第八章の7
そろそろ限界だ。準備はまだできていないのか。
これ以上は俺の集中力が持たない。そろそろ手元の物がブラフだと相手も気付くだろう。
「これは明日、筋肉痛だな。」
改めて思う。自分でも驚くほど相手の攻撃を避けている。運動部に所属していない俺がこれほど動けるとは思わなかった。だが、息は上がっている。体力の方は限界に近いかもしれない。
颯太に近づかなければ相手は攻撃してこない。体力を回復するために休憩をはさむべきか。しかし、俺の休憩は相手に思案する時間を与えること同義だ。一息入れただけで計画が崩壊するかもしれない。
「へ。」
俺はなぜこんな簡単なことを見落としていたのだろうか。車道に溜まっているのは水だ。そして俺はこの水を使ってこの騒動を収めようとした。だが、これは水。颯太が操れないわけがない。むしろ排水システムが壊れているのではなく故意にためていた可能性もあるほどだ。踝ほどの高さになるよう水を集中させ水流で俺を倒れさせるために。
まさに今俺がされたように、だ。
「これは避けられないな。」
背中を地につけたところを狙う。当然だ。まんまと嵌められたわけだ。今から体を起こしても意味はない。横に転がったとしても間に合わない。相手のタイミングで倒されたのだから。このまま食われて飲み込まれるのか。
観察力が上昇しただけの俺にはもう手がない。食われるだけだ。目を強く閉じ覚悟を決める。俺の人生よ、さらば。
「ってできるかよ。」
目の前にいた龍がいない。それよりここはどこだ。白を基調にした部屋。左側には窓があり明るい空と緑が生い茂っているのが見える。窓から前に目を移すと液晶テレビ、今は切られているようだ。そして、俺はベッドで寝かされていたようで、清潔なシーツがかぶされていた。
「病室か。」
俺は助かったのか。あの逃げようのない状況から。
「夢じゃないよな。」
頰をつねればいいのか。
「痛みがある。」
つねった右の頬に痛みは確かにあり、手を離すと次第にその痛みは引く。
「俺は生きている。」
生を感じるというのはこれ程うれしいものなのか。景色はゆがみ、恐怖の対象ではない暖かな滴が頬を伝う。手元にはそれをぬぐうものはなく、シーツをただただ濡らすしかできなかった。




