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先ほどの戦闘で感触を掴んだ限り、やはりセフィロトにおけるデータはそのまま使用できると考えて良い。
特に、途中で止んだとはいえ毒と炎のブレス、魔法の火球などの威力をほぼ無効化したのは耐性が働いたおかげに違いない。
そうなると、現在のアヤトが持っているパッシブな能力は――
全耐性ブーストⅡにより全ての耐性が2ランクアップしている。その効果を含めて物理無効Ⅳ、魔法無効Ⅳ、電撃無効Ⅱ、火炎無効Ⅱ、氷結無効Ⅱ、衝撃無効Ⅱ、光属性無効Ⅲ、闇属性無効Ⅲ、精神攻撃完全無効化、魅了・洗脳完全反射。 ここまでがスキルや種族:人間のレベルアップボーナスとして得た耐性。
さらに装備品で得られる耐性が、即死無効Ⅴ、毒無効Ⅴ、酸耐性Ⅴ、全ダメージ耐性Ⅳ、必中ダメージ無効Ⅴ。
弱点は一種類のみ。主:トモエの攻撃に対しては装備品によらない全耐性が無効、である。これは執事系統のクラススキルによってデメリットとして付与された弱点だ。
耐性以外には武芸百般Ⅱ、召使の心得Ⅴ、五感鋭敏Ⅰ、暗視Ⅰ、物理攻撃力強化Ⅴ、切札習熟Ⅴ、特効ダメージ増強Ⅴ、罠感知Ⅱ、敵感知Ⅱ、主従の誓い/主の半径100m以内に限り全ステータスの大幅強化/条件を満たしていない場合大幅低下、といったところか。
特定の属性に対して強くなる代わりに反属性が弱点になるエリフやドワーフなどの亜人種や、ほぼ克服不能な弱点と強烈な耐性を共に与えられるヴァンパイアやドラゴンといった異形種と違い、純粋な人間は耐性が平らで、最初期は弱点も耐性もない代わりに、レベルアップしていくに連れプレイヤー好みに耐性をつけやすい、クセの無い種族である。
一方で、ステータスも平らで尖った部分がなく、「こう成長させればいい」という定説がなく、成れるクラスや取れるスキルも多いために『初心者向けに見せかけた初心者殺し』あるいは『リビルド自殺者量産種族』だのと言われることもある。
後者の呼び方からも分かる通り、セフィロトの死亡時罰則、いわゆるデスペナルティは経験値の大量剥奪だ。
今までの全取得経験値から割合で10%を奪うという、レベルが高いほどキツくなる典型的なものだが、蘇生系の魔法やアイテムなどを使用して復活すれば緩和されるし、課金アイテムを使えば一定期間中継続してデスペナ大幅緩和といった事もできるため、死ぬのはさほど怖くない。
むしろスキルを取りなおしたりステータス再配分するために死ぬ、というのも常套手段だ――現状で、そんなマネはとてもできたものではないが。
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「ねえアヤト、ギルド内の戦闘ができる〈名前付きNPC〉は、全部で何人居たかしら?」
ライヒを伴って第4エリアから第五エリアへと歩いている最中に、そう主は問いかけた。
それは彼女ならまず覚えている事であり、つまりわざわざ訊いたのは確認の意味合いが強い。
「ライヒとファーブニルを含めるならば、7名です。トモエ様」
セフィロトにおけるギルドを結成して得られる特権の一つとして、戦闘型NPCの作成がある。
一定のレベルを好きな人数に割り振って作成でき、マスターマインドのように最大規模となったギルドなら合計500レベルまで、つまり99×4人+4レベル1人とか、50レベル×10人といった具合だ。
ライヒも、端数になったレベルを割り振られたいわば残りカスなので戦闘用としての役割を期待されたことはないが、一応この枠組みで作成されたキャラクターだった。
ちなみに、非戦闘型のNPC達は、それとはまた別にゲーム内通貨などで購入可能だ。
まだこうなってから顔を合わせていない99レベルの〈使用人〉が5名、そこに5レベルのライヒとテイムエネミーであるため制限に入らない150レベルのファーブニル――以上7名が、マスターマインドの抱える主だったNPC戦力である。
「では二人共、地下の大広間にファーブニル以外を呼ぶので、出迎えの準備をなさい。人数分の紅茶は忘れずにね」
中央エリアの館、その門前に辿り着いたところで彼女は命じた。
「かしこまりました、お嬢様」
「はいっ、トモエ様」
二人の従者は下命を受けると一礼し、素早く、しかし騒がしく見えぬような足取りで主より先に屋敷の地下へと向かう。
その後を、ゆったりとした足取りで追いながら、自らのスキルを起動。
〈多重通話〉の魔法を行使した彼女は、各エリアを管理する5名の使用人たちと確かな繋がりを感じた。
『これは至高なる我が君。いかがなされた』
幼さを持つ透き通った声の返答によって通話可能であることを認め、通達する。
「この通信を聞いた全ての使用人に命じます。30分後に地下の広間へ来なさい」
一様に、使用人たちの間に広がったのは歓喜と動揺のざわめきだった。
『よろしいのですか? アタシ達が……『至高の広間』へ入っても』
そう疑問を挟んだのは、また別な使用人。第1エリアの門を守るハーフエルフの少女だ。
「構いません。これはわたくしの命令、遠慮は不要です」
『は、はい。そういうことであれば御意に!』
そういえばと、トモエはこの反応を聞いて思い出す。
あの大広間は『バルベロー空中庭園』における事実上の最深部。
黒幕らしく、そこまで辿り着いた英雄たちを待ち受けるための場所であり、ギルドメンバー以外が入ったことは無かった場所だ。
そこのところが、『配下たる自分たちが入ることを許されていない場所』として、彼女たちには刻まれているのだろう。
『ただいま、参ります』
映像はなくとも、『門番』たる第一の使用人が恭しく頭を下げる気配がした。
『我が君の御為に』
第二の使用人、『司書』は透明な声のまま。
『ご下命に従います』
第三、『修道女』はどこか艶めいた女の声だ。
『我らが主君の御名において』
第五、『剣闘士』の暑苦しく大仰な声音がそう続いた。
『チク、タク、チク、タク……御心のままに』
時計の針のような音を立てながら、無機質に響く機械の如き『執事長』の声。
それら全てを聞き終えてから、黒幕は通話を切った。