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空から宇宙人が降りてきた

作者: 月岡 あそぶ

空から宇宙人が降りてきた。彼はこの地上で一人の少年と出会う。寂しく悲しい少年の願い。小さな出会いと別れの物語

 空から宇宙人が降りてきた。

 

 この星には、高いビルが林のように建ち並び、どの窓からも昼間のように明るい光が煌々ともれ、どの部屋の中も春のように暖かかった。

 通りに並ぶ店には、色とりどりの品物が溢れんばかりに並べられ、ロボットの店員達が古くなった品物を新しい品物とせっせと交換していた。

 広い道には、自動運転の車がびゅんびゅんと行き交い、海を越え、超特急の列車が世界中を網の目のように結びつけていた。


 ー素晴らしい文明だ。

 宇宙人は呟いた。

 ーここの主は何処にいるのだろう?

 ぐるりと見回すと遙か遠く、かすかに生き物の気配。

 延々と続く果てしない砂漠のど真ん中。密閉されたドームの中に、宇宙人はするりとすべり込んだ。


 柔らかな光の中。

 小さなベッドがひとつ。

 ーあなたが、この星の主ですか?

 宇宙人は尋ねた。

 ーいいえ。僕はこの星の最後の子供です。

 少年は力なく答えた。

 ーこんなに素晴らしい文明を持っているのに、なぜあなたはたった一人で、ここに横たわっているのですか?

 ーわかりません。ずっと僕はひとりぼっちです。マムだけが、僕の話し相手です。


 宇宙人は、ドームの奥に進んでいった。

 そこには、たくさんの機械が整然と並び、命の基をせっせとかき混ぜていた。

 しかし、機械がどんなに一生懸命かき混ぜても、命の鎖はズタズタに引きちぎられていて、形をとどめることなく、ぐずぐずと崩れていくのだった。


 宇宙人は、大きな眼を見開いてこの星を見つめた。

 空気にも、水にも、土にも、目には見えない毒がたまっていた。少しずつなら大丈夫、大丈夫と人間達が出し続けたものだった。


 宇宙人は、少年に尋ねた。

 ー君の望みは何?

 ーお母さんに会いたい。

   僕の兄弟に会いたい。

    そしてこの足で大地を踏みしめて、胸一杯に空気を吸いたい。


 宇宙人は、少年を抱き上げてドームの外に歩み出た。


 そこには緑の田んぼが広がり、畦の脇に立つ柳の木には、ツクツクボウシがうるさいほど鳴いていた。

 近くの山では、太陽の強い光を照り返しながら緑の葉がまぶしく繁り、傷ついた幹からは甘酸っぱい匂いがたちこめ虫たちを誘っていた。

 鳥たちの鳴き交わす唄がそこかしこにこだまし、草むらの中で、何かがガサゴソと動いて消えていった。

 山から流れ出る清水は、澄んだ蒼い流れとなり、魚たちの鱗が太陽の光を浴びて、きらりきらりと輝いた。


 湿り気を含んだ大気が少年の肺を満たした。

 生まれて始めて、少年は胸一杯に息を吸った。

 たちまち蒼白かった少年の頬に赤みが差し、人形のようにだらんと垂れていた手足にぐんと力がみなぎった。

 宇宙人は、少年をそっと草の上に立たせた。


 少年は風のように畦道を駈けまわった。

 落ちていたニワトリの羽を髪にさし、山羊の子供達と一緒になって、高く高く跳ね回った。

 澄み切った川の中で、きらりきらりと翻る魚たちを追い回し、石で作った囲いに追い込んでは、その手でしっかりとつかみ上げた。

 少年の手の中で魚たちは命の限り暴れ、何匹かはじゃぼんと川の中に逃れていった。

 冷たい川の水で唇まで青くなると、熱い太陽の下、焼けた石の上に冷え切った体を横たえ、濡れた体を乾かした。

 そして、河原の酸っぱい草の茎を噛み、小さな赤い実を口いっぱいに詰め込んでは、種を遠くにまで吹き飛ばした。


 少し空気がひんやりしてくると、山の方からカナカナとヒグラシの鳴き声が聞こえてきた。

 少年は、何だか寂しい気持ちになった。

 日も傾く頃き、空が真っ赤に染まる頃、少年の耳に懐かしい声が聞こえてきた。

 ーセイちゃ~ん

   セイちゃ~ん

    ごはんだよ~

     早く帰っておいで~

      もう日が暮れるよ~

 ーあっ、ユキちゃん

    風邪もうなおったん?

 ーうん、一日寝とったら

    もう、ようなった

      お母ちゃんが待っとるけん

        早よ帰ろ


 少年は、宇宙人に向かって大きく手を振ると、柳の枝に通した魚を持ち、家に向かってまっしぐらに駆けていった。

 ー夕焼け小焼けで 日が暮れて

    や~まの お寺の 鐘が 鳴る~

 少年の歌声が、切れ切れに聞こえた。


 宇宙人は、この星を再び見つめた。

 相変わらず、地球は燦然と輝いていた。


 そして、輝く地球の上に生き物の気配はもうどこにもなかった。


 宇宙人の大きな眼から一粒の涙がこぼれ落ち、乾いた大地に吸い込まれていった。


 宇宙人は、小さなため息をひとつつくと、宙の彼方に飛び去って行った。


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