第十一章の13
「風。」
「そう。風だよ。」
お昼も過ぎ、そろそろ甘いものが恋しくなる時間。広すぎる空間の隅、ルームランナー等を置かれているすぐ横。三人掛けの長机を2つ。長辺と長辺をつけ、向かい合うように置かれ、片方の机に2脚の椅子、もう片方に1脚の椅子が割り当てられていた。机上には時間に合わせた、おいしいお菓子が置かれておらず、文字の羅列、グラフが載せられたA4冊子。
冊子の厚さは握り拳を縦にしてもギリギリ届かない。その訳あってかホッチキス止めではなくパンチで穴をあけ、紐で綴られている。
今行われているのは、会議ではなくプレゼンテーションというものだ。しかし、プレゼンテーションとは、発表する側と聴く側が互いに十分な知識を持つ場合に成り立つのだ。現在の状況は専門的な研究する者1人が発表し、聴いている者3人は全くの素人だ。
なかなかの重量があるA4資料をめくるものは1人もおらず、しわや折り目もついていない。ただの独り相撲。
車椅子の研究員、依代 学が口にした言葉で知識ない者でも理解できる簡単な単語には辛うじて反応を示すものの、大半は聞き流されている。
「風がどうかしたのですか。依代さん。」
「二式君。だから。さっきも言ったように。風の正体を掴んだ。と、いったんだ。で、その正体は…」
またこれだ。
俺と対面する席に座る依代さんは、俺たちには到底理解できないような言葉を言い続けている。当の本人はわかりやすく説明しているつもりだろうが、それはつもりであって、現実はそうではない。
俺からみて右手前方、依代さんから見て左手の席に座る冷菜は、身体こそ依代さんに向けているが無表情。完全に意識は別のところだ。
そして俺から見て右手、冷菜と対面する席に座ている環さんはというと。
「なるほど。それで。」
相槌を打っている。最初はこの反応をみて、難しい話を理解していると思っていた。しかし、よくよく聞いていると、念仏にも思える依代さんの話に時折現れる切れ目に滑り込ませているだけであり、全く理解していない。
要は、饒舌になった依代さんをよいしょしているだけだ。
どうせ理解できないのだから理論を懇切丁寧に話されても困る。簡潔に説明してほしいものだ。
「わかったかい。二式君。」
わからねーよ。衝動的に口で叫びそうになったのを必死に耐え、心で叫んだ。




