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熊め!熊めぇぇぇぇぇぇ!!



「気分が優れないようだとダリウスが言っていたけれど……お話はできるかしら?」


 気遣わしい表情のティオーヌが問う。

 ここは何度か来たことのあるティオーヌの執務室だ。ダリウスはティオーヌに体調があまりよくなさそうだと説明した後、「なんか温かいモンでも飲むか?」と言って一旦退室した。

 こんなに気の利く筋肉を纏った強面のおっさんがいていいのだろうか。

 ダリウスが閉めた扉を眺めていたら、ティオーヌが聞き捨てならないことを呟いた。


「ダリウスはルインさんをよく構うわね」


 目を剥いてそちらを見れば、薄い水色の目に愉しそうな色を宿していた。本当にやめてほしい。

 わたしは手を頬に当てて、ふぅと息を吐く。


「ティオーヌさんの前だから良い格好したいだけだと思います。他の人といるときと全然扱いが違いますし、ダリウスさんは二言目にはティオーヌさんの話をしますよ?」


 ティオーヌの部屋に来るまでに、どれだけ大変だったのか愚痴交じりに聞かされたが、最終的には「ティオーヌがあちこち対応に追われて一番大変だったんだからそこのところよく覚えておけよ」と締めくくられたのだ。

 

「……そうかしら」

 

 その反応に、おや?と思う。目に見えて疲れているとわかるティオーヌは目の下に隈もあるしいつもよりも元気が無かったが、ほんの僅かに頬に朱がさして見える。

 わたしがいない間になにかあったのか……!?

 聞き出そうとしたとき、ノックの音と共にお茶を携えたダリウスが入って来てしまった。

 

「ほら、これ飲んで少し落ち着け」

  

 手渡されたのは湯気の立つミルクだ。ミルク独特の匂いについ顔をしかめてしまう。


「なんでホットミルク……」

「子どもを落ち着かせるにはちょうどいいだろう」


 誰が子どもだ!!


 物凄く反論したいところだが、ティオーヌの前だ。子ども扱いされておいてやろうという優しさを発動してやった。ダリウスよ、わたしに感謝するが良い……!

 わたしは腰帯の携帯袋の中から瓶を取り出し、その中身を少しコップの中に注ぐ。とろりとした半透明の液体が流れる。


「あら、花蜜?」

「はい」


 ホットミルクに花蜜を入れて飲むのはここ最近の習慣だ。夜寝る前には必ず用意されているので、仕方なく飲んでいたら習慣になったといった方が正しい。うちの蜂は好き嫌いを許すつもりはないのだろう。


「ミルク独特の匂いが苦手で……、こうすると気にならなくなるし、寝つきも良くなるそうですよ」

 

 そう説明すると、「わたしも今夜試してみようかしら」とティオーヌが言うので、まだ半分ほど中身が残っていた瓶をあげることにした。明らかに寝不足そうだからな。美人に睡眠は不可欠だ。


 少し落ち着いたところで、ティオーヌが口を開いた。


「あの熊なんだけれどね、わたしたちも見たこと無いのよ」


 その言い方にわたしは首を傾げる。


「熊の魔獣が珍しいということですか?」

「俺達が知る魔石を抱く魔獣とは違うって意味だ」

 

 心臓の上、つまり胸の部分に魔石を生成するのが“魔石を抱く魔獣”と呼ばれる所以らしい。その魔石は大きく良質で高価格で取引されるが、数年に一個出れば良い方なのだそうだ。


「あれ?あの熊の身体にはあちこち魔石がついていましたよね?」


 わたしは記憶を手繰り寄せる。

 あのとき、目の前に倒れた熊の腕や脚、背中や頭には小さな魔石がニョキニョキ生えていたはずだ。だからこそ、“抱く”なんて表現は似合ってないと思ったのだ。


「そうなんだけど……これ、見てくれる?」


 コトリと目の前に置かれたのは小さな魔石だった。


「……薄い?」

「やっぱりルインさんはわかるのね」

「そりゃあ、魔素を感知できなかったら薬師になれませんし……」


 戸惑いながら答えれば、ティオーヌは頷いた。


「魔素を感じ取れる職員に確認させたら、やっぱり魔素が薄いって言っていたわ。試しに一つ使ってみたら、すぐに溶けちゃったの」

 

 魔石は中の魔素を使い果たすととろりと溶けて霧散してしまう。けれど、どんなに小さな魔石でも、一回の試用で魔素を使い切るなんて聞いたことが無い。

 

「………粗悪品……!?」


 わたしは衝撃を受けた。


「こんな質の悪い魔石は初めて見たよな」

「それを言うなら、身体中に魔石を付けた魔獣だって初めてよ」


 亜種か新種かと答えの出ない議論を始めた二人を他所に、わたしはがっくりと項垂れた。

 あの大きな熊の魔獣をイルメルダに運ばせたのは、ひとえに身体についていた魔石目当て。ギルドに丸投げしたのだって、その分の手数料迷惑料諸々ひっくるめても魔石で支払ってお釣りがくると算段したからこそだった。

ついでに、うちの洗濯魔道具に使えれば魔石節約になるぜヤッホーいとか思っていたのに……!!


