次の次の日
「ねえ、起きて」
色気のある女性の声だ。
しかし、僕はとても眠たかった。
「もうちょっと・・・」
「ねえ、起きなさいよ」
男を誘う気満々で色気むんむんであるが、いかにもな感じが逆に嘘っぽい女性の声だ。
しかし、僕には二日分の睡眠が必要なのだ。
「休みの日くらいゆっくりさせてくれよ」
「やーだ。昨日も一昨日も相手してくれなっかたじゃない」
しかし、僕は・・・もういいや。
仕方なくアンジェラを抱き寄せる。
吸い込まれるような力のある眼とボリュームのあるいやらしい唇が迫ってくる。悩ましいグラマラスなボディーはパーフェクトと言うにふさわしい。
僕は男の子だ。男の子だから、同性愛を否定する気は全くないが、女の子が好きだ。つまり、男の子だから、女性の好みなんて人それぞれでいいとは思うけれども、綺麗で色っぽいお姉さんがとてつもなく好きだ。青少年の夢を具現化したような男の魂に火をつける絶世の美女のお誘いを断る奴は、そりゃ人それぞれ事情はあるとは思うけれども、もはや男の子ではない。
まあ、でも、たまには男の子でなくなっても良いよね。
「やっぱ、僕疲れてるから」
アンジェラの誘いを断り、ベットから転がり落ちて床に寝そべる。布団に比べてひんやりとした床は気持ち良かった。
「どうかしたの」
「うるせぇ、何でもねぇよ」
何となく気分が乗らないと言うか、すっきりしないので冷たく当たってしう。悪いとは思っているのだけれども、女の子に縁のない僕にとってかけがえのない人であるのは分かっているんだけれども、相手が自分より上手の大人の女性であるためについついわがままを言ってしまう。彼女の前では僕は駄々っ子の甘えん坊だ。
「これならどうかしら」
えっ、あっ!?
とても驚いた。いろんな意味で。
激しく胸が高鳴り、全身に血が駆け巡る。身体は熱くなり、意表をつかれて混乱する神経系は必死に打ち抜かれた心のうちを隠そうと必死なっていた。
「やっぱりね」
返す言葉が思いつかない。恐らくは僕の顔は真っ赤に染まり、視線が踊り、胸の奥の方がきゅんと引き締まっていたのであろう。無防備な僕のデリケートな部分のど真ん中を全力全開で貫かれた。
「惚れたの?」
「いや、そんなこと・・・」
なんだこれ。まるで僕が中高生のようにキラキラで、ふわふわで、はいはいはいって感じの、ときめきたいったらありゃしないスイートな恋心を抱いていて、そしてそれを上から目線で見透かされたような感じになっているじゃないですか。いや、そうかもしれないけど、でもね・・・。
「何ならこのままで」
「駄目だ!」
強く拒否した。絶対やってはいけないことのような気がして、信念や倫理観のようなものに反することをしてしまうような気がして、ある意味過剰なまでに拒絶した。
まて、落ち着け、これは僕の妄想だ。
僕が支配する世界だ。
アンジェらは丸めた抱き枕的掛け布団だ。
「ただの掛け布団がそんなことまでしなくていいんだ」
一瞬いたずらが過ぎたことを後悔して泣きそうな幼い少女のような表情を見せたような気がしたが、それをはっきり認識するより先にアンジェラはただの掛け布団になっていた。
ごめん。
妄想家としてはやってはいけないことである。誰にも迷惑をかけないところで平和に妄想できる環境にあるにもかかわらず、妄想がただ妄想であるというだけの理由でそれを否定したり、軽く扱ったりしてしまうことはやってはいけないことである。
実態のない僕の精神世界に住む観念のみの存在であることが彼女らをもろく不安定な存在にしている。そして、その原因は明らかに僕。僕が僕のために僕のわがままで彼女達を生み出してしまったからだ。だから、少なくともその不安定で弱い存在である彼女たちのアイデンティティを守ってやる責任がある。
彼女のやったことはともかく、僕はひどいことをしてしまった。ちょっとした悪ふざけのつもりでやったことに過剰に反応しすぎたとも考えられる、僕は悪いことをしてしまった。僕が受けた不快感と比べても彼女に与えたそれは割に合わないかもしれない、僕は取り返しのつかないことをしてしまったのか。
