週明け
どうやら僕はエリさん(仮名)に惚れているらしい。今すぐあなたの胸に飛び込みたいよ、うっほほ〜い、と言う感じになっている可能性も否定はできない。ティーンの皆さんもビックリな、ときめきたいったらありゃしないうれしはずかし幸せライフを渇望中オーラをそこはかとなく発していそうな気がしなくもない。
自信をもって断定できないのは、断定できる主張はこの世の中に存在しないなんて言う事も出来るだろうが、あえて尤もらしそうな理由をあげるとすれば、それは僕としては珍しく、と言うか恐らくは生まれて初めて、全くの他人にいきなりバッタリびっくりドッキリ一目惚れしてしまったからだろう。明確な根拠もなければ付き合いが長い親しい間柄でもない、ただ何となくど真ん中ストライクだった女の子というだけでFALL IN LOVEしてしまった自分自身を疑わずにはいられなかったからだと思われる。
彼女が子孫を生存、繁栄させるために適切な存在であると本能的に感じ取ったのかもしれないし、実は何か経験的にその人が魅力的である確率が高いということを容姿や立ち振る舞いから無意識に判断したのかもしれないし、あるいは、詳しく神経を伝う電気信号、あるいはもっとミクロな構成要素の時間発展を解析すれば当然の結果なのかもしれない。一目惚れに尤もらしい理由や因果関係による説明を求めることがそもそもナンセンスであるという考え方もできる。が、しかし、しかしながら、その例えあったとしても僕には知りようがないメカニズムだけでは疑い深い僕の気持ちを納得させることはできない。
僕は本当にエリさん(仮名)のことを好きになっていると思って良いのだろうか?
中途半端な気持ちでいるのは相手にとっても失礼だし、そんな気持ちでは伝わりようがない。まずは自分の気持ちをはっきりさせ・・・
「ご注文まだの方どうぞ」
「炒めで」
なければならない。しかし、気持ちをはっきりさせると言うのは具体的には結構難しいものである。疑いをかけだしたらきりがないし、そもそも惚れるとは何ですかとか言い出したらきりがなくなってしまうだろう。誰もが自然であると思えることから理屈で詰めて説明しようとしたところで説得的になる訳でもなさそうである。フォーマルな方法を否定する気もなければ、人の心はなんだか素晴らしいものらしいです、恋するって素敵だね的お話にもって行きたい訳でもない。ただ、結局具体的な今の僕の状況に当てはめようとすれば、
「あ、すいません、さっきのサイズ大で」
「あ、はーい」
本質的に僕がどう考えたいか、と言うこと以上の事はいえないであろう。
それでも、もうすこし、形だけでもと言うか、尤もらしそうな雰囲気のする理由らしきものがあった方が良い気がする。僕がそう考えたいだけであるというレベルを超えられないとしても具体的な言葉でそれっぽいことが言えればそれでいい。そもそも、それっぽいこと以上のことを出来たためしがない、あるいは、そもそも出来るものではないかもしれない。ただ、それっぽいものによってのみ、少なくとも僕にとっては、良くも悪くも可能な限り説得的なものになっていくのだと思われるのだ。
おっと、こんな話はどうでもよかった。
大事なのはエリさん(仮名)のことだ。
例えば、エリさん(仮名)の立ち振舞いや表情が僕の理想とキッチリかっちりズバッとマッチし、その人の人柄や内面的な部分も含めて、直感的であるにしろ、ある程度理解した上で好意をもつことができたからと言う仮説はどうだ。
いやいやいや、それって僕が嫌がっている考え方ではないのか。
そもそも、相手を理解したなんて思ってしまうことが危険な考え方であって・・・
「炒めの方ライスはどうしますか」
「あ、大でお願いします」
身勝手に、暴力的に、アグレッシブに、理解したなんて思うべきではない。むしろ理解出来ないことがあることを自覚して相手と向き合う方が望ましい。僕はそんな考え方の人間だった。ろくに話したこともないエリさん(仮名)を勝手に僕の好みの素敵な女性と判断してしまうことで、窮屈な思いをさせてしまうようなことがあってはならない。それならいっそう僕との出会いなんてない方が望まし・・・
「炒めの方どうぞ」
「ありがとう」
