろうかと感じた。
我が家の庭に魔蟲が棲みついたのも、それによって周辺の畑が痩せてしまうのもわたしのせいではないが、早急に手を打つべき事案と判断したのだ。
「別に良いのではないか?ルインの畑が豊かになるだけだ」
「うちの畑だけが豊かになるのが問題なんです。同じように生活していて、同じような環境なのに大勢の中で一人だけ恵まれていたらどう思います?」
「別になんとも思わぬ」
蜂だもんなぁ……。
人間はそうはいかない。
羨ましいという気持ちは簡単に妬みに変わり、相手がただ幸運に恵まれただけだったとしても許せないものだ。
おまけに、間接的とはいえ、うちの魔蟲が引き起こした事態だと思うと夢見が悪くなる……。
そういうわけで、わたしはヴェヒターを介し、上位種だというミミズと話をすることにした。
まぁ、色々あったのだが、レーゲンという名の魔蟲のミミズ―――――面倒なので、魔ミミズと称する――――――は、勝手に集まって来た下位種を元の場所に帰すのは難しいと告げてきた。
魔ミミズは、普通のミミズよりも大きく、生命力が抜群に強いが攻撃力はない。図体のデカい害虫と認識されているが、殺そうとしてもなかなか刃を通さないし土中に逃げる。
彼らは農村地の土の中でのんびり暮らしていた。
ところがある日、おかしな匂いが撒き散らされた。それを嗅ぐと、どうしても土の上に出たくなる。土中から出れば、さらに濃厚なその匂いに頭が痺れ、身動き取れなくなった。そうして動けなくなった仲間は、あっという間に人間たちに排除された。
匂いから遠ざかろうと、残った魔ミミズたちは畑から離れることにした。そんなときに上位種の気配を感じ取り、本能のままにやってきたこの場所では殺されることも疎まれることもない。まさに『楽園』なのだそうだ。
なんだ、コルトゥラとクフェーナの頼みで上位種を連れて来たせいだけじゃなかったのか、と安心したのも束の間、レーゲンが最近ここも手狭に感じて来たので徐々に開拓していこうかと画策しているという話を耳にして、わたしは真顔になった。
このまま放置していて、国中のミミズが集まったら嫌だ。家を中心に勢力拡大とか絶対に嫌だ。
更に言うなら、悪意ある噂によって目の敵にされるのも困る。
不名誉な噂を流されたり、襲撃されたり、畑の作物を強奪されたり、家を燃やされたり、または難癖つけられて裁判にかけられたり―――――――した際に、魔蟲どもが大暴れでもしたら目も当てられない。自分の人生が再起不能になる未来しか見えない。
色々と悩んだ末に、わたしは本当に、本っ当~~~~~に仕方なく、魔ミミズと農村地との橋渡しをすることにしたのだった。