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魔蟲との遭遇は突然に

 職を失ったら住むところも無くなった。

 寮に住んでいたのだから当然だ。

 困っていたら、かつての級友がひょっこりやってきて、余っている家の管理をしてくれるのなら家賃無しで住んでも良いと言ってくれた。


 ―――――余っている家ってなんだ。家は余らない。


 反射的に思ったことはそのまま飲み込んだ。何せ相手は変人ではあるものの由緒正しき家柄である。家の一つや二つ余ることもあるのであろう。

 そう己に言い聞かせ、ありがたく地図と鍵を手に入れたその足で向かった。何せ急を要する。本日寝る場所も決まっていなかったのだ。どれほど良心的な宿屋でも、女一人で泊まるのは危険。野宿など論外。ていうか嫌。

 

 転移門まで使ってやってきたのは小さな領地。

 そこから更に地図に従って歩き続け、森のすぐそばに佇む家を発見した。

 鍵も合った。

 ここに間違いない。わたしは間違っていないのだ。



「………」

「………」

 



 扉を開けたら蜂と目が合った。



 いや、わたしはあくまで冷静である。

 実に冷静だ。

 

 扉の鍵穴に鍵を差し込んで解錠し、ババーンと勢いよく扉を開けたら部屋の中央を飛んでいた蜂がびっくりした感じでこっちを見たのだ。そしてそのままお互い停止している状況である。

 

 意味が分からない。


 そう感じながらも、わたしの頭は高速で思考する。

 家の中に蜂がいた。

 ただし、そいつはわたしの手の平くらいの大きさがある。どう贔屓目に見ても普通の蜂より大きい。異様だ。異常だ。ありえない。

 けれど、その異常さが通用する存在に心当たりがある。いわゆる魔生物と分類されるものの場合だ。

 魔生物とは濃い魔素の泉から生まれる存在であるとも、普通の生物に魔素が大量に宿ったものとも言われている。

 便宜上、獣の姿をとるものを魔獣、蟲の姿をとるものを魔蟲と呼んでいるに過ぎないのだが。



「………」


 無言のまま、親指と人差し指で眉間を揉む。

 こうすると、少しばかり頭痛が収まる気がした。ついでに今見たものが幻覚であればいいなぁ。



 わたしは疲れている。

 職も住む場所も失い、知人の温情によってこうして転移門を越え、遠くまで来た。ようやくまともなベッドで寝れると思いきや、予想外の出来事ばかりが降りかかるこの状況。疲れを感じないでいられるわけがない。

 そう、わたしは疲れているのだ。


「………よし」


 顔を上げて窓に視線を向ける。

 田舎の虫が大きいのは道理だよね。気候とか栄養とか色々違うのだ、自然豊かだと何かと大きくなることもあるだろう。

 目があった気がしたのは疲れによる気のせいに決定。


「空気でも入れ替えようかなー。窓開けてようっと」


 口にしながらじわじわと窓に近づき、それを開ける。するりと滑り込んだ風が心地よい。

 開けた窓から虫が出入りするなんてよくあること。

 さぁ、家主が気づかぬうちに出て行くがよい。

 お前は自由だ。



 


「お名前をお聞きしてもよろしいか?」




 ―――――喋りやがった。



 魔生物大好きみんなトモダチと宣う頭のおかしい知人から、魔生物の中にごく稀に知能の高い存在があるという話を聞いたことがある。

 残念ながらその知能の高い魔生物である可能性が極めて高い。知能高いなら空気読んで窓から出て行ってほしかったと思わないでもない。そこまで望むのはきっと酷だろうか。でも読んでほしかった切実に。


