エリ
乾いた声は安らぎと共に活気を増し、壮大な煽りを受けた不確かさを何となく運命付け、ふしだらな魅惑を貪るように欲している。整然とした素朴さを前置きに、ぎこちない必死さを言い訳に、ここぞとばかりに誠実さを発揮する。騒がしい男気が奏でる乱心は愛と勇気を後押しする。可愛いやつめ。
「ご機嫌ですねー」
どうやら僕は機嫌がいいらしい。
「そう見える?」
見透かされた希望が敗北宣言と共に胸を膨らまし、慎重かつ大胆に心を躍らす。滾る脆弱が僕の乙女心を肯定する。その時、その瞬間を目指して昂り、波打ち、走り出す。
発問に対する答はない、否、発話的返答はないが、そこにある微音を許した二人の沈黙が何だかんだを引き伸ばしている。時は優しく、大気が柔らかい。
「そう言えば、今度試合あるんだっけ?」
程よい塩梅を保とうとする、軽やかな愚問。
「ありますよ!! 大事な試合だからきっちり調整かけて臨みます」
穏やかな溌剌。優しい人。その甘味に塗れてピヨピヨしていたいったりゃありゃしない。
「お、気合入ってるね」
その強靭な張力に抗う自信はないけれども、爽やかで真摯な欲情を慎ましく献上することは出来るであろう。臆病と羞恥の手をとって立ち上がる真心は大々的に振り被っては照れ隠しする。
「おうよ! 気合入りまくりです」
もはや、試合しか見えていない集中っぷりが男らしいね。格好良いよ、惚れ惚れするよ、あこがれちゃうよ!
でも、まあ、今日は僕のことも見てもらわないと。
行こうか慢心よ、大いに驕り昂り偏愛せよ。心根より沸き立つ野心は貴方の胸に抱かれる夢を追い求める。中枢より漏れ出る粘り気は底力を発揮して纏わりつく。鬱勃たる闘志は幸を仰いで牙をむく。
「足、どうしたの?」
快い落ち着きと高揚を併せ持つ脹脛のテーピング。鍛え抜かれた血肉は弾性を伴って猛々しい生命力を示している。一寸先は不健康とも言える絶妙なバランスで築き上げられた絶対健康体は意気揚々と闊歩する。
「少し痛めちゃって。大したことないし、試合までには治しますよ」
その滑らかな振る舞いは、細やかで染み渡る鼓動は、地力を発揮した唇は、明るい希望的観測と共に幸せな未来を目一杯描かせる。それは酷く鈍い瞬きを繰り返し、覚悟の一歩先を鈍らせていく。
「それなら良かった」
安堵と当然が輪になって踊る。心配していたわけではない。一流のアスリートは可愛い女の子に二人がかりで手取り足取りな誰かさんとは訳が違う。ただ、少し話題に困っただけだ。
重い。軽々とは言わないが、勢い良く思い切って踏み出す覚悟を決めてきたのに、踵が大地を抱きしめて離さない。下手に一歩踏み出そうとすると躓きそうになる。
不味い。覚悟を決めてここまで来たのだ。そのために、何だかんだにケリをつけ、身の回りを整理して、昨日の自分にサヨナラグッバイな気負いでここまでやってきたのだ。
焦り。勝手な僕だけの緊張感が小刻みに不安をもらし、それとなく気付かれない様に後ずさりする。駄目だ駄目だ、今日と決めたではないか、今こそ言わねば。
娘さんをください!!