いと言うほどのことでもないかもしれないが、僕がエリさん(仮名)の立場であれば、たとえポジティブな評価であっても勝手なイメージで自分のキャラクターを固められたいとは思わないであろう。
僕は野菜炒めとライスをトレイに載せ、おかずを一品加えた後にレジに向かった。
やはり一目惚れに、それっぽいものであったとしても、説明を求めることが問題なのだろうか。僕が単に自己肯定したいだけなのだろうか。単純に誰かに背中を押して欲しいけれども、誰もいないから仕方なく一歩踏み出すのに必要な社交辞令の代わりを求めているだけではないか。そもそも、これが一目惚れではない十分付き合いの長い相手への思いであれば説明ができることなのだろうか。確かに付き合いが長ければ、相手についての理解もある程度あると言ってもいいかもしれない。なにより付き合いが長くなれば、思い出を作れれば、親しみがもてるようになる。親しみがもてれば、相手が自分と違う考え方であっても、理解できない部分があっても、
しゃーないか。
あの人だし。
なんていいながら、ほくそ笑む。そんな素敵なハッピーライフが堪能できる。ああ、素晴らしい。僕とエリさん(仮名)も・・・
「560円になります」
「あ、はい、これで」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
そう言う関係だったら問題ないのではあるが、残念ながらそうではない。そもそも十分長い付き合いとはなんだろうか。何をもって十分と言えばいいのかがよく分からない。場合によっては今の僕とエリさん(仮名)の関係でも十分である可能性もあれば、いくら長く付き合っても決して十分と呼べるようになることは無いのかも知れない。例えば、いくら付き合いが長くても恋人としてのお付き合いの時間がなければ経験値が不足していると考えるのはどうだろう。いくら親しくても男と女としての相手を、あるいは自分自身をお付き合いする前の段階で想像力を働かせる事で理解するには無理があるように思われる。実際には無理であろうが、おためし期間として恋人関係を十分長く経験し、さらにその人が一番である事まで要求するならば、他の人との関係も経験した上で比較して結論を出さねばなるまい。しかし、これでは非常に困った結論にいたってしまう。
付き合ってみないと分からないのであるから、一般には付き合う前にその人が運命の人であるのか判断することは出来ない。
と、言うことだ。つまり一目惚れでも付き合いが長くても結局は分からないと言うことだ。いや、まて、どちらにしろ分からないと言うことは、全部NOではなく全部OKと解釈することもできるのではないか。一目惚れも長い付き合いと同程度の不確かさなのであるから、それを信じてやる事も、一般性を持って正しいとはいえなくても、現実的には十分認められる事ではないか。すなわち、コントロールできない未来に対して下手に考え込むのではなく、それがたまたまの出会いであってもそれは良い御縁があったと解釈し、不確定な部分も含めて覚悟を決める方が生き方として現実的、あるいは、妥当ではないか。偶然だったとしても、エリさん(仮名)が今の僕の思い描くイメージと違っていたとしても、この出会いを大切にして二人の関係の中で新たに一歩踏み出す覚悟があるのであれば僕はエリさん(仮名)に思いを伝えることが許されるのではないのか。これこそが・・・
こっちだぞー。
久保が呼んでいる。久保と一緒に食堂で昼食を食べる約束をしていたのだ。セルフサービスのお茶をいれると、久保のいるテーブルへと向かった。
一応は自己満足の身勝手な正当化も多分恐らく何となく落ち着いたことだし・・・と言うよりこんなどうでも良い事を考える前にしなければならないことがある。なぜならば、僕とエリさん(仮名)は全くの他人であるからだ。すなわち、僕とエリさん(仮名)の唯一の接点である久保に彼女を紹介していただかなければなりますまい。久保とは仲良くやっているつもりであるが、女の子を紹介してくださいとか言うことはなかなか言いづらい相手ではある。どちらかと言うと少なくとも二人の間では僕はどちらかと言うとしっかりしていて真面目なキャラクターだ。そういう事を頼むような感じではないし、あいつとはそう言う話になったためしがない。
エリさん(仮名)を紹介してれ!!
