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モザニカの不穏な噂

 王都モザニカには不穏な噂が流れていた。

 曰く、深夜笑いながら首を狩る魔女が出るだとか。曰く、魔女はまるで霧のように姿を消してしまうだとか。

 スコットからしてみれば夜に家を抜け出し遊ぶ子供を懲らしめるような寝物語のようなものだったが、事実、ここ数年で行方不明者の数は増え続けていた。豊かな王都とて夜逃げする者、闇に姿を隠す者はどうしても存在する。そういった者たちは大抵己の痕跡を一切残さないように努めており、事件性は感じられないほどの逃げ様を披露する。

 しかし、昨今の失踪はそれには当てはまらない。まるで夕食の途中に忽然と姿を消してしまったかのように食べかけの食事が残されていたり、かまどに火がついたままの場合もあった。外に飲みに歩いて姿を消した男のお土産が、妻子の待つ民家の扉にかけられていたこともある。

 まるで意図的に失踪を伝えるかのごとき所業に、スコットは腑に落ちない想いを胸に抱えながら夜半の見回りを続ける。


 日が落ちたばかりの時間帯は、まだ人通りが多く酒を提供する店は賑わっている。大通りを外れれば、人目を避けるように春を売る女たちの姿が見えるだろう。



「なぁスコット、本当に失踪者は殺されたのか?」

「さあな、俺にはわからん」



 バディを組むアレイアスが詰まらなさそうに大きな口を開き欠伸をひとつ零した。無理もない、彼ら中央騎士団第三部隊が見回りを始めて10日、特にこれといった事件というものは起きてはいない。王都に住む住人たちは騎士たちの見回りに安堵し、夜道を行きかう人々は群れをなしている。

 しかしこうして穏やかな日々が流れながらも、失踪者は未だに増え続けていた。



「…………カイン」

「は?」

「昨晩失踪した者の名だ。カイン・ロータス、王都ではそこそこ名の知れた便利屋らしい」

「便利屋なら、後ろ暗いことのひとつやふたつあってもおかしくないだろ。内輪もめかもしれない」



 揶揄するようなアレイアスの言葉に、スコットは一理あると頷く。

 便利屋は、俗にいう何でも屋だ。町から町への護衛を引き受けたり、危険な森の中に入り草花を収集したり、町の外に出る魔獣を狩ったり、はたまた戦時中には傭兵として参加したり。つまりは、金さえ払えば己の命すら差し出す連中だ。

 便利屋連盟と呼ばれる請負所には殺人と言った王国法に触れる依頼は持ち込めないことになっているが、年に1度監査が入ることでしか国は釘を指すことができない。いくら規模が大きかろうと、一企業に圧力をかけすぎる理由にはならない。

 何より質が悪いのは、便利屋連盟は王都の一般住民の生活に深く食い込んでいるということだ。下手につぶしてしまえば、金で利便性を買っていた住民たちから不満が噴出しかねなかった。



「ま、あそこはそのうち大人しくなるさ」



 スコットの不満を感じ取ったのか、アレイアスはしたり顔でほほ笑んだ。彼の生家は表向きは真っ当な文官ではあるが、貴族間では王の密偵であるとまことしやかに囁かれていた。王の密偵の存在がこうも大っぴらになっていてはどうしようもないだろうとスコットは一笑したが、アレイアスが騎士団に入った折にも「こんなところまで手を広げてきた」と彼を恐れる声があがったものだ。

 おそらく牽制役としての見せ弾である彼の言葉に、スコットは便利屋連盟崩壊の先を見た。



「便利屋どうしの諍いならば、連盟が仲裁するはずだが」

「さぁて、そこまで機能してんのかね、あそこは。『王都の民であれば誰でも登録できる』、上澄みがどんなに美しかろうと底はどぶ川みたいなもんさ」

「しかし、腕の立つ者の名は騎士団こちらにまで響いてくる」

「なのにこっちには来ない奴らだろ? 縛られたくないだとか、身軽な方がいいだとか。聞こえの良い言葉を並びたてているが、要は言い訳だ」

「……随分嫌うな」

「ああ嫌いだね。力を持ちながら、それを金のためにしか振るおうとしないような奴は」



 アレイアスの軽薄そうな垂れた瞳が、鋭い光を放つ。



「最近の失踪者は便利屋家業が多いんだろ? オレとしては大歓迎だね、そうやって誇りを持たずに剣を持つ奴らが減るのは」

「お前がどう思っていようが、彼らも王都の民だ」

「へぇへぇ、相変わらずご立派な思想なことで」

「茶化すな」

「茶化してないさ。……ま、オレはあんたみたいな奴の下で働けて幸いだよ。ちょぉっと、固すぎるけどな」





 巡回を終えて寄宿舎へと戻ったアレイアスを見送ったスコットは、一人夜の町を歩いていた。彼と共に寄宿舎の狭い仮眠室へと戻る気にもなれず、スコットは王都の外れにある屋敷へと歩みを進める。星の煌めきは夜目の効く彼には何の問題もないほどに街並みを明るく照らしていたが、建物の陰にはスコットの目を通しても見通すこともできない闇が広がっており彼をぞっとさせた。

 件の殺人鬼、あるいは誘拐犯がその暗く塗りつぶされた闇の中から飛び出してこないとも限らない。それほど眠る町に人気はなく、昼間とは異なったさびしいまでの静寂さを湛えていた。


 スコットがそれに気づいたのは、あくまでも偶然だ。いるかもわからぬ襲撃者に気を張っていたことにより、彼の瞳は路地裏に佇む少女の姿を捕らえた。少女は彼の存在に気付いていないのか、1冊の本を抱えたまま空を見上げている。



「……もし」



 スコットははじめ幽鬼の類でも目にしたのかと心臓を震わせたが、よくよく観察してみるとその正体が見知った少女であることに気付き、勇気を出して声をかける。少女はスコットの声に随分とゆっくりとした調子で振り返った。



「何?」

「いえ、こんな夜半に何をされているのかと思いまして」



 少女――アリアは鈴を転がすような声で「星を見ているの」と答えた。



「星、ですか?」

「うん、星について書かれている本を読んだから。ここから見る星は、まるで額縁に収まってるみたいで綺麗だって」



 アリアはまるで誰かの経験をなぞるかのような答えを返したが、スコットはその小さな違和感に気付くことはない。



「そうですか。ところで、最近失踪者が増えているのはご存知ですか?」

「知ってる」

「夜道は危険です、お送りします」

「いらない。夜で歩くのも、仕事のうちだもの」



 そう言って星灯りの元に姿を現した彼女にスコットは息を飲んだ。大きく胸元の開いた生地の薄いドレスは足の付け根にまで深くスリットが入っていて、アリアのか細い足があられもなく晒されている。胸元を彩るのは、町娘が持つには不相応な細い鎖に繋がった青い宝石、指先にも同じ色をした石が爛々と輝いている。

 儚さを孕んだ細い肉体を包む衣装は、まさに娼婦のそれであった。

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