そうだよね、人生一大イベントの5本の指には入るよね。クダサイなんて言い方は古き良き残念さを孕んでおり、特別強い拒否反応は無いがやんわりした表現に置換して、和やかに秘めた意思をそこはかとなく匂わせながらけじめをつけたいね。
と、いう話は置いといて・・・・・・。
「おーい」
はーい。女の子が、これこれ大丈夫かいな感じで、目線を遮るように手をパタパタさせるのは実しやかに可愛らしい。いや、本当に御免なさいだ。
いよいよ追い込まれてきた。幸せなほのぼのダラダラふんわりトークでは今日はいつもと違うぜな告白日和にはなり得ない。
いよいよいよ出直すことも考慮するべきかと思ったり思わなかったり。とは言え、実際そんなことをしてはアンジェラに何と言われるかわからない。否、この場合サキの方がどちらかと言えば怖いであろうか。
いよいよいよいよ末期症状が出てきたか。素敵ガールズの所為にして心を保とうとするなど有ってはならない。もはや僕の妄想ではなくここで共に生きる同居人なのだからより一層やってはならないことだ。勿論、ただの妄想に対してもそんなことをしたりはしない。
僕はそういう考え方をする輩であったはずだ。
僕はそんなこんなを経てここまで来たはずだ。
僕はその上で覚悟を決めてきたはずだ。
何故、こうなってしまうのか。心に決めてきたと言うのに、思い人の魅力と優しさと支配力に流されてグラグラではないか。幸せまみれでは高みを目指す姿勢を丸くしてしまう。いや、まて、満たされた環境を言い訳にしてどうする。
「ごめんごめん、ぼーっとしてた」
いや、まて、そうだ、確かに環境が悪い。環境が悪いから・・・・・・。
「おーい、こらー」
ごめんなさい。笑顔は眩しく語調は楽しげだ。
「だから、ごめんって。
少しばかり考え事を・・・・・・」
それっぽいことを言いつつ、まずはエリさんの顔を見る。それはもう、何だか今から告白するぜなくらい真剣な趣で。まあ、今からするんですけど。
自ら厳しい環境に飛び込もう。
「はい」
とりあえず、返事が来た。察しが良すぎるその人はマジで告られ三秒前な臨戦態勢で準備万端。即時対応は有り難いが、先に仕掛けて追い抜かれたらアタフタするぜこんちくしょう。
しかしながら、これで後には引けなくなった。一歩前進だ。一歩前進だが、一歩では届かない。実際には二歩も三歩も踏み込んでたどり着かねばならぬ場所がある。
何から伝えたら良いだろうか。例えば、一発目でいかめし愛を声を大にして歌いきる豪快愉快なノリをこれでもかと褒めちぎるのはどうか。そんなあなたに惚れましたとか言うのは中々面白いんじゃないですか。ちょっと小ばかにする感じであれやこれやを上乗せしながら悪乗りしよう。いつもより多めに盛り込んだついでにチラッと告白しちゃったりなんかりして。でも、それだけじゃ退屈なのでオチはやっぱり・・・・・・。
面白くしてどうすんだ!
笑い話作るために告白するんじゃないよ!!
大体、それほど面白くないよ!!!
もっとひねって考えろよ!!!!
それが駄目なら真剣さと真摯さが感じられる直球系が良いんじゃないかな!!!!!
迂闊だったのは、気持ちを固めて来たものの、それを伝える所に対する思慮が浅いと言うか、すっぽり、キッパリ、ちゃっかり抜け落ちていたことだ。こんなことでは、また優しく手痛い突っ込みをいれられてしまうではないか。
沈黙。
直視。
真顔。
エリさんはやはりエリさんのようで、恐らくはオドオドする僕を待ってくれている。さっさと言っちまえよジレッたいな空気を微塵も感じさせず、僕が勇気を見せる場所を延々と守ってくれている。これだけ急なフリに完璧に応えてくれるその姿勢に応える義務が僕にはある。
二四時間三六五日余すことなく貴方のことを愛することを許されたい!
何この変化球! 気持ち悪いよ。もっと爽やかでキュンと来る感じのを所望だよ。大体、何だよ二四時間三六五日って。僕の中には3人いて、僕は僕の3分の1でしかないんだぞ! それ分かって言ってるのかよ!
そうだ、分かっていない。
確かに分かっていない。
愛の前に告白することがあるのではないか。
もはや僕はただの妄想好きの人ではなく、サキやアンジェラと居所を同じくする三分の一の人ではないか。これを黙ったままで付き合ってくださいは詐欺に近いのではなかろうか。何故に今頃それに気付くのか。
そりゃ、エリさんだからだよ。
確かに分からなくも無い。彼女であれば、それに対する理解も示してくれそうであり、少しくらい頭の可笑しい発想に対しても寛容そうではある。だが、しかし、しかしながらだ、それは僕の中で勝手気ままに理想化されたエリさんであるとも考えられる。
真実を口にしたときに、「気持ち悪いから近づかないでください」拒絶する権利も彼女は持ちえている。そして、それもひとつの考え方として認められるべきであり、可能な立場の一つである。
そんなこと言われたら立ち直れそうにはないけどね。
ただ、それでも、言うしかない。言わざるを得ない。言う以外の選択肢は無い。これを言ってしまえば、立ち直れないほどの酷い目にあう確率は低いとは思うが、立ち直れるけれども激しく落ち込むことになるかもしれないし、その後告白できるような雰囲気で無くなるかもしれない。
何だかんだが重なって色々疎かになっている部分が出てきたが、その事情を察することをエリさんに要求するわけにはいきますまい。とりあえず、何だ、僕の中に女の子が2人ほどいますことを、分かりやすく伝えねばなりません。
どうやって伝えるんですか!?