なんて気軽に言える感じではないし、僕の口から出てくる言葉ではない。どう言えばいいのかが分からない。まずいぞ、気持ちが高ぶって余計に何をしたら良いのか分からない。落ち着け、目の前にいるのは久保だ。プレイボーイで真面目な遊び人である久保暁、23歳独身だ。背が高くて、スマートで、がさつで、整った顔立ちで、生活習慣がめちゃくちゃで、全身からすさまじいかまってあげたくなるオーラを発し、でも、ここぞと言う時と可愛い女の子の前ではファンタスティックに頼りになる駄目人間だ。決してエリさん(仮名)が恥ずかしい格好をして僕を求めてくれる素敵妄想シチュエーションに恵まれている訳ではない。そのまま普通に話せばいいだけだ。燃える下心が抑えきれませんと男友達に話すだけだ。気になる人がいることを密かに教えておく事で良きに計らってもらいたいだけだ。
「どうかしたか」
どうかしてます。焦点の定まらない行き場をなくした眼線、無駄な汗の垂れ流しでぐっしょりした背中、いくら噛んでも繊維質が気になって喉を通らない野菜。頭の後ろの奥の方に意識が吸い込まれそうな気分になって来る。
「何でもない」
何でもあります。あなたにお願いしたいことが体中を駆け巡っていますが、体中の穴と言う穴が緊張して収縮して外に出ることができません。
なにやってんだか、このヘタレ。
あ、あ、あ、アンジェラさん!?いやいやいや、こんなところで出てこないで下さいよ。お願いします。大事なところなんですよ。
僕は血迷ったのか、布団もないのにアンジェラを召喚してしまった。
はっきり言った方がいい。
何やら聞き覚えのある抑揚のない透き通った声が聞こえる。あの、ここにはパソコンないですよ。
いつもは声だけではっきりとしたヴィジュアルをイメージするのは初めてである。お年寄りの癖になぜだか見た目は女子高生。整った顔立ちは中性的な美しさで人ならざる何か神秘的な魅力を感じさせる。こんなことならもっと早く詳細に妄想するべきだった。名前も付けてやらないと・・・。
「何かあったのか」
「いや、別に・・・」
「女が欲しいんだって」
アンジェラが割って入ってくる。
「邪魔するなって」
「え!?」
当然久保にアンジェラは見えません。
「最近たまってんだよね」
そう言えば、エリさん(仮名)と会ってから一度も・・・って、
「おいっ!!」
「何だよ」
「あ、ごめん、何でも」
本当にごめんなさい。
「落ち着いて」
サキ(パソコン仮命名)は優しい。
「用件は簡単」
その通りです、サキさん。
「早くいっちゃいなよ」
無駄にいやらしい雰囲気を出しながら言わないで下さい、アンジェラさん。
「意思は明確」
おっしゃる通りで御座います、サキ様。
「いっちゃって」
「あふぅっ・・・」
少し肌蹴た格好で、とてもサービスサービスな感じで、冷たい隙間風のようではあるが妙に体の内側から熱くなるピンク色の吐息をかけながら、耳元でそんな事を言わないで下さい。僕が変な誤解を受けてしまいます、女王様。
「お・・・おい・・・い!?」
手遅れのようです。
トゲトゲした刺激物が神経系を駆け巡り、激しく後頭部を圧迫する。
「選択の余地なし」
そうですね、最長老。
「しっかりしなさい」
いちいちエロい感じで言わないで、アンジー。
冷や汗の洪水の流れに沿って得体の知れない何か細長く気持ち悪いものが体にまとわりついていく。
やがてそれは体を縛り上げ、痛みと不快感とちょっぴり大人の快楽に襲われる。
「そう言うプレイが好きなんだ」
姉さん、脱がないで下さい。
「えっち」
さっちー、清楚な女子高生に言われると傷つきます。
鋭く大きな杭で体の芯を貫かれたような激痛の中に零れる生温かい安らぎに脱魂した僕はどこでもないここに浮いている。
「ああっっ!!・・・あんっ・・・うっ」
あーたんはプレイに夢中になっている。
「・・・」
さっちゃん、何か言って下さい。
「はぁはぁ・・・」
アンアンはおゆきになったようです。
「・・・・・・頑張って」
サキリーヌ、ごめんなさい。
