愛玩ではない。いろんな意味で。
「安くても小金貨2枚はするわよ?」
「しょっ…!」
とんでもない大金だった。
今日もギルドは閑散としている。
洗濯魔道具についてティオーヌに尋ねたのは、蜂たちの熱意に負けたとか、そういう話ではない。
そう。わたしは考えたのだ。
矜持だ尊厳だと実にバカバカしい。どん底にいる今、使える物を使わないでどうする。
大体にして、向こうから言い出したことだ。それをちょっぴり利用して楽することの何が悪い。
―――――と、開き直ったのは良いものの、高級品とは縁のない生活を送ってきた身である。どの程度の値段をつけて良いのかすら判断がつかなかった。
「相談してみては如何か?」
そう提案したのはヴェヒターで、頭に浮かんだのはティオーヌだった。
ちょうどティオーヌがギルドにいてくれたので、相談したいと持ちかけた。
「あの、甘味をつくってみたんです」
「甘味?」
ティオーヌの前に、小さな木箱を置く。蓋を開ければ、ころりとした白く丸い飴が三つほど入っていた。
蜜飴は外側がやわらかく、べとべとしているため、隣同士でくっついてしまう。このまま売るのが難しいと判断した蜂たちは、ツィトローネの実を運んできた。近くの森に生えている植物だが、ツィトローネの実は酸っぱくて食べる人間などいない。しかし、そこは魔蟲、常識に囚われない。彼らは薄く切った実をせっせと乾燥させ、磨り潰して粉末にした上で蜜飴を転がした。味はどうなの?と訝しげに思っていると、酸味のある白い粉末は、ともすれば甘すぎる蜜飴を引き締める効果があった。
驚くわたしに、同じように違う味の粉末をつければ色々楽しめるぞと胸を張ったのはヴェヒターだが、お前、わたしと一緒に工程を見ていただけだよな?
「これは、飴かしら?」
「はい。いくらくらいで売るのが良いかお聞きしたくて」
わざわざ蜜飴専用にと、ちょうど良い大きさに削られた木の匙でそっと一つ掬い、持参した小さな器に乗せて差し出した。持参したのは表面にツィトローネの粉を付けたものだ。他の味はまだ研究中だとかで、コルトゥラの許可が下りなかったためだ。
器を受け取ったティオーヌはそれをじっくり見分し、香りを嗅ぎ、指でそっとつまんで瞬きを一つしてから口に含んだ。
途端、薄水色の目がパッと見開く。
「…美味しい…!」
革袋から出ている頭が、うむうむと頷いているのが視界に入った。
「甘い…、砂糖じゃない…、花蜜?純度が高い…薄めていないのね…!表面のは…ツィトローネですって…!?それに、なにこれ……」
味わうだけでそこまでわかるのか……?舌が肥えているか、よっぽど食い意地張っているんだな……。
若干ひきつつ、驚いたりブツブツ呟いたりするティオーヌを待っていると、顔を上げた彼女に突然手をとられた。「ちょっと席を外すわ!」後は任せたと吐き捨てるティオーヌに引きずられるように別室へ連れ込まれる。
「ルインさん!これ、うちで独占させてちょうだい…!」
扉が閉まると同時に、こちらへ向き直ったティオーヌは、逃がすものかと言わんばかりにがっちり両手を掴んできた。
「きっと売れるわよ!うまくすればうちの特産品に…!」
「え、いえ、そんなに量産できないんじゃないかと…」
ギラギラと輝いていくティオーヌに、慌てて口を挟む。
作るのはわたしじゃないからね?ちょっと利用させてもらおうと思ったけど、確約なんてできないんですよ!
「…あぁ、そうよね。花蜜なんて滅多に手に入るものでもないし―――――でも、ルインさんならそれほど難しくないんでしょう?」
水色の目が向けられるのはわたしの腹部―――――革袋からにょっきり出ている黒い頭。
「…そうだわ。個数限定販売で価値を釣り上げましょう!一粒一粒綺麗な箱に納めて高級感を出すとか……え、売れるのか心配?じゃあ、まずはルインさんが今用意できるだけ買い取らせていただくわ。結果次第で報酬に上乗せする感じで……大丈夫。私に任せてちょうだい。必ず貴族どもに流行らせてみせるわ……!うふふふふ…!」
ティオーヌが不穏な笑い声をあげ始めた時点で口を挟むのは諦めた。
何やら燃えている人に水を差すのは気力と体力が必要だ。わたしにそんな気力体力があったなら、そもそも魔蟲と暮らさずまっとうに生活している。
それに、蜜飴が売れるのであればわたしにとって良いことだ。ティオーヌがさばいてくれるならわたしの面倒が減る。
最低でも、今作っている分くらいは買い取ってくれそうだし。
「ルインさんの魔蟲は、愛玩専用ではないのね」
………愛玩……?
「……まさかそれヴェヒターのことですか?」
誤解です。むしろ癒しは家にいます。
否定する前にティオーヌが蕩けた笑顔を向けてきた。
「ヴェヒターというの?良い名前ね。本当に素晴らしいわ。魔蟲をペットにするなんてちょっと変わっていると思っていた私が浅はかでした。魔蟲を操ることができるなんて……!それにこの飴、とてもよく考えられています。魔蟲へ探求心がなせる業なのでしょう。魔蟲への愛を感じるわ……!」
「それはない」
真顔で否定した。