 やる気が削がれたわたしは、その後、熊を目撃した場所とか状況とかを尋ねられたので、適当に入った場所で薬草摘んでいたら熊が出た。追いかけられているうちに熊が木と激突して気絶した、と力なく説明した。

 どうやって運んだのかと聞かれたが、ここは素直に魔蟲が運んでくれたと言っておく。麓の村で見られているし、下手に嘘を吐くところじゃない。


 ティオーヌは「凄いのね…!」と感心し、ダリウスは「今度荷物運びの依頼も回すか?」と聞いてきたが、しおらしく「どうしようかと呆然としていたら、何故か突然手伝ってくれたんです…」と答えれば、「困った飼い主(ルイン)を見て手助けしようと考えたのか、なんて出来たペットなんだろう」と言い出した。

 褒められた(?)せいか、心なしヴェヒターの機嫌が上昇した気がする。

 運んだのはイルメルダだよね。


「大体の場所の見当がついたから、報告してくる」


 そう言って、ダリウスは足早に出て行く。

 無事でよかったわとにっこり微笑むティオーヌからは、「念のため今度からは護衛を雇って頂戴ね」と釘を刺された。





 熊の話は一旦終わったようで、今度はティオーヌが調べたことについて聞かされた。

 鑑定でわかった『壊血病』とは、皮膚から出血したり貧血を起こしたりといった様々な症状を起こす病気なのだそうだ。医者に尋ねたというティオーヌの顔の広さに内心舌を巻く。医者なんてものは大抵王侯貴族のお抱えだ。貴族に蜜飴を売りしている関係の伝手を使ったのかもしれない。

『壊血病』は、新鮮な食べ物をきちんと一定量摂れていれば問題ないのだが、貧しい食生活の場合はなかなか改善は難しい。

 医者からそれを聞きだしたティオーヌは、町にある孤児院を利用することにした。

 現在は孤児たちにツィトローネの粉末を作らせ、現在は定期的に摂取させているという。

 

「……そうですか……」


 薬師(わたし)視点では、実験動物に自分の口に入れる試薬を作らせて飲ませている状態としか思えない。………人体実験以上に鬼畜の所業だと感じてしまう。


「そうなのよ。これが売り物になれば孤児院も助かるわ」


 若干引いたが、話を聞けばちゃんと労働の対価として賃金も与えているし、ツィトローネの粉末を食べることで体調も良くなるかもしれないのだ。

 ……毒薬の実証と比べれば、マシだな。

 わたしは黙ってホットミルクを飲んだ。







 帰り際、受付近くを通ったらダリウスから紙を手渡された。



『依頼書(解決済)

  

  魔獣討伐依頼

  依頼者:ルイン(ライヒェン在住・薬師ランクE)


   対象個体:ランクA魔獣(亜種と推測・未発見の可能性有)


   討伐費用:小金貨8枚(対象昏倒のため割引有)

   諸費用 :小金貨2枚(ギルド事務手続き)


   請求金額:大金貨1枚


   補足事項:新種魔獣発見報告義務規定により、当魔獣は王都研究機関へ運ばれる。皮・肉・骨・牙・魔石等については必要な研究の後、換算及び支払われる。


                                ギルドライヒェン』

          




 あまりの高額さに目を剥いた。言いにくそうにダリウスが説明してくる。


「あー…、嬢ちゃん熊を仕留めないで持ち込んだだろう?あれ、ギルドに持ち込んだ獲物の絶命を依頼したって形になるんだよ」

「え……」


 確かに丸投げした自覚はあるけれど……。

 つんとすました受付嬢が視界の隅に映った。


「だから、嬢ちゃんの依頼でギルドが魔獣を仕留める冒険者に依頼出して―――――って作業の費用と……、その費用が魔獣の大きさで決まってんだよ。町や村の依頼は領主から補助金が出るんだが、個人は対象外でこの値段だ」

「あの、研究機関って…?」

「書いてある通りだ。新種と思しき魔獣はすべて王都に寄こせって命令が下されてて、ほぼ無償で持ってかれる。うちから出る“魔石を抱く魔獣”も毎回持って行かれそうになるが、どうにか拒否しているくらいだ。……ただ、今回はいつもと違ったから断り切れなくて……、あ、いや、研究が終わったら戻ってくると思うぞ。たぶん……。それが終わらないと換金はできねぇけど」


 ……それはいったいいつの話になるのだろう。

 その過程で実験に消費されたりする分の補てんとかあるんだろうか。そしてその分で今回の出費は賄えるのか……。


 深く考えるのを止め、わたしは片方の口角だけを上げて、フッと鼻で嗤った。


 わかっていたじゃないか。身の丈以上の欲をかけば、損をすると……!

 

 わたしは震える手でギルドカードを取り出し、一括で支払ってギルドを後にした。







 周囲に人がいなくなってから、我慢が限界に達した。


「熊め!熊めぇぇぇぇぇ!何が新種だ!知るかそんなこと!!なんの罠だよ!大人しく魔石抱いとけよ!できないなら普通の魔獣で良いんだよぉぉぉぉぉぉ!!」


 ダンダンと足を踏み鳴らして歩きながら心の思う様に叫ぶ。

 そうだよ。普通の魔獣だったら放置していたよ。苦労して(イルメルダが)運んだ結果大金を失うとか、誰が想像するか!


「おお、わかるぞルイン!熊も竜もみな花蜜を狙う敵!よし殲滅だ!我に任せよ」

「止めてください」


 ヴェヒターのセリフで一気に頭が冷える。

 殲滅とか起き得るはずがないのだが、そうでなくとも何かとんでもない行動を起こしそうなのが怖い。


「………今回の手痛い出費は、勉強代として己に刻み付けます。心の奥深くに」

「おお!ルインは勉強熱心なのだな!」


 「我も頑張るぞ!」と叫んだので、「頑張らないで良いです」と答えたら、「なんと謙虚なことか……!」とか打ち震えられた。違うから。

 




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