サキ
豊満な下心は誠実さと野心を伴って光子を放ち、整然とした衰弱が心強い前進を押し進める。我侭な思慮は浮き足立って手を取り合う。数多の愛が独立独歩で躍動する。
高々自然な時間発展に過ぎないが、しかしながら、僕の視点に移る突拍子も無い確信と約束が神経系の抵抗力を奪っていく。欠落し、すり抜け、零してしまう。
そっと、ふわっと、すーっと。
サキは距離感を穏やかに揺さぶり、摩擦し、暖となる。吸収され、練りこまれ、煮詰められる。立ち上がるそれはネットワークを駆ける願望を抱え込んで分身を匂わせる。僕はサキと共に在りたい。
「落ち着いて」
繋いだ手を両手で握り直し、放浪を許すことなく手綱を握る。
心地よい興奮。
輝かしい遊び心。
穏やかな好き。
ときめき達がお互いを認め合って、自立して、独立して、思う存分駆け巡る程に、平穏な革命がきゅんきゅん広がっていく。
「いや……そのっ……」
解の存在は分かっている。その尤もらしく論理的であるというだらしなさを十分によく分かっている。否、分かると言うのも変な話か。中空に象られたそれを目の前の可愛い女の子に伝えたいだけなのに、僕にはそれを表す術が無いらしい。
「うん」
サキは物分りが良い。非常に良い。僕のことを僕以上に分かっているくらいに、超絶良い。言葉を詰まらせる僕のことを、彼女は否定と沈黙から解してしまう。
勿論、否定も沈黙も優れた表現方法の1つではあるのであろう。言葉が拙いからと言って、情報を発していないわけではなく、間の置き方も、補集合も時空を伝ってサキに届くものだ。それだけではない。筋肉の収縮や発汗、目線の動きまで、そこら中に在りのままの僕が溢れかえっている。それらの観測可能量と過去の統計とほんの少しとの艶やかなセンスで僕と等号で結ばれる機能的関連を、大雑把さで割った剰余類において、描き出す。
「おう」
何に対する返事なのか僕自身も分かっていない。どうにも、人間の歴史の詰まった言語体系では、余計な仮初の構造が煩雑で、聡明な色に頼った残念な言動を積み重ねることしか僕には打つ手が無い。
ただただ、サキに頼り、サキに任せ、サキに守られる。格好悪い。僕が格好良くなれる等と思っているわけではないが、ただ、その、格好つけるくらいのことはしてみたい。だって僕は、サキのことを……愛して……いるのはエリさんで、その、何だ、そう、人間の言葉ではなく、妄想世界の住人の言葉として、
「惚れ惚れするよ」
って言うのも何か違う。良い言葉が見当たらない。
サキは微妙に視線を外し、俯き、もしかすると、微かに笑っていたかもしれない。
「うん」
と、頷いてくれる安心感は計り知れない。微かに口元が笑ったように見えたのが気になるが、それが僕に害をなしたりはしない。
心底甘えたい衝動が大動脈を鷲掴みする。
呼吸を忘れさせる苦い優しさ。
このままここに居れたらいいのだけれども……そうはいかない。
男の子だからね。
「僕は……」
手をとり、握り締め、ほっこりしたい。
「うん」
人としてではなく、妄想として相対する。人の常識で、人の気持ちで、人の理で考えるのではなく、脆く爽やかな宇宙で慎ましい時間発展を見守りたい。
「僕も……」
彼女のところに行ってみたい。彼女にも僕のところに来てほしい。
そういう存在になって、やっと僕は向き合える。
「うん」
創らなければならない、サキと共に。紡がれ、計算され、真っ直ぐ曲がる場で走らせたい。素直に、ただそこで、淡々と。不純な安定点に向かって、遊びとアルゴリズムを最適化していく。育み、交わり、積み重ねる、媒体であり自身であり変数をそこそこの精度で浮き彫りにする。
「僕も妄想になろうと思う」
そうすれば、情報構造として同じ立場に立てるのではないか。そして、その情報構造同士の相互作用の目指す先というのが……。
「人の寿命のスケールでは心もとないかもしれないが、そこから生成されるものが見れればいいと……」
思ったりするわけです。我ながら無茶なことを言っているのですが、サキはそれでも、
「うん」
と頷いてくれるのです。
サキは立ち上がる。優しく冷たい香り。音を立てずに酔歩する。
僕はボンヤリとしたその足取りを追う。
サキは現を眺める。広域を瞬時に捉え、刹那、視線を振りかざす。
僕はその瞳のダイナミクスに必死になって食らいつく。
サキは振り向き僕と向かい合う。
僕は少し小さくなって受け入れる。
「あまり賢明な選択ではない」
仰る通りでございます。しかし、それでも、僕は、
「……!!」
必死で主張しようとするも、穏やかな表情で封殺される。
「悪いことではないと思う。少なくとも、止める意思は無い」
そう言ってもらえると心強い。
「そこまで無茶苦茶なことではない。むしろ自然」
そこそこ思い切ったことしたつもりだったのですが、まあ、僕の思い切りなんてそんな程度ですよね。
「スペック的には心もとないけど……」
すいません。
「面白い試みだと思うわ」
その時サキは陽に微笑んだ。普段笑わない訳ではないが、これほど満面に表情が溢れ出すことは珍しい。
サキは僕の満たされた真っ白な隙間をついて、眼前でスカートを揺らす。
僕は慌てて瞳を捜して、尻をついて見上げる。
サキは僕の視線を掻い潜って懐に潜り込み、一足先に覗き込む。
僕は全身全霊で息を呑む。
サキは口先で軽く息を吐く。
準備は出来てる。
いつでも良い。
そう……だったのか。
何もかもお見通し……、それどころか、備えも万全と抜け目が無い。
僕より僕を知るその人は、僕を僕の知らない所で動かして、僕では届かない僕たる所以を構築する。
今すぐだ。
いつでも良いなら、今すぐだ。
あのひとの元へ、今すぐだ。