これでいいのか。
このままでいいのか。
こんな・・・。
二人に極限まで追い込まれた僕は、ピークを通り越してハイになって行く。
遠のく意識、加速する幸せな悪夢、揺れる世界、回る刺激物、誘う君。
どこからともなくやってきて、いつのまにやらいなくなる。
そんな不安定な状態でも、なにやら確かなものがあるようだ。
騒音の中突き抜ける揺るがずに波打つものが。
もやもやした世界の中で太い輪郭線を持つものが。
淡いふわふわの雲の中鮮やかな色彩を放つものが。
それが何かと手を伸ばそうとした刹那、それは全速力で僕の全身を駆け抜けた。
どうしてもエリさん(仮名)に会いたい。
珍しくカミカミでぎこちない僕の話をからかいながら聞いてもらいたい。
可愛らしいわがままに振り回されて見たい。
できればちょっとエッチなハプニングに遭遇したい。
僕の内側の繊細なところに土足であがりこんで欲しい。
僕の期待を全力全開で裏切ってドキッとさせて欲しい。
できれば、
身勝手に、
暴力的に、
突発的に、
見切り発車的に、
己の勇気をありったけ振り絞ってみたい。
精神ストレスと脳内麻薬で一杯一杯な僕にふと溢れだす幸せ妄想フラッシュバック。
自然と解けた緊張、欠落した羞恥心、溢れだす生温かい爽快感。
今ならイケそうだ。
「おいっ!!」
強い語調で切り出す。
「おう」
困った顔をされるのは当然です。
「話があるんだ」
そう、今の僕は乗りに乗っている。
「ふ〜ん」
アンジェラは若干がっかりしている。
「頑張って」
サキたんはいつでも僕の味方だね。
「任せておけ」
自信満々。
「何をだ!!」
ナイスツッコミ。
「女紹介してもらうだけなのに何やってんだか」
ジェラジェラは不機嫌ながらも気にかけてくれます。
「ああ、そうだな高々女を紹介してもらいたいだけだ」
「今日はボケ担当ですか」
いつもはツッコミです。
「いやいや真剣だよ」
全身に力がみなぎる。
「お、おう」
久保は動揺している。
「誰を紹介して欲しいのか正確に伝える必要がある」
「そうだな、サキさえてるな」
「サキって誰だ」
呑み込みが速い久保のツッコミは鋭さをましていく。
「いや、エリさんだ」
真正面から堂々と、大きな声ではきはきと。
「いや、エリって誰だよ」
「エリはあんたの妄想でしょうが」
アンジェラはつまらなそうな顔をしながらもフォローしてくれる。
「この前の夜にばったり会った」
思えばあの時僕のハートは打ち抜かれていたのだよ。
「それは久保さんが見ていない」
サキはいつでも冷静沈着。
「ああ、そうだったな、すまない」
「一人で話を進めないで」
ごめんよ、久保。しかし、今の僕は乗りに乗ってビックウェーブなんだ。
「先週末の昼休みに連れてた黒髪のちょっぴりボーイッシュな女の子だよ」
少なくとも僕には普段のテンションでは言えない台詞だ。
しかし、今の僕は乗りに乗って駆け抜ける青春だ。
「そ、そうか・・・」
「よく頑張った」
「サキに誉められるとなんかむずがゆいな」
「すまん、お前のボケは捌ききれん」
修行がたらんよ。
「さっさと約束しちゃいなさいよ。話流れちゃうわよ」
「それはまずい」
「す・・・すまん」
無駄に謝らせてごめんなさい。
「いや、どうでもいいが、で、紹介してくれるのか??」
「え、ああ、先週・・・」
「ショートでサッパリした感じの・・・えーっと」
頑張れ僕。
「ああ、あいつのことか。確かお前が徹夜した日の時だよな。まあ、お前がそこまで言うならとりあえず聞いて見るわ」
やりました。
ついに、やりました。
感無量です。
言葉が出ません。
ああ、何か、その、ありがとう。
その後の会話はいつも通り、お互い驚くほどに普通だった。いつの間にかサキとアンジェラもいなくなっていた。
あそこまで妄想をコントロールできなかったことはなかったが、しかし、もしかすると、意外と、ああでもしなければ僕は行動できなかったのかもしれない。サキとアンジェラには感謝しなければならない。
ありがとな。
いやー、会える日が待ち遠しい。