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8/16

さてさて今日は

 部屋の天井は白い。高くて広くて真っ白なそれは空間を必要以上に大きく感じさせる。体が五センチくらい宙に浮いているような感覚。体を動かしている感覚があるにもかかわらず、観測される体の方ははピクリとも動かない。安らかな死の優しい恐怖のようなものがあった。もっとも、僕は死んだことがないのでこの表現が正しいかどうかなど分からない。ただ、もっともシックリくると直感が告げている。理由は分からないが、恐らくはかなり高い精度で、正しいであろう表現であった。

 彩度を失った明暗の世界。横や下を向いて部屋中を見渡せば有限の鮮やかさを持った見慣れた我が家であるのだろうが、何せ首が曲がらない。今の僕にとっては生活感の欠片も無い非日常の箱の中だった。天国にある牢獄と言うイメージがフィットするような所だった。

 今の状況に対して色々疑問を持つべきだとは思うのだが、必死に探究心を働かそうとしても、ポッと生まれてはすぐに消えてしまう。大学で嫌というほど研究をしているにもかかわらず知的好奇心とか知的恐怖心とか知的惰性心とか言ったものは興味を示してくれない。僕がこんな現象が起きてるよと声をかけても精々空返事をするだけでまともに取り合ってくれない。

 僕を形作り、特徴付け、個性化していた情報構造が何らかの変化をしているのだろうか。何だか話を飛躍させすぎだと以前の僕なら思っていたと思うのだけれども、何故だか違和感を感じない。


 破壊、死、消滅。

 似た性格を持っていそうで、何か違う気もする。

 再構築、再起動、リメイク。

 修正しようと思って、さらに遠ざかってしまった感じ。

 革命、非連続非線形変換、パラダイムシフト。

 分からなくもないが、何だか大げさすぎ。

 ぽっくり、ぽつぽつ、ぺんぽんぱん。

 意味不明だが、一番イメージに合っている気がする。

 そうそう、そうだね、そう言うものだろ。

 蕩けるような投遣り。


 異様に透き通った空間。埃や塵はおろか空気すらないのではないかと思われるほどだ。もしかしたら見えている映像もヴァーチャルなもので光すらないのではないのか。見たものから推測しているのに可笑しな話ではあるが、直感はそれを肯定する。その先にある白はピュア・ホワイツであるにもかかわらず暗く冷たい。最大明度記録保持者が暗いとは何事だろう。そう言えば、冷たい。触覚はひどく鈍くなっていて、もしかしたらチャンネルが切れているのではないかと疑われる程なのに、何が、どこが、冷たいと感じ、理解しているのだろうか。あまり考える気が起こらないのは相変わらずではあるが、今度は、良く良く考えなくても答になっていないものであるが、比較的明確な説明がぽっちゃり転げてくる。


 僕がそう言う風に出来ているからだ。

 つまり、当たり前だから疑問に感じない。

 僕はそう言う造りを、構造を、メカニズムをしているからだ。

 何故そんなことをいちいち考えているんだ、馬鹿馬鹿しい。


 馬鹿にされた。

 くすくす。

 しょっぱい。


 舌と言うか、口の中と言うか、内側の温かくネトネトした粘膜らしき部分にぼんやりと広がる雑然とした情報群。純粋な塩気でもなく、汗や涙の類とも少し違う。ただ、そこには単純に味覚由来のものだけでなく、柔らかで落ち着くちょっぴり如何わしい食感と言うか、それに類似した触覚的情報が入り混じっている。味覚に呼応して呼び起こされた関連情報なのか、元々一緒に在ったものなのかは分からない。僕の中では少なくともセットになっている。少し噛んで見たくなってきた。いきなり強く噛んではいけない気がして、最初は優しくその食感と言うか、形や固さや柔らかさや味のようなものを、丁寧に紐解くように少しずつ。まずは舌の先っちょが触れるくらいからはじめて、全体を舐め回していく。一通り舐めた後は、勇気を振り絞って少しだけ歯を立てる。チョットだけ食い込んだが、それは十分な弾性があり、もう少し強く噛んでも大丈夫そうだ。強く、もっと強く、さらに激しく、ガッツリ、カッツリ、ゴッソリ。それでも良くは分からない。


