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これは道じゃない



 ライヒェンからシュタネイルへは歩いて半日ほどかかる。領地で一際高い山脈シュタネイル。かつて魔石を生み出した山。その裾に広がる森が今回の目的地だ。

 街道が整っているのは、その昔魔石を運ぶ必要があったからだろう。おかげで随分と歩きやすかった。

 結局、ヴェヒターの提案を受けたわたしはギルドの仲介を通さず一人―――――正確には一人と二匹―――――で採集することにした。お金ももったいないが、興奮したヴェヒターが騒ぎ出す可能性を考慮した結果である。


 村に近づくにつれ、荒れた建物をいくつも見かけた。きっと魔石が掘られていた時代のものだろう。もしかしたら寮のようなものだったのかもしれない大きくて簡素な建物や、裕福な商人のための宿屋のようなものまである。今や人の手が入っていないのがよくわかるそれらを通り過ぎたその先に慎ましく存在する小さな村だった。

 

「無事に着いて良かったですよね。盗賊の話は出ていないって聞いてはいても心配でしたから」

「イルメルダがおるから出ても返り討ちだぞ!」

「やりすぎは良くないんですよ」

「そ、それは慈悲か?ルインは慈悲を向けるのか?」

 

 ヴェヒターがそわそわしているが、違う。

 こちらに害を為そうとする相手にあれこれ配慮する気は毛頭ない。

 ただ、以前のチンピラのように「魔蟲にやられた」と訴えられて危険とみなされるのは避けたいのだ。わたしには、騒ぎが起きたその後の展開がどう転ぶのかまったくもって予測できない。小心者と言われようが、これまでの経験からそれが己を守ることにつながると信じている。


「変に目をつけられると生活できなくなるんです。また住む場所を失くすのはできれば避けたいんですよね」


 家も職も失くしたあの絶望感。再び味わいたくないと思うのは当然だろう。


「なんと!そのようなことにさせぬ!」

「ではやりすぎないということでよろしくお願いします」

「うむ!……うむ?」


 首を傾げるヴェヒターのすぐ後ろで、うっすら姿が見えるイルメルダも同じように首を傾げている。

 わたしは少しばかり学んだのだ。魔蟲の勢いに呑まれる前にこちらの要望を述べることが大事なのだと。……まぁ、魔蟲の考えは突飛すぎて、こちらが唖然としている間に色々なものが押し切られている結果となることが多いのだが。


 夜も明けきらぬうちからコルトゥラとクフェーナたちに見送られて家を出て、ひたすら歩いて何事もなく日が高いうちに目的地までたどり着けたのは僥倖だ。

 ヴェヒターが「我に任せておけばひとっ飛びであるぞ」と主張してきたが深く聞かずにお断りした。無数の魔蟲たちによって宙を運ばれる自分の姿しか脳裏に浮かばなかったせいである。そんな自殺行為に走る趣味はない。

 

「山道への入口はわかるんですか?」

「うむ!任せておけ!」


 シュッと機敏に革袋から飛び立ったヴェヒターのお尻を見ながらその後に続こうと足を踏み出したとき、目も口も大きく開いた子供の姿が視界に入った。

 ……見つかったか。

 にっこりと笑みを向けるが、子どもの視線はヴェヒターに固定されている。


「驚かせたかな?大丈夫ですよ、あれはわたしのペットなんです」


 本当ダヨー。危険はナイヨー。

 笑顔を張り付け、目で訴えつつサカサカと足早にその場を離れる。

 騒動になったら最悪追い出されるかもしれない。最も避けたいのは薬草が手に入らないという事態だ。


「最速で採取する…!」

「おお、ルイン!やる気に満ちておるな!」


 ぶぃーんと飛ぶヴェヒターが速度を上げた。




 いま、わたしの目の前に濃すぎるほど濃い緑が広がっている。薄暗いのは密集した木々のつける葉のせいで差し込める陽が少ないからだ。さほど陽が差さないのに成長著しい草は胸のあたりまで伸びて行く手を塞ぐ。なんだここは。魔境か何かか。いや、問題はそこではない。


「…これの、どこが、……山()だっ……!」


 息も絶え絶えになっているわたしを、やや上から見下ろすヴェヒターオロオロしている。

 序盤はまだ良かった。地面から生える草はまだ膝丈くらいの長さだったし、誰かが通った後のような道っぽいものがあった。しかしいつからか道は無くなり、あれ?と思っている間に周囲は変わって行くが、先を行く蜂はブインブイン進んでいく。おいていかれては大変と、息を荒げながら躍起になってついていくうちにようやく気付いた。


 これ、絶対空を飛べない人間相手だということを考慮していない……!


