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魔道具が来た!


 危惧していたよりも平穏な日々が続いた。

 まず、家事全般を担う二匹がイルメルダの訪れを歓迎して可愛いダンスを踊った。それに照れてカーテンの後ろに隠れるイルメルダ。

 イルメルダがその気にならないとわたしには視認できないが、コルトゥラやクフェーナは容易く居場所を特定しているのが不思議だ。


 チンピラどもがまた絡んでくるかもと警戒していたが、しばらくその姿を見なかった。それとなく聞いてみれば、「他の仕事が入って、町を離れた」と言う。そのまま戻ってこなければいい。


 イルメルダはヴェヒターにくっついて移動しているようで、家の中でも、外出するときでも、姿も音もなくついて回っている。ヴェヒターに懐いているのだろうか。

 観察していると、大人しく自己主張の少ない性格のようだとわかってくる。

 時々、蜂たちが集まって花蜜を口に含んでいる際、ちゃっかり端っこでご相伴に預かっている様子がうかがえる。

 いつしかわたしの中で、イルメルダを見つけられたら今日は良いことがある、という認識が生まれた。絶対に口には出さないけど。




 


 今日は待ちに待った洗濯魔道具が届く日である。

 ちなみに、待ちに待っているのは魔蟲たちであり、わたしではない。

 魔道具をつくる職人なんて数えるほどしかいないし、わたしに伝手があるわけもなく、ギルド経由で紹介してもった。

 中古の方が安くつくが、物によっては修理代が嵩むことがあるので新品を購入した方が良いと力説したのはティオーヌだ。そうですかと大人しく従い、魔道具を依頼。

 交換用魔石一個付きで小金貨2枚という高価さではあったが、今のわたしの敵ではない。一括で支払ってやった。

 高い買い物だし、正直未だに不必要だと思っているが、稼いだのは蜂たちでありその上前をはねている身としては黙るしかない。


「ごめんください、キール魔具店の者です」

「はーい、ちょっとお待ちくださーい」


 返事をしつつ、あちこちから顔を出そうとする魔蟲どもをきつく見やる。今日は魔具職人がやってくるので、隠れているように厳命している。扉開けて中に入ってみたら部屋中に魔蟲がいたら驚くよ。驚くだけならいいけど、逃げ帰られたらもう二度と来てもらえないと確信している。


 イルメルダはいつもどおり姿を消しているので問題ないだろう。ヴェヒターは、既に周知されているので……まぁ、一応危険はないとアピールするために革袋に入ってもらった。


 扉を開けると、灰色の髪のきちんとした身なりの男性が立っていた。その後ろに控えるのは大きな木箱を抱えた青色の髪の少年だ。


「初めまして。こちらはルイン様のお宅で間違いないでしょうか」


 丁寧な対応がなんとなく気恥ずかしい。そうだと返事をすれば、恭しく挨拶された。


「私は魔具職人のキールです。こちらは弟子のミゲルと申します。本日はご依頼品をお届けにあがりました」

 

 キールがミゲルに視線を向ける。少年が抱えているのが魔道具なのだろう。

 そのとき、背後でブゥン…という音を察知した。

 くっ…!誰か動きやがったな……!?

 きっと魔道具をよく見ようとでも思ったんだろう。でもまだ箱の中だからね!?大人しくしていて!!

 キールの様子を窺うに、気づかれた様子はない。よし、逃げられる前にさっさと終わらせよう。

 二人を中へ促しつつ、普段よりも心持ち声を張って話しかける。


「あの、魔道具を買うのは初めてなので、色々お聞きしたいのですが…」

「勿論よろしいですよ。お客様へ使用方法などをお教えするのも仕事の内ですから」


 にっこり人当たりの良いキールに、まず設置場所について聞く。

 

「設置するのは室内の平らなところが良いですね。洗濯物を出し入れしますので、お客人の目につく場所は控えた方がよろしいでしょう。こちらのお宅でしたら、そうですね……厨房の隅はいかがです?」


 古いけれど整然とした厨房に入ると、作り立てのシチューの良い香りが鼻をくすぐる。作ったのはコルトゥラたちだけどね!