 引き締まるようなキュッとした鋼の味噌。

 圧迫されるようなボリューム感のあるゲル状ホイップ。

 未知の物質とも言うべき気持ちわるい親近感のある宇宙食。


 分析的にはそのような三成分という感じではある。とてもアナリティックとは言えない分析ではあるが。座標すら取れていないのにいきなり成分がやってくる感じ。遠近の構造が備わっていない集合に位相をほったらかしにして距離やら微分やらの話をしている感じ。ちゃんとしたモデルも言葉も概念も構築できていないのにいきなりガッチガチの専門用語の嵐に巻き込まれる感じ。つまり、理解を求めているわけではないようだ。受験生が詰め込む知識と言うよりは、幼児が自然と認識を深めるように、浴びるように受け入れるようなものだろうか。最初から与えられれば自然にこれらを認識し、取り込み、名づけることが出来たのかもしれない。それが出来る人と出来ない人の感覚を、もしかすると一対一のウェイトではないかもしれないが、相乗平均したような認知度と言ったところだろうか。

 

 鼻と言うよりは脳を掻き乱す情報砂漠の臭い。

 分解し、逆算すると、やっと鼻まで感覚がやってくる。

 甘苦い細い線のようなハロゲン臭。

 いきなり奥の方に現れるちくちくするフローラルな刺激物。

 香り。


 臭いは重い。ぐるぐるブンブンほわっとで、体が徐々に沈みはじめる。 四センチ、三センチ、二センチ、一センチ、一瞬ぴたっと来たと思ったが、勢いはとまらず、マイナス一センチ、マイナス二センチ・・・・・・。汚い多様な有彩地獄の豪邸で雁字搦めのブルジョワ・セレブリティ。激しいノリノリノイズにストレスだらけの芸術的ピンボケ、不健康な満腹感と鼻詰まり。落ちているのか回っているのかが良く分からないが、周りにあるであろう雑多なものとの相対的な位置関係を、不確かではあるが全く分からなくはない程度に、把握していた。どちらかと言えば不快ではあるが、そのストレスに対応するために、麻薬的な依存症を引き起こそうと必死になっている。おそらく、このまま続けてしまうと僕は良く分からない不快感の虜になって廃人となってしまうであろう。しかし、少なくとも体内時計の時間長基準でそれほど長く続かないであろうことが何故だか予想できた。確信と言っても良い程それは理由なく信用できるものだった。むしろ、これが終わるまでに、どのような不快感を体験できるのかに興味がわいて来る。好奇心というやつを取り戻したのか、とても懐かしい感覚であった。

 白かった天井にいつの間にか黒い染みや細かい凹凸が出来ていて、光の加減でさまざまな模様を浮き上がらせる。模様は時間発展に従い姿を変えながらなにやら暗示のようなものをかけてくる。既に数センチ沈んだ僕からさらに意識が支配する部分だけを引っぺがし、そこから更に数ミリずらしてくる。意識だけが更に自分自身からズレている可笑しな状態。もしかすると、一部の精神病、これを病とみなしていいのか僕には分からないが、と類似しているのかと思われる不思議な感覚。精神と行動、意識と無意識、選択と理由、そんなこんなの色々な部分の間でずれが生じてストレスにならないように一生懸命、時に好意やら肯定やら愛情やらをでっち上げてまで、辻褄合わせをしてきたお茶目な神経系が、シュールなギャグが無駄にツボにはまったように大爆笑している。

