二藤涼子
10話「二藤涼子」
久しぶりの学校が終わった放課後。
雨のなか、私は近くの神社で道すがら買った肉まんを頬張っていた。
「ほふぅ。やっぱり肉まんは最高だよ。買い食いってのが最高のスパイスになるんだよねぇ。」
立ち上る湯気が食欲をいっそうそそる。
白い生地と黄金色のカラシが何とも言えない色合いのコントラストを産み出している。
「ほんとうに、今日一日なにもしませんでしたね。」
画面では、シプレが一瞬退屈そうな顔をした。
本当に今日一日一切出てこなかった。
やはり他人に存在を知られると都合が悪いのだろう。
「いやー、そんなことはないよ。皆の注目を浴びるためにわざと挑発もしたし。」
「別に私は目立てとは言っていません。ただ情報を集めればそれでいいのです。」
「分かってるって。火の無いところに煙はたたないって言うし、情報を出させるために煽っただけよ。」
「そんな大掛かりにしなくても・・・」
ため息のエフェクトがシプレの口から漏れだした。
あまり大事にされたくはないようだ。
大それた行動は少し控えるか。
「それで、なにか気になる事はありましたか?」
「んー、そんなに。前と変わらない、腐った学校だし。あ、でも。」
私にはひとつ印象深かった出来事があった。
「あのね、今日私に話しかけてきた子がいたんだけど・・・」
「はい、あの少女ですね。」
「そうそう、あの地味な・・・何で知ってるの?」
彼女は学校にいる間は画面に出てきていない。
分かるはずがないのに一体。
「お忘れですか。あなたが得る情報はHARDを通じて私の空間に伝えられます。」
・・・そうだった。
忘れてたよ、このクサレ能力の最大のバグを。
「バグではありません。正規の仕様です。」
「知ってるよそんくらい!!」
あまりの大声に近くにいたネコが逃げた。
高まる怒りを静めるように、私は肉まんを一口頬張った。
「あのほひふいへ、はいはひははい?」
「『あの子について、何か知らない?』と言われましても。」
よくわかったな。
いや、まあ彼女が分かるのは当然なんだが。
「結論から言わせてもらいますと、彼女について調べることは容易です。ですが、それではあなたが学校に行く意味がありません。なので、」
「はいはい。自分で調べろってことね。」
ったく、助言くらいしてくれてもいいじゃない。
私は肉まんのゴミを神社のゴミ箱に投げ入れた。
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翌日。
私はホームルーム前の教室にいた。
各々が次の授業の予習や談笑などをしている。
私は、角で一人だが。
「「「きゃーーー!三上くーん!」」」
あまりの大声に一瞬びくついてしまった。
廊下で数名の女子が黄色い声をあげている。
迷惑という概念が存在しないのだろうか。
私はため息をついて席を立ち、廊下に向かった。
別に注意しようとか、そんなわけではない。
昨日のシプレの忠告を早速破るほど、私も無能ではない。
シプレのことが世に知れて困るのは私だから。
教室のドアを開けると、なんとも奇妙な光景が広がっていた。
廊下の向こう側が見えないほどの女子生徒の群れ。
その中に男子生徒が一人いるような気がする。
その男子生徒は女子たちをかき分けながらこちらに向かって来る。
やがて群れを抜け、その全貌がはっきりとした。
そこにいたのは、非の打ち所もないような茶髪のイケメン男子だった。
その男子が私を見るなり向かって来て、目の前で止まった。
「サク姉ーー!やっと学校来たんだね!」
「うるさいリク。廊下で騒ぐな、やかましい。」
私がリクと呼んだ男子はえへへと頭をかいた。
三上陸翔。
私のいとこだ。
サク姉と呼ばれたが年下ではなく同い年だ。