 ――――――現状に至る。



「わ、我、早く連れて行こうと思って……」

「……、…うまい話には裏があるって…、わかっていたのに、わたしの、バカ……!」

「ルインを騙すつもりなんてなかったぞ!」


 息も切れ切れだがそれでもブツブツ罵るのを止められない。それくらい許される、きっと。

 

「すまぬルイン、羽虫どもから聞いた話だけで進んでしまった。ルインのことを考慮しない、まことに愚かな行為であった…!」


 今更謝罪されても困る。わたしは流れる汗を拭いながら背後に視線を向けた。びっしりと生えた草むらに、わたしが歩いてきた部分だけが僅かに痕跡を残している。道ではない道を歩くために、体力と気力はおそろしく削られた。一旦戻って道らしい道を歩くなど考えただけで気が遠くなる。

 水袋をグッと煽り、零れた水滴を袖で拭う。


「…ヴェヒター…、先を、案内してください…」

「ルイン……!」


 …いいからさっさと動けよ…という思いを込めて睨みあげたら、何故かふるふるしていた。


「我は感動した…!」

「は?」

「死にかけの芋虫のような状態でも己が目的の為に這い進まんとする姿…!その心意気、孤高の守護者たる我がしかと受け取った!!」


 芋虫……いや、蜂の感性に対して何事か思うことは生産的ではない。無心だ……無心となるんだ――――――


 それからどれくらいの時が過ぎたのか定かではない。

 両手で草を掻き分け、足場を確認してから足を踏み入れる。時折耳に届く無意味な声援を無視しつつ黙々とそれを繰り返して――――――……。

 最早作業と化していた草分け作業と足運び。確認しようとした足場がなかったのに気づいたのと首筋がヒヤッとしたのは同時だった。

 

 ―――――ザザザザザッ――――


 反射的にギュッと目を瞑ったわたしの耳を、頬を掠めていく音。けれど落下はドスンという衝撃とともにすぐ止まった。


「ルイン!」


 し、死ぬかと思った…と呟こうとした言葉はそのまま行き場をなくした。

 瞼を上げたわたしの目の前には、先ほどまでの鬱蒼とした森とはまったく異なる草原があった。この部分だけが先ほどまで歩いていた森の中よりも少し低地のためか、光を遮る木々がなく、切り取ったかのような空が見える。天から差し込んだ光がより鮮やかに緑を輝かせる風景は妖精がいてもおかしくないほどに美しく、まるで一枚の絵のようだった。

 

「大丈夫か?けがはないのか?」「あ!血が出ているぞ!?」


 まとわりつくヴェヒターを他所に、わたしはガバッとその場に這いつくばった。

 目を凝らして確認するまでもない。間違いない……!


「……すごい!これほとんど高価な薬草ですよ!自然に生えるものは薬草畑で得られるものより効果が高いんです!うわー、うわー、どうしよう、いっぱい欲しいぃぃ…!」


 夢みたいだとはしゃぐわたしの後ろで、「……元気でなによりである…」と蜂が呟いた気がした。



 



 草の葉で切ったらしい傷を適当に手当てし、薬草に向き合った。

 薬草採取の暗黙の了解(きまりごと)に、過分に採りすぎないこと、他に傷つけないようにすることなどがある。

 葉だけ使う薬、芽を使う薬、根を使う薬、それらに合わせて必要な分だけ採集する。面倒だからと無暗に採集してしまえばその場に生えてこなくなってしまうからだ。


 …全部採ってしまいたくなる気持ちもわかるんだよなぁ……。

 痛む腰をさすりながらそう思う。葉を摘むだけ、芽を摘むだけという作業は物凄く地味で根気を要する。根こそぎ採って家でゆっくり分別したい。

 「我、薬草を覚えたから、今後は羽虫共に命じて採らせることができるぞ!」とか張り切りだしたヤツがそのままズボッと薬草を引き抜いたのを半眼で眺め、丁重にお断りした。

 無数の魔蟲の手に掛かって山の薬草が消える未来は回避できたと思う。


 消沈したヴェヒターは宙をふらふらし始めた。その近くに薄っすらイルメルダの姿が透かし見える。ヴェヒターとわたしを交互に見ている。

 何度挑戦してみても、ヴェヒターは薬草の葉だけ綺麗に摘み取ったりはできなかった。たぶんコルトゥラやクフェーナと違って、ヴェヒターは繊細な作業に向いていない。あの二匹は様々なことを器用にやってのける。


 あれ、もしかしてイルメルダ、何かを目で訴えているような…よくわからんが、もしやヴェヒターをどうにかしろとでもいうのか?うーん。

 少し考え、わたしは口を開く。


「あー、ヴェヒター、その、助かりました」


 ぴょこんと触覚が揺れた。


「えーと、ヴェヒターが薬草の生えている場所まで案内してくれたおかげです」


 ぴくぴくっとお尻が揺れた。


「ヴェヒターはとっても頼りになりますね」


 ちらっちらっと黒い瞳がこちらに向けられる。


「………(まこと)か?」


 意外と疑り深い。

 そわそわ揺れる触覚の後ろで半透明のイルメルダがこくこく頷いているのが見えたので、それに合わせるように頷いてみた。


「そうか!」


 明るく「そうであろう、そうであろう!」とご満悦なヴェヒターと、安堵したように胸の前で脚を合わせるイルメルダ。

 そんなに単純で大丈夫なのかと心配になる。…わたしが言えた義理じゃないけどな。

 とりあえず機嫌を直してくれたので良しとしよう。帰りも案内してくれないと確実に迷う。


 既に陽が傾き始めているので、残された時間はない。夜は危険だ。春先に魔獣討伐隊が組まれはするものの、いつの間にか増えているのが魔獣だし獰猛な獣だっているだろう。

 そういう情報はなかったのかと聞いてみると、「羽虫共がやかましくて詳しくは聞き取れなかったのだ」と肩を落とす。我も我もと森の情報を伝えてくる数が多すぎて、道順を聞くだけでお腹いっぱいになったそうだ。

 ……それは確かにうるさそうだ。




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