 激しい感情の起伏と共に大きく心臓が鼓動し、テンポの良いビックウェーブの集いが元気良く源を飛び出し、肉が熱を帯びていく。ミネラルタップリの分泌液が溢れ出し、スリップしながらケイオティックに動き回る。生活感のあるダルトーンの家具が、穏やかではあるが複雑な表情を見せる。今の僕よりよっぽど命にあふれ、安定な存在感を有し、生きている実感を噛み締めている。主張の強い出しゃばった臭いが無数に混在しているようで、嗅覚がビックリしている。目では確認できないのであるが、細菌の類が居るのだろうか、分泌液もあたかも汗のような臭いを発しはじめた。逃げ出したい空間、良い思い出がないトラウマのような感覚。それぞれは一見斥力を感じさせるものであるにもかかわらず、どうやら引力を生み出す機構もどこかにあったのか、詳細は複雑で分からないが、それらを重ね合わせた結果としては、僕と言う系は全体的に引力を感じている。その既成事実は、行動は、現実は、それと摩擦が起きないような感情を引き起こし、ゴマをすりながら愛と快楽を固めていく。何かを恋しく思っている気がした。


 昇っている。

 否、自然に落ちるのが下向きであるから、落ちている。

 いつでも、どこでも、あそこでも。

 曲がって、返って、飛び越えても。

 とりあえず、いつでも、落ちている。


 退屈と共に正常が重い腰をあげはじめる。


 そろそろ時間だよ。

 え〜、もうチョットだけ。

 わがまま言わない。

 わがままを言いたかったんだよ。

 良い加減にしないと叩き起こすよ。

 それも良いかも。

 変態。


 そう変態だ。変態っていいよね。異常なこだわりにフェティシズム。おしゃれでもなければエロくもないけど、健康的に露出狂な感じとか。分かりやすくエロエロも嫌いじゃないけどね。全体的に柔らかく優しい抱き心地だけど腕だけ妙に緊張して、力んでいて、締め付けが若干痛いこととか。唇以外へのキスとか。お腹のあたりに抱きつくとか。腕の中でリラックスして深呼吸する感じとか。あと、その時の匂い。背伸びするときにふと見下されるのも良いね。無防備も大好きだよ。


 ・・・・・・。

 意外と普通。


 面白くない。

 退屈。


 しかし代わりと言っては何だが、引き換えにして得るものもある。

 欲求であり、飢えであり、下心であったりなかったりだ。

 快楽の回路に刺激を送れるように時間発展することだ。

 

 映りの悪くなったテレビ、何だかんだのメモが張り巡らされた冷蔵庫、置き場所のない物にあふれた机、ここだけはいつもフカフカにしておきたいベッド、頑固汚れが落ちなくなった台所、ベランダが小さいために部屋中に干された洗濯物、頻繁に使っているため棚に収納されたためしがない散らかった専門書。夜のお供のインスタントコーヒー。同じくインスタントラーメン。あと、それから、忘れてはイケないのが・・・・・・、


 武士の刀、頼れる相棒、パーソナルコンピューター。

 抱き心地抜群、結構高かったんだよ、安眠羽毛布団。


 まずい、お腹が減ってきた。

 空腹だ。

 食べたい、食べたい、食べたい。

 持て余した真っ只中を撒き散らして発散させた後に来る、意地汚い求愛ファンタスティック。


 むさぼるように噛り付きたい。

 一杯一杯頬張りたい。

 片っ端から、機械的に、化学的に、愛欲的に、吸収したい。


 世界が淡い表情を見せたところで、目がギラギラし、鼻がヒクヒクすると共に、底の方から熱い何かが噴出してくる。あふれ返った溶媒に、世界が丸ごと、自身も含めて溶かされていく。泡を出して徐々にスカスカになって行くもの、ふわっと気付かないうちに居なくなるもの、細かく柔らかに分解されながら輪郭を失うもの、爆発オチで去っていくもの、一気に溶けだし濃い液体となった後に拡散するもの、中が先に溶けだして浸透圧により一気に崩壊するもの、ブレて不確かに粗くなっていくもの、それぞれが自由気ままに溶けていく。僕の方は何故だか生々しくスプラッターな感じになっている。首がとび、内臓がえぐりだされ、血が滲んでいく。しかし、恐怖と言うよりは解剖実験、解剖実験と言うよりは調理過程、調理過程と言うよりは消化過程。巡りに巡って再び血となり肉となり骨となるのだろうか。栄養バランス気にしてね。


 腐りかけの群青は子供っぽく母性を振り撒く。

 見栄を張ったセックスチャイルドはダダをこねつつ機会を窺う。

 かあちゃん、おなかすいたー。

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