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怪談ではないか!



「良い朝であるな!ルイン!」



 目覚めると、いつもどおり元気いっぱいな蜂がいた。

 ブィーンと音を立ててぐるぐるとベッドの上を回っている。片隅に薄っすらとイルメルダの姿もあった。


「……おはようございます」


 革袋から出てる。それは良いんだよ。元気いっぱいで何よりだ。

 ……だけどさぁ、


「……くそぅ…、昨日しばらく眠れなかったのに……!」


 柄にもなく、何やらあれこれ考えて寝付けなかったのがまた悔しい。

 寝台の上でぐぬぬと唸っていると、「朝食ができたようだぞ!」と声をかけられ、息を吐いて着替えに手を伸ばした。

 洗濯魔道具を活用することで清潔になった服を着るのは気持ちよい。


「手洗いしているとどうしても生地が傷むから、新しく服を買わなくて良いと考えれば経済的かもしれないよね」


 部屋の隅で、「それは違うんじゃ?」とでもいうように首を傾げるイルメルダの姿が目に入った気がするけど、気のせいだ。


 今日の朝食は、陶器の深皿に敷き詰められたパンの上にシチューを流し、表面を焼いたものだ。食事をするのはわたし一人なので、どうしても前日の夕食が残ったりする。そのまま出してもらっても構わないと伝えてあるのだが、コルトゥラとクフェーナにとって耐えがたいことなのだそうだ。

 先に出される暖かいハーブティーは、庭の畑で摘んできたものを乾燥させてお茶にしたものだ。薬草茶とは違いものすごく効果が高いわけではないのだが、飲みやすいという点では断然勝っている。

 

「…体に良いって謳えば売れるかも?」


 美容に良いからとか、お腹の調子を整えるからとか、出されるハーブティーはブレンド次第で効能が違うようだ。

 これもティオーヌに持って行って鑑定してもらおう。

 




 食事の礼を告げて立ち上がると、調合室へ向かう。頭上で羽音が続いてくる。


「ルイン、ツィトローネの粉末で何かするのか?」

「人間の手で成功しやすい方法を確認したいんです」


 魔蟲たちはとてもともて働き者だ。ツィトローネの粉末を作り方の一つに、彼らがひたすらその羽ばたきで水分を飛ばすという事実が判明した。

 ……いや、おかしいだろう。

 どう考えてもおかしい。現実的に考えてそれであんなに速く乾燥させられるわけがない。

 

「ふっ…、今更……何を言っているのか……」

「ルイン?どうした、そんなに遠くを見つめて。何かあるのか?」


 黄昏(たそがれ)る暇くらい寄こせ。

 

 不思議そうに窓の外を眺めるヴェヒター。そう、この喋る魔蟲自体から始まって、すべて現実的ではない。今更少しくらいの不思議があっても構わないじゃないか。


 それより、協力すると約束したからには相応の結果を出せねば気が済まない。

 調合服を身に着けて準備を済ませると、籠いっぱいに摘んできたツィトローネに向き合う。

 まずはナイフで切っていく。細さを少しずつ変えて、それぞれ器に入れる。

 普通に乾燥させる分は、ザルに細さの異なるツィトローネを並べて天井から吊るした。それから、石造りの四角い調合道具を引っ張り出す。その中に、同じく細さの違うツィトローネを並べて蓋をする。


「ルイン、それは何だ?」

「内部の物質の時間を経過させる道具なんですけど……」


 発想は素晴らしいが、石造りのために中の様子がわからない。石自体に力が宿るので窓をつくるわけにもいかず、重いし調整も難しく、実験のほとんどが失敗するという不人気な一品だ。







 深夜、ゴリゴリと音がする。

 弟子の一人だろうか。不思議に思った薬師がそっと廊下を歩むと、調合室に仄かな灯り。覗いてみれば、手に入れたばかりの調合道具の前に座る人影があった。


『ああ…、また失敗だった』


 ゴリゴリと音を立てて重たい石の蓋を開け、中を覗き込んでは悲しそうにつぶやく小さな影。


『これ、こんな夜中に何をしている』

『終わらないのです。何度やっても失敗で、でも成功しなければ部屋に戻るなと言われております』


 そう言って、ゴリゴリゴリゴリ重たい石の蓋を閉める。

 ここで薬師はぼんやりと考えた。はて、こんな弟子がいただろうか。薬師の弟子は皆成人間近。しかし相手は長い緑色の髪に小さな身体。手などまるで子供のようだ。


『ああ、また失敗してしまいました。この道具を使って必ず成功させるようにと言われましたのに、そうしなければ追い出されるのです。帰る場所はありません。成功させなければならないのに』


 初夏であるのに床が冷たく、息が白くなっていることに薬師は気づく。


『ああ……、また失敗してしまいました。私はいつになったら解放されるのですか?先輩……』


 長い緑色の髪の隙間から、血走った目が薬師を射抜く。『私はお前の先輩ではない』と呟くと、すすり泣くような嘆きとともにスッと消えた。


 後日、薬師が調べたところ、遠い昔、師の覚えが良かった子供に、それほど出来が良いのであればやってみせよと成功することのほとんどない仕事を押し付けた男がいた。素直に言葉を受け入れた子どもだが、来る日も来る日も失敗し、ある寒い朝、冷たくなっていたのだという。





 




「―――――という、薬師いびりに使用された話が出回るほどに成功率が低いと言われています」

「怪談話ではないかっ!!」


 ヴェヒターは己の脚を身体に巻き付けるようにガタブルしている。

 あれ、怖かった?そんなに怖い話じゃないと思うんだけど。


「なんとも子どもが憐れであるが……、供養は、供養はすんでおるのだろうな?」

「さぁ、どうでしょう。わたしも伝え聞いたお話ですし……」


 ヴェヒターの視線は明らかにわたしの前に鎮座している石の箱に向けられているが、話の中のものとこれを同一視されても困る。

 扱いが難しいと言われているが、この道具で種を芽吹かせ花を咲かせる目的とかだと難しいだけだ。中身がわからないので、気づけば花が咲くどころか再び種ができているとかそういう感じになる。


「ただパリパリに乾燥してくれれば良いので大丈夫だと思うんですよね」


 そう説明すると、ヴェヒターが首を傾げて見上げてきた。


「ルインはこれを使ったことがあるのか?」

「そうですね。使ったことはありますよ」


 そりゃもう嫌になるほど使った。正式名称は知らないが、『新人いびりの薬師泣かせ』とは、まったくよく言ったものだと思う。

 


 背後でヴェヒターが、「いびられたのか!?誰にだ!?」とずっとうるさかったが放置して実験結果を確認していく。最初は干からびすぎて真っ黒になったりして失敗したものの、何度か試してちょうど良い時間を割り出した。パリパリに乾燥しているけれど、ツィトローネ本来の色や風味を残したそれを取り出し、すり鉢に入れてザクザクと砕き、すりこ木でゴリゴリ磨り潰すと粉末になった。

 ザルで自然乾燥させたものはやはり粉末にするには柔らかかったのだが、もったいないからとコルトゥラとクフェーナが細かく刻んで酒や花蜜に漬け込むことにしたらしい。なるほど、材料を無駄にしない心がけは素晴らしい。

 そう伝えたら、お尻ふりふりダンスで応えてくれた。

 

 


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