僕はどうすればいい。確かにアンジェらにも悪いところはあった。しかし、僕の方が悪いような気がする。いや、どちらが悪いとかはどうでもいい、評価なんてものは物差しが変われば変わってしまう相対的なもので考えても不毛なだけだ。要は、彼女との関係と健全な妄想がいち早く回復してくれればそれでいい。大事なのはどちらが悪いかを詳しく追求した上で過不足なく自分の落ち度を明らかにし、謝罪した上で適当な罰則を受けることではない。悪いと思っている気持ちを伝えたりする中でお互いの関係を修復することだ。
自分の妄想くらい好きにしていいという考え方もできるかもしれないが、一応妄想の主として僕の方から謝ろう。そう、僕から。
僕がそう望んだから。
「悪かったよ。ごめん。許してくれ」
優しく、丁寧に、掛け布団の丸めて抱き締める。
返事はない。
「僕は君がいないと駄目なんだ」
抱き寄せる腕に少し力が入り、体の芯に緊張がぴんと張りつめる。
ただの掛け布団はくしゃくしゃになっている。
想像以上に傷が深かったのだろうか、なかなか機嫌を直してくれない。
「頼むよ、僕をひと・・・」
「やめてよ気持悪い」
ベッドに腰掛けているのは、下着姿のさわやかな女の子だ。化粧もしていなければ髪形も整っていないので一瞬アンジェラであると分からなかった。
「あ、その・・・」
相変わらず肝心なところで言葉が出てこない。僕は駄目な男だ。
「そういうのいらないから」
「えっ、いや・・・」
「私が、その、悪かったんだからそんな顔しなくていいの。ちょっとお子ちゃまなあんたをからかいたかっただけよ」
謝らないで欲しい。僕の知っているアンジェラはそんな人ではない。柄にもなく素直に、真面目に、そんなことを言われると僕の心は罪悪感に押しつぶされそうだ。
「あ〜もう、腹の立つ。大体私があんたの妄想であることくらい初めから分かってるんでしょうが。そんことでいちいち傷ついたりしないわよ」
逆に気を使わせてしまった。しかし、いつもの強気の口調が戻ってくると少し安心した。少しアンジェラのことがいとおしく思えると同時に感謝した。
「いい加減にしなさいよ!!」
怒られた。今思うと怒るべきなのはは僕の方だったのだろう。そしたら、アンジェラの気持ちを受け止めてやれたかもしれない。彼女が甘えれる人になってあげられたのかもしれない。
「なあ、一つ聞いてもいいか」
「嫌」
「そこは聞いてくれよ。断られたときの言葉なんて用意してねえよ」
「じゃあ、さっきのやり取りについては却下。私が悪い。だから謝った。おしまい。
エリ(仮名)って子についても却下。あんたは惚れてる。とてつもなく惚れてる。あんたが誰に惚れようが勝手だけど、他の女の話は聞きたくないわ。今はね。
それ以外の話だったら聞いてあげる」
どうやら僕の考えはすべてお見通しらしい。
「そんなんじゃねえけど」
「じゃあ、何」
「こっち、来いよ」
「何それ」
口元が笑ったように見えたが、次の瞬間僕の腕の中にアンジェラが現れ、僕の肢体を支配した。色々なところに色々なものがあたっていたが、不思議といやらしさは感じられなかった。
「そんな気分じゃないのくらいはじめから分かってるわよ。無理しないの」
「いや、まあ、そうだけど」
「無理しないの」
次の言葉を返す前に甘い香りだけを残して彼女はいなくなっていた。
なぜアンジェラはエリさん(仮名)の姿になったりしたのか。
なぜ僕は過剰なまでに反応してしまったのか。
本当に僕はエリさん(仮名)にそこまで惚れているのか。
困ったことに、ちょっと良い感じと思っただけのはずの女の子が、妄想と共に一人歩きして大本命の女の子になりつつあるようだ。ただ、幸いなことに気持ちは落ち着いていたのはおそらくはアンジェラのお陰だろう。
とりあえず、もう一眠りするか。