小学生に「回文」を作らせたら想像以上に酷かった件
「うー、疲れた……」
家に帰って早々、僕はグッタリとソファに寝転んだ。時刻は夜9時。いつも通りの時間だった。
「……」
先生は残業代が出ない。なぜなら給料の中に既に「みなし残業代」が何パーセントか含まれているからだ。ひぇぇ。
しかし、まだ休めない。今日は最後にやる事があるのだ。
「……さて、今日授業で使ったプリントだけ、ササッと採点しておこうかな」
僕は重い体をなんとか起き上がらせ、その勢いで机に向かった。カバンから何枚ものプリントを取り出し机の上に置く。
これは今日、国語の授業中に配った『回文』を作るという課題のプリントだ。
ちなみに回文とは「しんぶんし」だとか「たけやぶやけた」みたいな、上から読んでも下から読んでも同じになる文章のことである。
今日の授業で回文を扱った際、その場で回文を作るという課題を行ったのだ。
ちなみに、配ったプリントはこれだ。
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| ☆思いついた回文を、枠の中に書 |
| きましょう |
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| ┌────────────┐ |
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……しかし、最近の小学校の国語ってやけに創造的で、採点する大人の方が逆に困ったりするなぁ。
正直回文を作れなんて急に言われても、僕ならすぐには思いつかないだろう。
それを授業中の、しかも限られた時間で行なった訳だ。果たして生徒たちは本当に、回文なんて作れたのだろうか。
「でも、子どもは意外と柔軟にそういうの思いついたりして」
少しの不安と少しの期待を抱いて、僕はプリントの束、一番上のプリントに目を向けた。
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| ☆思いついた回文を、枠の中に書 |
| きましょう |
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| 美味しい塩 |
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「おっ、なかなか良いかも」
うん、シンプルだけど悪くない。結構難しい課題だと思ったけれど、うんうん、よく思いついたなぁ……
「……って、あれ?」
少しの違和感を感じ、僕は要らない紙の端にひらがなで「美味しい塩」と書いた。
おいしいしお
「あっ、やっぱり。よく見たら回文になってない」
うーん、惜しいなぁ。着眼点は良さそうなんだけど。やはり少し難しい課題なのかもしれない。
他の子はどうかな? 僕はプリントを一枚めくった。
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| ☆思いついた回文を、枠の中に書 |
| きましょう |
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| ┌────────────┐ |
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| 神主死ぬんか? |
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| └────────────┘ |
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「な、なるほど……」
かんぬししぬんか
確かに回文だ。
本当はもっとゆるふわした回文が見たい気もするけど、なるほど回文としてはちゃんと出来てる。
「これなら他の子も、結構良い回文作れてるのかもなー」
僕は若干の期待に胸を膨らませながら、プリントを一枚めくった。
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| ☆思いついた回文を、枠の中に書 |
| きましょう |
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| ┌────────────┐ |
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| マグマ |
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「マグマ……」
まあ、回文と言えば回文なんだけど。いくらなんでもスマート過ぎやしないか。
まさか回文が作られる最小単位3文字で仕上げて来るとは思わなかった。 しかし、マグマかぁ……。
次見よう。
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| ☆思いついた回文を、枠の中に書 |
| きましょう |
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| ┌────────────┐ |
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| あ、ババア! |
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「口悪いな」
確かに回文にはなってるが、どうなんだこれは。生徒には是非とも清く正しい言葉遣いで居て欲しい。
次!
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| ☆思いついた回文を、枠の中に書 |
| きましょう |
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| 苦しみのミルク |
| 祈ろう呪い |
| 脳死の牛 |
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「怖っ!」
なんでこんなに怨嗟に満ちてるんだ。「脳死の牛」とか、こんな単語普通の精神状態じゃ思いつかなくない?
「……っていうか、よく見たらこれ、全部回文になってないし!」
くるしみのみるく
いのろうのろい
のうしのうし
「字面の怖さに騙される所だった……」
粗を誤魔化すための策だとしたら、なかなか策士だ。
ただその気の回し方が出来るなら「正解」の回文を作ってほしかった。
次!
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| ☆思いついた回文を、枠の中に書 |
| きましょう |
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| ねこちゃん!んゃちこね! |
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「雑かよ」
途中で妥協しないで……
次!
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| ☆思いついた回文を、枠の中に書 |
| きましょう |
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| 母 |
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「シンプル!」
まさか3文字の壁を超えて来るとは思わなかった。これだとママとかパパとか無限に作れそう。
あとプリントのスミにちっちゃく
母「ははは」
と書いてあった。『は』しか使ってない……。
次!
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| ☆思いついた回文を、枠の中に書 |
| きましょう |
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| ☆★毛★☆ |
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「来ると思った!」
嫌な予感はしてたけど、思った通り1文字が来た。1文字は絶対「文」じゃないよね?
あと星を散りばめて誤魔化そうとすんな。
次!
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| ☆思いついた回文を、枠の中に書 |
| きましょう |
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| ┌────────────┐ |
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| うどん |
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「絶対違うじゃん!」
次! 次!
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| ☆思いついた回文を、枠の中に書 |
| きましょう |
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| 回文ってなんですか? |
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「授業聞いて!」
というか分からなかったらその場で聞いて! このプリント使って質問されても手遅れだから!
次!
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| ☆思いついた回文を、枠の中に書 |
| きましょう |
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| お前の娘を預かった |
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「怪文じゃねーか!」
上手いこと言う力があるなら回文考えて欲しい。
次、次!
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| ☆思いついた回文を、枠の中に書 |
| きましょう |
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| 話は変わりますが先生がロリ |
| コンって本当ですか? |
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「違う!」
質問は後で受け付けます!
次!
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| ☆思いついた回文を、枠の中に書 |
| きましょう |
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| ロリコン懲りろ |
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「だから、違うって!」
なに? 生徒の間でなんか噂になってるの?????
「……あっ」
ある事に気がついた僕は、まさかと思いつつ、紙の切れ端にひらがなで『ロリコン懲りろ』と書く。
ろりこんこりろ
「回文に、なってる……」
ひぇぇ……
いろんな衝撃が相まって、僕はそのままベッドへと飛び込んだ。疲れた、もう寝よう……
「……」
なんだか、今日はじっくり長いこと寝ないと疲れが取れない気分だ……
「……4年間、寝よ」
こうして、回文が体に染み付いたまま眠りについた。
もちろん4年間も寝られるはずもなく、翌朝、普通に朝6時に起きた。