ティオーヌは割と熱い
蜜飴は、ティオーヌが雇った職人の手により一粒一粒高級感あふれる小さな箱に納められ、高級甘味として貴族の間に売られているらしい。販路については聞いていないが、ティオーヌがギラギラ目を輝かせて仕事に励んでいるので順調に売れているのだろう。
「ツィトローネですか?」
「そう。蜜飴の周りにつけている粉末よ。その製法を教えてほしいの」
いつもどおりギルドの別室にお邪魔すると、突然ティオーヌが切り出してきた。
ツィトローネは森に自生するほど強い植物だが、酸味があるため好まれない。日持ちするし自生するくらいに強いのだが人気の無い残念な実なのだ。
「でもね、粉末にしたら色々なことに使えるんじゃないかって!実は何度か同じものを作ってみようとしたのだけど、乾燥してもぐにゃぐにゃしていて、粉末にできなかったのよ。それで、ルインさんに相談しようと思って今日は呼んだの。あのね、ツィトローネを採ると風邪とかの病気にかかりにくくなるのよ」
おそらくわたしは今、懐疑的な目をしている。
世の中、そんな上手い話は転がっていない。大体にしてどうやってそんな効果が判明したというのだ。一応これでも薬師の端くれ。薬効を確かめる方法として動物や人体実験を地道にこつこつ繰り返すしかないことを知っている。
ティオーヌも実験したのか?その場合、一番被害に遭いそうなのはダリウスだが、割と毎日元気そうにしているのを視認している。効果を確かめる場合は一旦状態異常にしなければならないが風邪一つひいたことのなさそうな顔をしている。まぁ、ダリウス以外にも実験対象がいたとしても、薬効を確証するには期間が短すぎる。
「ティオーヌさん」
「何かしら?」
「そのお話はどなたからの提案ですか?」
「提案?私が考えて……ダリウスにも良いんじゃないかって言われたんだけど」
第三者からの入れ知恵ではない、だと……?
金髪美人でおまけに副ギルド長という地位もある彼女。元気のない故郷をどうにかしようと奔走する彼女に付け込もうとしたヤツがいるのかと思ったけれど、出てきたのははにかみおっさんダリウスの名前のみ。
あのはにかみ具合から想像するに、ティオーヌ相手に悪だくみできる可能性は無きに等しい。
「…あのね、ここだけの話にして欲しいんだけど」
ティオーヌが困ったように微笑みながら声を潜めた。
「実は私、少しだけ鑑定ができるの」
「え」
何度瞬きしても、目の前のティオーヌが「冗談よ」という気配は訪れない。
「鑑定魔術……ですか?」
鑑定魔術はまだ確立されていない。少なくともわたしはそう耳にした。
存在はすると認められるものの、万人が扱えるようにはなることはないという発表は、その確立を求めていた者にとってとてもガッカリさせられるものだった。
だが今、それを持っていると言う人物が目の前に……!
「え、本当に?実験を繰り返さなくてもいいってこと?大量に材料確保する必要も経過観察で連日徹夜する必要もないんですか?あ、どの程度までわかるんですか?構成物質?それとも効果?精度はどの程度――――――」
「ちょ、ちょっと落ち着いて!」
ハッと我に返ったときには、テーブルの上に座っていた。かなりティオーヌに詰め寄っていたようだ。革袋からの生温い視線が痛い。
しずしずとテーブルから降り、居住まいを正す。
くっ…!大人しくて賢く健気にひとりで頑張っている薬師というわたしの印象が崩れるではないか…!
「すみません……少し興奮してしまったようで……。お恥ずかしい限りです」
にっこり微笑めば、相手もにっこり笑ってくれる。
「良いのよ。ルインさんはやっぱり薬師なのね。研究職にある人は、実験を繰り返すのが大変みたいだから……」
そうなんです。実験自体が何より好きだという人種以外は、時間も金もかかる上に実を結ぶかどうかわからない実験に頭を悩ませながらも実施している現状です。
内心で激しく同意しつつ、わたしは「はい」と小さく答えるにとどめた。恥ずかしそうに見えれば万々歳だ。先ほどの失態を払拭するのだ!
「私の一族には、たまに鑑定が使える人間が生まれるの。私もそうだってだけで、魔術師としての才能はないし魔力だってほとんどない。それに、鑑定といっても本当に限られた力で、ほとんど使えないの」
かなり限定的な力のため、ティオーヌが鑑定魔術を扱えることを知っている者も家族以外いないそうだ。
「我が家では、その昔鑑定魔術を解明しようとした魔術師たちに実験と称して様々な苦悶を与えられたと伝えられているの。だから秘密にしていたのよ」
「………秘密?」
秘密。
わたしはそれが苦手だ。相手の弱みをわたしが知りたくてそれを知る分には全然良い。でも、今みたいに相手から突然告白される秘密って……なんか裏がありそうで物凄く嫌だ。引き返せないところに突然蹴り入れられたように感じてしまうのはわたしだけなのか。女子同士の「これ、ふたりだけの秘密ね?」なんていう可愛らしいものでは断じてない。
目の前でにこにこしているティオーヌに一気に警戒心が高まる。
「私はルインさんに可能性を感じているの。ツィトローネの粉末を考え出したあなたはきっと素晴らしい薬師よ。私がいれば、あなたはもっと早くもっと多くの結果を出せるわ」
ええ――――――!!