「昨日の放課後に藤ヶ森が学校に来たって友達が言うから急いで教室にいったんだけど、もう帰っちゃってたから。」
「あんまりここに長居はしたくないからね。さっさと帰っただけ。」
「でも嬉しいなー。またサク姉と学校に通えるなんて。」
「いい加減その『サク姉』っての止めなよ。その年にもなって。」
物心ついたときからリクには『サク姉』と呼ばれている。
なぜなのかは、よく覚えていない。
気がついたら『サク姉』と『リク』だった。
それにしても、
「あんた、また一段とモテるようになったね。」
前に見たのは正月だったか。
その時よりさらに顔が大人びていた。
芸能界にいっても十分通用する顔のはずだ。
そんなのが身内にいると思うとなんだか誇らしい。
他の女子の目がきついけど。
「いや、そんなことないって。サク姉もしばらく見ない間にスッゴく綺麗になったよ?」
「はいはい、お世辞が上手になりまちたね!」
私はリクの頭をわしゃわしゃと撫でる。
先日まで引きこもりだった私にも、身内とはいえ、ここまで優しく対応してくれるのだ。
ルックスだけでなく、この優しさもモテる要因だろう。
撫でる私の手がもう私の頭より高い。
いつの間にこんなに大きくなったんだろうな。
さて、そろそろやめよう。
廊下に殺気が蔓延してきた。
「困ったことがあったら何でも言ってね。その、僕でよかったら力になるから!」
「ほーう?小さい頃から私があんたを助けてたんだけどねぇ?」
私がイタズラな笑みを返すと、リクの顔が真っ赤になった。
「くっくっ、赤くなっちゃって。まあ、頼りにさせてもらうよ、り・く・と・君!」
彼は私と違って交遊関係も広い。
いつまでも私といたら、きっと彼の枷になってしまう。
その優しさは、誰か他の人に向けな。
・・・と、思ったが待てよ?
「リク!待った!」
「うわ!なに、どうしたの?」
自分の教室に戻ろうとするリクを呼び止める。
「ちょっとこっち来な。」
「何かあったのいたたたたたたた!!!」
教室の窓までつれてきてヘッドロックをかける。
女子の舌打ちと罵声が酷いが気にしない。
「ちょっ!サク姉、痛い!」
「黙って聞いて。あの子の名前、分かる?」
リクは涙目になりながら顔をあげた。
私の指差す先には、机について読書をする、スタイル抜群の地味女がいた。
「ああ、二藤涼子さんだね。」
「二藤、涼子・・・?」
なんだか名前も平凡だなぁ。
彼女の平凡オーラはこれが所以か?
「それにしてもサク姉、自分のクラスの学級委員くらい覚えていようよ。サク姉記憶力よかったじゃん。」
「学級委員・・・」
なるほど、これで昨日のあの仕切ろうとする態度に合点がいった。
彼女は学級委員だったのか。
クラスに興味がなかったので一切記憶していなかった。
「サク姉、そろそろ授業なんだけど。」
「もうちょっと。ねえ、あの涼子ちゃんについてなにか他に知ってる?」
とにかく情報がほしい。
そうでなければ動けない。
「さあ、話したこともないからな。」
話したこともない人の名前を覚えているのか。
すごいなこいつは。
「あぁでも、彼女、帰るの物凄く早いんだ。昨日のサク姉に負けないくらいぃぃぃぃぃ!?」
何故かムカついたのでいっそう強くしめた。
帰るのが早い。
これだけでは何の情報もない。
くそ、考えるだけ無駄だったか。
「サク・・・姉・・・死ぬ・・・死ぬから・・・!」
「ああごめん。ありがと、もう戻っていいよ。」
「何か扱い雑じゃない?!」
「昔からこんなもんでしょ。」
ひどいなぁと、ぶつぶついいながら教室に戻っていったリクを見送って、私も席につく。
私の思い過ごしだったか。
元引きこもりの私に話しかけるなんて相当変わってると思ったけど。
これじゃ何の成果もないな。
やがて教師が入ってきて授業が始まった。
納得のいかない成果を思い、
私は教師の子守歌を聞きながら眠りについた。