第十一章の1
ある少年Mの話。
―28年前―中学1年の頃
少年M(以下M)は政治家の父、専業主婦の家で産まれた。
Mの父は家族サービスが良く、子育てには積極的に関わり、休日は家族で出かけるような人で、母は人あたりが良く、近所づきあいや自治会、育成会等、さまざまなところへ参加していた。近隣住民から見ればM家庭は間違いなく裕福で不便などない家族であった。
しかし、これはMの父が職業柄か世間の目をひどく気にし清く見せようと、自身のみならず、自らの家族を厳しく管理した結果であり、表面上のものでしかなかった。
―ある夏の夜―
車で塾へ通う途中のことだ。実の母が疲れからか運転中に気を失い、事故が起きた。
この事故で母は亡くなり、Mは両足が動かなくなった。
葬式で父は鼻をすすり、目にハンカチを当てていたが、終始、下を向いてので事実は分からない。そして、少年Mはそこにいなかった。
その葬式は母とMのものであり、母とMの遺影写真があった。ではMはどこにいたのか。実はMは名字を変え、親族としてその葬式にいたのだ。
これは、父が考え手回ししたもの。
交通事故で愛する妻と子を亡くした。
私のような人を二度と出さないよう努力する。
自らの経験によるスローガン。政治という厳しい環境でも他者を圧倒できるほどの決意表明。
簡単に言うと自身キャリアを上げるために家族を使ったのだ。あの人にとっては家族も道具だった。
あの人はこの機会を使って強い武器を手にし、古い武器を捨てたのだ。だが、これはMにとっては解放であった。武器として道具として管理されていた生活からの突然の解放。
今までされていた、窮屈な手錠が外され、首輪もほどかれ、名という管理番号までも外された。
―本当の自由―
しかし、ここからがMにとっての地獄の始まりだった。
用事が済みましたので火曜、木曜の更新に戻させて頂きます。
自身の勝手でお世話をおかけしました。




