第四章の3
「本当に寝てる。」
研究所からエレベーターで更に地下へ、エレベーターの扉が開くとそこには、ロッカーやボール、マットなどが所狭しと置かれている部屋に直結されていた。
環と呼ばれる人はマットを敷布団にして大の字で寝ている男性だろう。
「麗化さん、いつものお願いしていい?」
「しょうがないかな。」
麗化はゆっくりと歩いて目指す先は寝ている男、ではなく、その先の3段に積み上げられた跳び箱。
麗化は跳び箱に登って呼吸を整え、男を背中になるように向き直す。そして勢いづけるかの様に手を下に振る。
彼女のしたいことがわかってしまった。彼女がし様としているのは後方宙返り。おそらく着地地点として目指す先は、男の腹部。
麗化が跳び上がったところで思わず目を伏せてしまったが、男の苦しむ声や咳き込んでいるところから成功はしたとみていいだろう。
「彼、大丈夫ですか?」
「問題ないと思うよ。彼、丈夫だし。それにしても綺麗に決まったね。麗化さん密かに練習していたの?」
「もっと褒めてもいいかな。」
後ろで悶えてる人は無視ですか。
「可変さん、もうちょっとマシな起こし方探してくれないか。それ、俺じゃなかったら死んでるぞ。」
痛みが治ったのかゆっくりと起き上がり抗議する男。しかし、抗議の仕方には落ち着きがあり腹を立てている様子はない。
「環はこれくらいで死ぬことはないからいいんじゃないかな。」
「横暴だな。今に始まったことじゃないが。で、今日は何の用だ。」
「それは、彼に能力の使い方を教えて欲しいと思ってね。」
「あそこでボーッとしてる少年にですか。依代さん。」
「そうそう、ボーッとしてる少年だよ。」
俺を指差し、失礼なことを言う環さん。そして便乗する形で俺に笑顔で同意する依代さん。
顔立ちや身長から俺が一番年下であることは間違いないが、これほどコケにされると、さすがに怒りを覚える。
「依代さんの頼みなら断ることはできませんが、今週はやけに多くないですか?教える相手。」
「薬の研究が実ったのか、リストになった人がやけに多くてね。」
「分かりましたよ。その代わり給料弾ませてくださいね。」
「それは結果によるね。彼は陽野 二式君、能力は諜報系、観察力が格段に上がってるんだ。でも困ったことに、能力が強すぎて今後の人間関係に悪影響が出る可能性が出てきてね。」
「なるほど、それで能力の使い方を教えろと。」
「そういうことだね。」
「理由は分かりましたが、私がコントロール系のリストであることを知っていて頼んでいるのですか?」
「もちろん。」
「開き直りましたね。系統が違う相手を教えるので、あまり期待しないでくださいよ。」
「予防線を張って、手を抜いたことを気づかれない様にしてないかな。」
「可変さん、そこは聞き逃すべきところ。」
「おっさんが膨れても効果はないかな。」
「おっさんじゃないよ、まだ40代後半、50になってない。」
「十分おっさんだよ。」
「十分おっさんかな。」
「2人して……」
すみません環さん、自分もそう思います。
「もういいよ。適当に教えて居酒屋のおっちゃんに慰めてもらうよ。」
「飲みに行くのかい?一緒に飲もうよ。麗化さんは?」
「久しぶりに行こうかな。」
「俺の気が休まることはないんだね。」
そう言ってゆっくりと俺に近づく環さん。肩を落とし背中を丸めた姿で哀愁が漂っている。
「じゃあ二式君、行こうか。」
「よ、よろしくお願いします。」力無く誘う環さんが哀れに思えて返答に少し困ってしまった。
「じゃあ、後は任せたよ。僕はまた研究室に行くから。」
「自分もこのあと予定があるかな。飲み会には間に合うから気にしなくていいよ。」
「予想はついてたよ。」
環さんがどんどん縮こまっていく。2人ともそのくらいにしたほうが……
「そう落ち込まずに、勘定は僕が持つからさ。」
依代さん、それくらいではフォローになってないと思いますよ。
「よし、おっさん頑張るぞ。二式君、体育館はあのドアの向こうだ。説明が下手でも許してね。」
立ち直るのかよ。後、おっさんも認めるのかよ。




