4月に備えよ
ジェネレーションギャップってのは、なくなることがないのですよ。
そわそわしている。うちの部署だけじゃない、他の部署も同じだ。
「今年の新人、カテゴリーでいうと『テレパシー世代』らしいぞ」
「どういうこと?」
「ほら、生まれたときから骨伝導によるメッセージ送受信機器が当たり前にある世代なんだよ。あと瞳孔スキャンによる5秒前行動も。それ以前の世代からしたら、まるでテレパシーで通じ合ってるみたいなんだよ」
「会話不要の世代ってことね」
「報・連・相なんてもはや死語。察しろ、感じろ、行動しろの、『察・感・動』が今のトレンドさ」
「何とも言い難いわね」
「時代だよ。時代」
「いつか、『そんな時代もあったねと』懐かしむ時が来るのかしら」
「まぁ、うちとしては数年ぶりの新人さんだ。手厚く歓迎しようじゃないか」
テレパシー世代の初出社は沈黙のうちに幕を閉じた。相手も同様の装備(骨伝導・瞳孔スキャン等)を身に付けていればこそ、世代名に冠せられたテレパシーじみたコミュニケーションも可能となる。そうでなければ、そこに相互理解は生まれない。
テレパシー世代側が言葉を発すれば済むことなのだが、それが彼らには出来ない。怖いのだ。言葉を発することが。自らの意思が相手に理解されない、あるいは否定されることが。思考が無言のうちに伝わり、求めているモノ・コトが事前に把握できてしまう。究極ともいえるコミュニケーションツールの使用は、人類からチャレンジ精神とそこから生まれる環境適応能力を奪い去った。
時が経ち、テレパシー世代が率いることとなった人類は、わずか200年のうちに滅亡した。