この場で呼び出すのが手っ取り早いが、出来ればそれは避けておきたい。これを伝えるのも、告白するのも、僕がエリさんに対して伝えべき、あるいは、伝えたいことであろう。どんなに頼りなかろうと、他の誰かを頼るのは不向きな所だ。
男の子が格好をつけるときは静かに見守ってくださいね。
とか言う類のことだと思うのだ。そして、目出度く、今このとき、静かにその人は待ってくれているから、僕は、その、
「僕、実は、人格をあと二人分ほど持ってます」
とか、軽い気持ちで言ってみたり。否、軽くは無いけれども、しかしながら、僕としては今後もサキやアンジェラと共に在りたいといった以上、軽いことでなくてはなるまい。障害や疾患ではなく、自ら望んで健康な人格を三つほど持っているだけと言い張って生きていくつもりなのだから。
だが、僕を受け入れがたい人が居たとしても、重く受け止める人が居たとしても、困惑してしまう人が居たとしても、可笑しくないことだ。それを軽く言ってしまうことはその意図を正しく受け止めてもらえるか分からない、自分勝手な表現だ。
この後どんな答えが返ってこようとも、傲慢な僕が悪いのだ。
そう、僕が悪いのだ、
一時的であってもいい、悪役になって己を守ることを許して欲しい。
否、その前に説明が足りなかったか? いきなり人格他にも持ってますよ、それも二人分も。一人じゃないですよ、二人ですよ、そこんとこ忘れないでくださいよな風では確かに不親切だったか。
楽になりたくて答えを急いでは具合が悪い、ここはシャキッと、バシッと、ビシッと、
「サキちゃんとかのことですか?」
言われてやったさ!
「え!?」
確かにどんな答えが返ってこようともとは考えていたけれども。
「あれ!?」
もしかして、エリさんは、
「サキちゃんとは何度か会いましたよ。
ほら、前のカラオケの時とか
最近はアンジェラさんにも」
何ですと!
にやにや。
不適で可愛らしい笑みを零す。
まったくやってくれる。
「それは貴方がのぞんだこと」
そうですね、サキさん。
「本当に世話がやけるなー」
言葉もありません、アンジェラ様。
「それは貴方も一緒・・・・・・。私もそう」
そう言って頂けると有り難いです。
「あれ、もしかして知りませんでした!?」
エリさんも結構なうっかりさんですね。
「もう少し上手くするつもりだったのだけど、こんな形になって御免なさい」
謝らないでください。概ねサキ先生の打った手は大正解です。
僕がその誤差の波で溺れているだけでございます。
「もしかして、そのために気を遣って頂いて・・・・・・すいません」
エリさんは全く悪くないですよ。ただ少しポロリをしたにすぎません。
「言いたいことはそれだけか!」
今日のアンジェラ姉さんはエロくならないんですね。
「それは本題ではない」
そうですね、サキ師匠。
「あ、あの・・・・・・」
困った顔のエリさん。
「はーやーくー」
急かすな、アンジェラ嬢。
「言って」
逸るな、サキ殿。
お前らそこで見てるのかよな目線を送った所で、あの二人がどこかに言ってくれるわけもない。否、むしろそれで良い。誰かに見られては恥ずかしいものではあるが、彼女らには二人と生きていくならば今このときも堂々としているのが相応だ。
「えっと・・・・・・」
いつまで目の前の愛しい人を困らせてるつもりだ甲斐性なしめ。
「いや、知ってるならいいよ。仲良くしてもらってるみたいで良かった」
本当に良かった。
「はい、たっぷりお付き合いさせて頂いています」
ずるいよ、僕より進んでるだろ。
「と言う話をしたかった訳ではなく」
この何とも絶妙に微妙な空気。
これは、もしや今なのか!?
「違うんですか?」
違うのです、それとは。
「本題は別にある」
そう、本当に言いたかったことは他にある。
モリモリ復活する覚悟は肩の荷が降りた時めきと相まって漲る溺愛を開放する。
篤くなる狂信は大恋愛を象り、正確と誠をだまくらかす。
望まれた興味深い何だか適当な複雑が組織化する。
生まれそうなそれは台地をすり抜け降下する。
今なら自分勝手になれる気がする。
今なら拳を振り回せる気がする。
今なら法螺を吹ける気がする。
巡り巡った縁と添遂げるため。
廻り廻った倖を抱きしめるため。
転び転げた素に返るため。
いざ、覚悟、思いの丈よ。
恋い慕う心持の有りっ丈を今ここで。
真底掘り起こし丸裸にしてやるぜ。
募り募った下心を慎ましく燃焼させる。
澄み渡る心身は乙女心を伴って一途に根ざす。
火照った男気はここ一番の加速をみせて拳を握る。
それから、それから・・・・・・。
あの――。
そう言われた訳ではない。
いわれた気がしただけだ。
唯一つ言える事は僕の空間で心内を顕にしても伝わらないことだ。
否、勘の良い彼女は既に分かっているのだろう。
何を今更。
ただ、その今更、今ここで。
素直に、誠実に、真摯に、剥き出しに、厳かに、傲慢に、怠慢に、実直に、そのままに、大々的に、素朴に、律儀に、不意に、身勝手に、あるがままに、心底沸き立つそれを慎ましくも全力で貴方にお伝えします。
「好きです」