第二章の2
「疲れた。」
俺は逃げる様に部屋から出て行き、何の目的もなく、ため息を吐きながら外を歩いていた。
葉山荘出てすぐの十字路、葉山荘を背、学校を前にして左、道なりにまっすぐ、商店街に続く道だ。
商店街へ行くなら自転車で15〜20分あたりだが、今はそれが目的ではない。ただあの部屋から離れたかった。
あの二人と会ってから、平穏が壊され、俺の心の海が荒れに荒れている。この時化た心はいつ戻るのだろか。これ以上何も起きないで欲しいものだ。
見上げて空を仰いでいると、二つの懸案事項を思い出した。
その二つとは薬と井端さんの事だ。
薬に関して未だ聞かされていない。なぜなら、本来薬の効果を教える役割であった井端さんが、涙を流すだけで何も言わなかったからだ。
そして井端さんが涙を流した件、これがもう一つの問題なのだ。
彼の(かの)お騒がせ姉さんならまだしも、井端さんがなんの理由もなく泣くはずがない。
薬について話そうとした時涙を流すところから薬が関わっているのは間違いない。
あの薬で何か大きな事件が起こり、それに井端さんが何らかの型ちで巻き込まれ、トラウマになった。こんなところだろうか。
あやふやな解答だが、少ない情報から導き出したものだ、曖昧なものになっても仕方ないだろう。
だが、輪郭はできた。ここから肉付けして行けば、いつか明確になる。
取り敢えず今は本人から薬について訊く。ここからしないと始まらない。夕方にでもそれとなく話題として挙げてみるか。
「あれれ。あの人陰はひーくんかな。ひーくんだ。」
背後から心のこもっていない、台本に書かれた文字をそのまま読んでるだけの様な声が聞こえた。
この、淡々とした話し方はあいつだな。
「冷菜か。」
声の持ち主の名前を呼び、少し目線を下にしながら振り返ると、水色の針山が目を刺した。
「冷菜、痛い。」
「驚かそうと思い近づいたのですが、失敗だったようです。あと、針山じゃないです。これはウルフヘアといい、つむじに近いほど髪が短く、そこから離れるにつれて長いのが特徴です。」
「お前は心でも読めるのか。」
「心は読んでません。ただあなたの行動がよみやすいだけです。ひーくんの方こそ、どうして私から離れないのですか。私の髪が目に当たるなら距離を置けば解決しますよ。」
「それもそうだな。」
どうやら俺は冷菜の逆鱗に触れたようだ。話し方は変わらず淡々としているが、先ほどから髪の毛に風によるものではない微かな震えがあり怒りが窺える。ここは、自分から引くしかないようだ。
「で、クラスの奴らはどうだ?」
俺は髪から離れ、俺の顔があった辺りを両手で整えている冷菜にクラスメイトの話をふった。
「ひーくんがいなくても、クラスのみなさんは賑やかです。」
俺は要らない子なのか。これがイジメなのかな。俺はイジメられているのかな。
「イジメではないです。貴方が目立っていないだけです。ひーくんが惨めである事は確固たるものであり、普遍的なものですが。」
追い打ちを掛けてきた。
俺の心を読んだうえ、それを否定してきた。ここまでくると冷菜が読心術の使い手としか思えない。
「それと、転校生が来ました。可愛い子でしたよ。」
転校生か。俺が置かれてる状況が状況であるため、この時期に転校してきた、冷菜のいう可愛い子はあの二人の仲間としか考えられない。
それにしても冷菜の言い方、棘があるようだったな。
あの抑揚のない話し方をする冷菜にしては珍しい。いや、他の人と比べると少ないものだが、普段の話し方から観ると感情的だ。
冷菜をここまでさせる転校生、少し興味があるな。
冷菜を見て考え事をしていると、相手から俺との距離を詰めてきた。
冷菜と俺の間が拳ひとつ入るかどうかの距離になると、つむじが隆起し俺の顔に当たった。
不意をついた頭突き、これを食らった俺は反動で、いや衝激でよろめき後退する。
「何をしやがる。」
「鼻の下を伸ばしていたので。」
「理由がなってない。」
「ひーくん少し変わった?」
「そうかな?自分ではわからないな。」
確かに変わったかもしれない。あの二人のお陰でストレスに強くなった。その部分ではお礼が言えるだろう。
「何を考えてるかわからない。でも、ひーくんが思ってるところと違う。ひーくんが変わったところは反応が大きくなったこと。」
やはり冷菜は読心術者だ。完全に心を、思考を読んでいる。
「駆け落ちの相手のお陰……なのかな。」
「なんか言ったか?」
「何でもないです。私は買うものがあるので。明日は学校に来ますよねひーくん。」
「あぁ、登校するよ。」
「では、また学校で。」「学校で。」
井端さん(あいつ)、本当に学校へ言いやがったのか。
ますます登校しにくくなった。いっそ引きこもろうかな。