 その片隅、芋やらが入った袋を置いていた場所を片付けて示せば、「十分な広さです」とキールが頷いた。


「それでは、ミゲル、設置して使い方の説明を」

「…はい」


 ミゲル少年がぎこちなく箱を床に置いた。


「…この魔道具は、汚れた服を綺麗にする目的で使います。それ以外では使わないでください」


 取り出されたのは、木箱より一回り小さな四角い魔道具。表面には様々な文様が刻まれていて、いくつかの小さな魔石が配置されている。

 ざわっと空気が揺れた。

 それを感じ取ったのか、ミゲル少年がビクッと体を震わせ、視線をうろうろさせた。


「どうした?ミゲル」

「い、いえ…」


 おっとりとしたキールに、「なんでもありません…」と消え入るような声音でミゲル少年が答える。

 

「ええと……、使い方は、この部分を開けて、中に汚れた衣服を入れて閉めます。それからこの魔石に触れると作動する仕組みになっています」


 試しにとミゲル少年が土で汚れた布を入れて作動させる。ウィーンと聞きなれない音が厨房に響く。ついでに、ブィーンという音も聞こえる気がする。気のせい。気のせいだよ。だから青くならないで、少年。

 

「ま、魔石の色が変わったら終了です。見て下さい!ほらこんなにきれいになりました!」

「わぁ凄い!」

「これで水仕事で手が荒れる心配もありません。注意していただきたいのは、この部分の交換する魔石以外は取り外したりしないことです。刻まれた文様に傷が入ったり魔石が外れたりすると作動しません。修理が必要となります」

「わかりました!」


 早口で説明する少年に合わせ、わたしも早口で応戦。取り出された布は最初から土がついていなかったかのようにまっさらだ。

 お互いにっこり微笑み合う。


「気に入っていただけたようですね。魔石の交換や修理の際はミゲルを寄こしますのでご連絡ください。まだ若いけれど腕は保証します」


 ミゲル少年の目が泳いでいますけど……。

 

 最後までにこやかなキールと対照的にげっそりしたミゲル少年を玄関で見送る。

 …きっと、魔蟲のルインと言われるくらいだからいっぱい魔蟲がいる家だと思って来たんだろうなぁ……。


「……間違っていないけど」


 興味津々で魔道具に群がる魔蟲たちを見て、できるだけミゲル少年が来なくていいように大事に使ってねとお願いしてあげようと思った。


「ルイン!ルインの服が綺麗になるぞ!」


 興奮気味に報告するヴェヒターの前で、一切の躊躇いなくガンガン使っているクフェーナが見えた。その周囲でクフェーナ隊が喜びのダンスを踊りまくっている。

 彼女たちはよく躍る。お尻をふりふりさせて踊る様子は正直かわいい。

 雌雄の別はないとヴェヒターは言っていたが、わたしはコルトゥラとクフェーナのことを雌だと思っている。女子力とかなんとか言っていたし、ダンスもどこか女の子っぽくて可愛い気がするから。イルメルダも、もじもじしている感じから雌で良いんじゃないかな。

 ちなみにヴェヒターの雌雄に興味はない。どっちでもいいんじゃない?


「これでしばらくは安泰である!」


 ヴェヒターが、感無量とばかりに打ち震えている。

 魔道具が届くまでの間、『まだなの?』『本当に買ったの?』という蜂たちの期待と疑念を一身に浴びていたのだ。そうは見えないが心労があったのだろう。


 

 洗濯魔道具を手に入れたから、蜂たちが蜜飴をつくらなくなったのかと言えばそんなこともなく、その後もせっせと蜜飴をつくっている。

 わたしにとってはありがたいことだが、いつの間にか、荒れていた庭にツィトローネや他の植物を植え始めた。いったい彼女たちは何をどうするつもりなのだろう。

 ちょっと気になったが、すぐに気を取り直す。わたしに実害がなければいいじゃないか。

 あくせく働く蜂たちの上前をちょっぴり撥ねて、将来一人で暮らすときの資金にするのだ!

 くっくっく、と低く笑っていると、またしても魔蟲が集まってきた。

 ……やめて。心配そうにこっちを見ないで。

 

 



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