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黒幕令嬢のサーヴァント  作者: 球磨川つきみ
第一章:黒幕令嬢と瀟洒な従者
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7



「――もういいわ、ファーブニル。止まりなさい」


 訪れる衝撃を予感していたアヤトは、一瞬その言葉の意味を理解するのが遅れた。

 しかし、強力な連続攻撃がまるで途中で止んだかのように、盾としたカードたちによって全て防がれたのを見て取って、事態を把握する。


「テイムは、持続していたのですか」

「ええ、もちろん。お前が今どこまで戦えるのか試す機会だと思いましたから」


 つまり、彼女は密かにファーブニルに指令を与えていたのだろう。

 自分たちに攻撃を仕掛けよ、と。


「デスゲームを予感されるシチュエーションで、どこまで忠誠を尽くしてくれるのかも見れると思ったのだけれど……つまらない邪魔が入ってしまったわね」


 悪びれもせず、むしろ自分が機嫌を損ねたという風に乱入者となったメイドを睨む。


「えっ、わたしですか?」

「貴女以外に誰が居て? 減給を覚悟しておくのね」

「ぴいい……そんなぁ」


 彼女に悪意はない。あるいは、悪意しかない。

 試したかった。本当に理由はそれだけであろう。

 そうでないかもしれないが、だからといってどんな理由があれば今の行為が正当化されると言うのか。


 従者の忠と誠を試みて、そのくせ顧みない行為が。


「アヤト、どうしたの。言いたいことがあるのなら言いなさいな」


 無論、決まっている。


「いえ、言いたいことなど(丶丶丶丶丶丶丶丶)何もありません(丶丶丶丶丶丶丶)


 彼女がアヤトの主である。

 ただその一点で、このような戯れ事めいた試みは正当となる。

 ――少なくとも、アヤトにとっては。あるいは、神薙綾人にとっては。


「そう、腹を立てもしないのね」

「お嬢様のご命令に沿うことが、わたくしの使命ですので」

「つまらない男ね」

「自覚しております」


 そういうところがつまらない、と主は繰り返す。

 だが、彼女が面白く思うような男に、彼はなりようがない。

 少なくとも彼自身は、そう思っているのだった。


「ところで、主殿よ」


 重々しい低音が大空洞を反響した。


「我に何か用があるのではなかったのか」


 茶番に付き合わされた事への憤りも露わな、ファーブニルの声だった。



■□■□



「首輪がちゃんと付いているかどうか確認しに来ただけだから、用事はもう済んでいます」

「ならば、疾く消えよ。その鞭の魔力を身近に感じるのは、あまり気分の良いものではない」


 不機嫌さを隠そうともせず、邪龍は退散を要求した。

 ファーブニルは、〈調教の鞭〉によって無理矢理に自分を従わせたトモエを、快く思ってはいないようだ。

 しかし、それでも指示に従い、攻撃はしてこない。ということは、この龍に対するテイムは未だに有効なのであろう。


「あら、どうしましょう。そう言われると意味もなく居座りたくなってしまうわ」

「貴様……」


 周辺にある鍾乳石にも似た牙が噛み合わされ、ギリリと音を立てる。

 主達を睥睨する目は地獄のように燃えた色をたたえていた。


「諦めろ、ファーブニル。トモエ様の性格はお前も知っているだろう」

「むう……」


 アヤトの言葉に反応し、移された視線からは威圧感が和らぐ。


「惜しいかな。何故貴殿ほどの傑物が、このような性悪に仕えておるのか」


 敵意ではなく、一種の敬服すら感じさせる口調になってファーブニルは言った。

 はて、とアヤトは表情には出さなかったがその態度の違いに困惑し、思案する。


「人の身でありながら単身我を打ち破った、その武威と勇気を、我は未だ忘れられぬ」

「それは……俺一人の力ではないだろう」

「そこな主の果たした役割など些細なものよ」


 なるほど、その言葉で謎は解けた。

 かつてのファーブニルとの戦いは、ギルド員たちがほぼすべて集まっての総力戦だったが、彼らの存在は今、少なくともギルド所属のNPC達の記憶からは消えているのだ。


 結果として、アヤトが戦闘に向かない主を守りながら、ほぼ単身でテイムが成功するほどまでに自分を追い詰めた。

 そう、ファーブニルには記憶されているのだろう。

 こうした――ゲームが現実になった際の、と、そろそろ言い切ってしまうが――記憶の補完は、他のNPCにも適用されていると思われる。


 とすれば、横合いで今も彼の隙を伺っているライヒにも、『アヤトの命を狙っている』という設定に関して彼女が自律的に行動するための理由付け、補完があるに違いない。

 一個の意識ある知性体としての過去。それがいつ生まれたものなのかはさておいて、彼女にとっては過去の記憶という積み重ねは存在する。そうでなくては自律的に行動することなど不可能だからだ。


「まあ、貴殿のいうことも一理ある。羽虫にたかられるようなものと、受け流すしかあるまいな。契約の縛りにより、その五体を引き裂くことも叶わぬのだから」

「あらあら、酷い言われようね」


 特に気分を害した様子もなくそう言って、トモエは邪龍に背を向けた。

 種々の確認作業も終わり、からかうのも終わり、ここでやることはもう無いという意思表示だ。

 アヤトは自然な足取りで主の一歩前へ出て先導する。


「あ、待ってくださいよぉ!」


 その後をメイドが追った。


「まったく……あのような女の、どこが良いのか。男というのは分からぬものよ」


 一人残されたファーブニルは、大きな溜息と共にそう呟き、再びその巨体を横たえて眠りについた。


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