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魔道具が欲しい!と言われましても



「それにしても、依頼がないのは困りますね」

「困るのか?」

「そりゃそうですよ」


 小さく声を交わしながら歩いていく。

 落ち目の領地だと知ってから見ると、空気まで淀んで見えるのだから不思議だ。


「人間はお金がないと色々不便なんですよ。働いて対価を得てそれを物に変えて生活しているんです」


 たまに思う。わたし、蜂相手に何を語っているんだろう。


「わたしだって、職を求めてここへ来たわけですからね」


 来てみたら家は魔蟲付き、職は微妙という状態だったけどな。まさかその魔蟲に食事を世話してもらうことになるとは予想だにしなかったが。

 せっかく得た快適生活なので、できればもうしばらく堪能したいけれど、このまま稼ぐ手立てが見つからなかったらまた別の場所に行くことも視野に入れる必要がある。


 溜息を吐きつつ帰宅したその夜、食後にまったりしているとヴェヒターがコルトゥラとクフェーナを引き連れて飛んできた。


「ルイン!良いことを考えたぞ!」

「へー、そうなんですかぁ、良かったですねぇー」


 相変わらず空気を読まないヴェヒターが、わたしの聞く気の無さを考慮するはずもない。ブンブンと興奮した様子で飛び回るその下で、クフェーナ隊が小さな身体で小さな器をえっちらおっちら運んできた。今日一番の和み成分飛来。癒される……。


 器の中には、半透明の丸い物が置いてあった。それをまじまじと見つめていると、「食してみよ!」と偉そうにヴェヒターが告げた。

 え、食べ物なの?という逡巡は僅かの間。既にがっつり胃袋を掴まれている身であるので、今更躊躇することもない。

 指先で触れてみると、外側は少しだけ柔らかく、中はしっかり固まっていた。

 口に入れると外型の柔らかい部分が舌の上で蕩け、中の固まりがしっかりとした甘みとともにコロコロと転がる。


「花蜜を一度熱してから冷やして固めた蜜飴である!」

「……美味しいです」

「そうであろう、そうであろう!」


 自慢げに胸を張っているけれど、たぶん作ったのはクフェーナたちでしょ。


「ルイン。これで対価を得るが良い!」


 うまうま味わっていたら、蜂が妙な事言い出した。


「甘味はどこでもだいたい受け入れられる!薬が売れないならば甘味を売れば良いのだ!」


 その発想、いったいどこから沸いて出てきたんだ?蜂なのにたまに妙に賢いことを言うよな。


「…いえ、でも、花蜜は高価ですし、そもそも売れるほど採れるとは……」

「くくっ。何を愚かなことを。我らに掛かれば一夜にしてすべての花蜜をかき集めることも可能ぞ?」

「そこまで望んでませんので」


 言っている内容は花蜜を集めちゃうぞ!というちょっと愛らしいことなのに、黒い物を感じるのはなぜだ。笑い方のせいか。

 それにしても、突然どうした。そっちの方が気になる。


「…確かにお金には困ってますけど、それはヴェヒターたちに関係ありませんよね?」

 

 若干警戒心を抱きつつ、胡乱気な視線を向けると、ヴェヒターが後ろに控えている二匹の黒い蜂をちらりと見やった。


「うむ。コルトゥラとクフェーナがな、その……、魔道具が欲しいと」

「まどうぐ…、え、魔道具?」

「いや、我もな?魔道具は高価だから無理っぽいぞと告げたのだ。しかし実に頑なで、どれだけ必要なのか、花蜜による経済効果などを武力付きでプレゼンし始めるもので」

「ぷれぜん?」

「あ、我は抵抗したのだぞ!ルインに余計な心労をかけることになるからの!……だが今日、ルイン仕事がないと困ると申していたであろう?だからちょっとくらい大丈夫かなぁと…。断じて、断じて、こ奴らの口撃に屈したわけではない!我は不屈の城塞であるからして!!」


 よくわからないけれど、知らずわたしは息を吐いていた。魔蟲が魔道具を欲しがるという珍妙な事実に対する考察はもう諦めるとして、コルトゥラとクフェーナに目を向ければ、二匹もわたしを見上げていた。


「……魔道具、使えるんですか?魔石とかも必要なんですけれど…」

 

 問題ないといわんばかりに頷く二匹。……食事を作ることができるのだから、大体人間と同じことはできると考えても良いかもしれない。

 いやしかし、このまま了承してしまうと、食事だけでなく金を得るための手段までも世話してもらうことに……。

 人間としてそれはどうなのかと悩んでいると、目の前でコルトゥラ隊とクフェーナ隊が列を為し始めた。良く見ていると、その小さな体を集合させて文字をつくっていた。


 ……なになに?《せ、ん、た、く、ま、ど、う、ぐ》

 ……洗濯魔道具?


 洗濯魔道具とは、数代前の神子様がつくられたという家庭用魔道具の一つだ。それがあれば手間暇かかる洗濯時間がとても短縮されるという主婦からすれば喉から手が出るほど欲しい一品であるが、いかんせん値段が高い。贅沢――――というよりわたしにとっては無駄遣いの域だ。

 

「…なんでまた、洗濯魔道具なんて…。あ、いえ、言わなくていいです」

「うむ。ルインが洗うたびに生地の悲鳴が聞こえるようだと、羽虫どもの間でも噂となっておった」

「言わないでいいですって!」

「クフェーナが、傷んでいくばかりの服を着る姿が忍びない、着られなくなる前に自分たちで洗濯してやりたいと申し出て……」

「いやーっ!魔蟲にそこまで心配されてたなんて、知りたくないー!!」


 服を必要としない魔蟲が心配することか!?

 でもでも、洗っているだけマシだと思うんだよ、個人的には。汚れが目立つまで同じ服を着続けるのは平民なら割と普通だし、わたしだって小奇麗にしなさいと小うるさく言われるようになったからちょこちょこ洗う習慣ができていただけで…。


「あ。生地を傷めたくないなら頻繁に洗うのを止めれば……」


 名案かも、と呟いたわたしの肩に、ヴェヒターがぽすんと乗った。


「ルイン。……諦めよ」

「え?何を」


 きょとんとしてると、ヴェヒターが頭を緩く振る。


「ルインの発言により、臨戦態勢に入ったぞ……」


 可哀そうなものを見るようなヴェヒターの身体の向こうで、魔蟲たちがウワンウワンと羽音をたてて集まっていた。

 そこでは、少し大きな丸い二匹を中心に、なにやらこちらにはわからぬ決意に満ち満ちていた。









「……ちなみに、なんて言っているんですか?」

「『魔道具を手に入れろ!まともな生活を送らせ隊、ここに結成!』……というところであるな」

「まともですよ!?(いち)平民としてはかなりまともな生活ですよ!?」

「我に言われても……」





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