 さて、ここは聞こえなかったふりをしていい場面なのだろうか。

 無視したら激高して襲ってくるタイプだったら困る。とてもとても困る。戦闘能力は皆無である。

 わたしが口を開ないと相手も黙ったまま。刻々と時だけが過ぎていった。

 耐えられず、口を開いたのはわたしの方だった。


「…ルイン…です」

「良い名ですな」



 ……会話が成立してしまったではないか。何をやっているのだ、わたしは。

 ここは悲鳴をあげて飛び出していけば良かったのではないだろうか。そうしたらごく自然且つなし崩し的に助けを求めに行けたのに。

 己の行動を悔やむばかりだ。ああ、頭が痛い。うまく思考ができないのはこの頭痛のせいもあるだろう。


「あの~、蜂さんはどうしてここに……?」


 下手に出るのは忘れてはいけない。わたしは自分の身がとてもかわいい。自分を甘やかすのも守るのも自分しかいないのだから、それについては最大限努力する方針なのだ。


「む!」


 我が意を得たりというような顔の蜂の黒い目がぴかっとして、ビビった。

 いや、実際には光ってないし、そもそも蜂の表情なんてわかるはずないが、細かな頭や羽の動き方でそんな風に感じ取れる。無駄に芸が細かい。

 ビン、と羽が天井に向けられる。


「風を越え山を越え数多の星を越え、我が羽の力をもってしても尚足りぬ、光が我が物顔で夜の帳を押し上げ、和平の中に闇が蠢く、狂気とぬくもりに満ちる矛盾を孕んで結ばれた場所より我、至る!そう!我こそは!外敵から巣を守る誇り高き孤高の守護者!門番にして繋ぐ者!ヴェヒターである!!」


 意思の疎通が可能なことと分かり合えるということは同義ではないという事実を再認識した。


 目の前で、お家の守護者即ち門番だという蜂は元気いっぱいに主張する。興奮してか薄い羽をぴるぴるさせながら。



「あのぅ……。蜂さん…」

「ヴェヒターと呼ぶが良い!」

「…ヴェヒターさんは」

「ヴェヒターと呼ぶが良い!」


 親しくもない相手を呼び捨てにするのは、常に外面を意識している自分の性に合わないのだが仕方ない。

 わたしは努めて意識して蜂の名を口にした。


「……ヴェヒターは、何が目的なんでしょうか…」


 ぴたりと動きを止めた蜂の真っ黒な目がわたしに向けられた。

 ……もしやこれは凝視されているのか。

 大きな目の下にある小さな口がカチカチ鳴って……えーと、それ、口ですよね?牙なんてありませんよね?


「己が役目を果たすまで。我は守護者。繋ぐものであり門番であるからして」

 

 ……まったくもって、よくわからない。よくわからないが、考えてみる。

 『門番』とは、もしやこの蜂に与えられた役目なのだろうか。

 未だに続く痛みをこらえながらわたしは頭を悩ませる。

 ……ヴェヒターは、えーと、外敵から巣を守護する…とか言っていた…。巣が、この家だろうか。


 完全に陽は沈み、外はもう真っ暗だった。何度も言うようだが、わたしはとても疲れている。そして頭が痛い。眠い。限界だ。

 だが、最低限確認せねばならないことがある。

 頭痛の所為か霞んできた目を精一杯開いて蜂を視界におさめる。


「……あの、この家、わたし住むんですけれど……」


 正しくは、わたしは単なる管理人であるが、魔生物に人間の事情とかお話しても無駄であろう。

 いくら小さくても相手は魔生物。どんな隠し玉を持っているのかもわからない。会話可能なほどに知能が高いとはいえ、戦闘力皆無のか弱い婦女子にできることは、とりあえず刺激しないことだけだ。

 そんなわたしの心配を他所に、蜂は鷹揚に頷いた。


「ルインはここへ至った。そして我に異論はない」

「はぁ、では……」

「ルインも我に異論あるまいな?」

「はぁ…?」


 早速出て行ってもらおうと思ったのに、続く蜂の言葉で思わずおかしな返事をしてしまった。ところが、蜂はそれを了承ととらえたのか「これからよろしく頼む!」と叫んでブンブンと室内を飛び回った。

 なんでだよ……。


 ご機嫌に飛び回る蜂を呆けて眺めているうちに、段々面倒くさくなってきた。


 よく考えれば、今現在わたしに対する害意はないと判明しただけ僥倖ではなかろうか。


「………とりあえず、寝るか……」


 荷物からシーツ代わりになりそうな布を取り出すと、身体に巻き付けるようにしてそのままソファに倒れ込んだのだった。





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