ツィトローネの粉末つくったの、わたしじゃないんだけど!!
最低限の薬を作れるだけの本当に底辺薬師だから!自分で未知の新薬を作りだせるのなんて一握りの天才ですよ……!!?
ヤバイ。話がヤバイ方向に向かっている。そしてなんだか色々誤解されている……!
「あの、ツィトローネの粉末については製法をお教えできるかと……」
家に帰ってから確認しておくけど、たぶん湿度と乾燥させる時間が問題なんじゃないかな!乾燥っていったら、網に乗っけて風通しの良い場所に放置が基本だけど、あのときそんなに時間はかかっていなかった。蜂たち頑張ってた!だから時間をかけずに一気に乾燥させるのが成功の近道だと思うのだ。
相手が望む物をさっさと差し出して撤退しよう。そうしよう。
逃げ腰になるわたしの前で、ティオーヌがフッと視線を落とした。
「ルインさんは奥ゆかしい人だって、わかっているわ」
え、何?突然どうした。
「目立つのは好まないのでしょう?蜜飴だって、全部私に任せてくれているし……。信用してくれているのは嬉しいけれど、もう少し貪欲にならないと損してしまうわよ?……そこがルインさんの良いところなのかもしれないけれどね」
丸投げしているのは面倒くさいからです。何もせずとも大金が手に入るこの状況に一体なんの不満を持てと。いいえ、何も不満ありません。
わたしの外面に騙されていてくれているってことは素直に嬉しい。嬉しいけれど、この話はどこに着地するんだ。予測不能。
「でも、勿体ないと思うの!」
ダンッとティオーヌが鼻息荒くテーブルを叩いた。その音に革袋の中身がビクッと動いた。
「才能ある者は上を目指すべきなのよ!多少の壁がなんだというの!逆境にこそ勇ましく立ち向かい、勝利を手に入れるのよ!!」
そういえば、割と熱意に燃えやすい人だったっけ……。
だが、わたしにそのような熱意は無い。一緒にいるだけで疲れそうだ。
引きつらないように片頬を手で押さえながら俯く。
「申し訳ありませんが、今は静かに暮らしたくて……」
「………そう。それなら仕方ないかしら……」
意外に物分かりが良くてホッとした。ではそろそろお暇しようかな。
「実はね、変なことを訴えてくる人がいたのよ」
「変なことですか?」
「そうなの。ルインさんの魔蟲が人を襲うって……」
腰を浮かせかけたそのままの姿勢で動きが止まった。
「あ、でもね、ルインさんの魔蟲はいつも革袋に入っているでしょう?その人たちも、自分が襲われたときは革袋に魔蟲が入っていたって最初に認めていたからその矛盾を追及して追い払ったの。元々あまり評判の良い二人組じゃなかったから、みんな相手にしなかったけれど…」
……犯人は、恐らく今もこの部屋に潜んでいます。
わたしはひきつった顔のまま、ゆっくりとソファに腰を下ろした。
「私は、やっかみだと思うの。ルインさんが若くてここに来たばかりなのに大金を稼いでいるから。また同じようなことが起こる可能性だってあるわ。それを防ぐためにも、力が必要なのよ。ルインさんが嫌がるかもしれないって思ったわ。それでも、ルインさん自身を守るためには色んな力があっていいと思うのよ」
薄い水色の目が真剣にこちらを見つめていた。
暖かい手がわたしの手を包む。
「勿論、私だって慈善事業でこんなこと言わないわ。秘密を教えたのだって、ルインさんがその気になってくれればと思ったからだし。私は、もっとこのギルドの評価を高めたいの。ルインさんは誰にも脅かされないように力をつける。私たち、協力していけると思うの」
……これは何だ。遠回しに脅迫されているのか?あのチンピラ冒険者の話は有耶無耶にしてやったんだから協力しろと。
見ている限りでは判断付かない。ティオーヌは冷たそうに見えて割と面倒見のよい女性だとは思う。しかし仮にも副ギルド長という地位に就いているのだ、腹芸の一つや二つ、お手の物に違いない。
追い詰められた鼠になった気分だ。
「………そう、かもしれませんね?」
「あら!わかってくれたの?」
嬉しそうに笑うティオーヌからは少なくとも悪意は感じない。
彼女の言い分は確かに頷けるところも大きいし、何よりチンピラの話を前面に押し出せばきっとわたしを頷かせただろうに、それをせず自分の秘密を最初に出してきた部分を評価しよう。
借りをつくったままでは気持ちが悪いし、副ギルド長という立場は、平民からすれば間違いなく権力者だ。
その御威光にあやかろうではないか。
「よろしくお願いします」
わたしはまっすぐティオーヌを見つめてにこりと笑った。