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黒幕令嬢のサーヴァント  作者: 球磨川つきみ
第一章:黒幕令嬢と瀟洒な従者
5/42

5



「あ、またやっちゃったあ」


 ――あどけなくも邪悪な、少女の笑みがあった。

 メイドの手の中にある鋭く磨かれた短剣が、突き刺さったのだ。


「っ、貴様、何を――」


 反射的に、左手で思い切りライヒを突き飛ばした。


「げっ」


 すると潰れたカエルのような声を吐いて、メイドは遥か後方の大階段にたたきつけられ――否、大階段を突き抜けて壁の奥へとめり込んでしまった。

 巻き起こった壮絶な結果に、ナイフを引き抜くのも忘れて左手を見つめる。

 なんだ、この怪力は。


「あーあ、失敗失敗」


 ガラガラと音を立てて、砕け散った木や石、そして金属の建材を砂埃のように払いのけながらライヒは這い出てきた。

 そして、さっきの背後から短剣を突き刺すという殺意がこもった行動によって、アヤトは自分が彼女に付加した設定を思い出していた。


 『設定:アヤトの命を狙っている』


 誰だ、こんな阿呆な設定を考えたのは。俺か。

 アヤトは度重なる「面白くないわ、ボツ」という無慈悲な女王の言葉に心折れて、こんな設定を書いた事を思い出した瞬間後悔していた。

 忘れておきたくなるわけだ。この設定でOKを出した時の、トモエ様のバカにした高笑いも含めて。


 当然のことだが、そんな設定にしたからといって、ゲーム中で彼女が襲いかかってきたことは一度もない。

 設定と言ってもあくまでそれを読んで楽しむ為のフレーバーに過ぎず、細かな行動にまで反映されるわけではないのだ。


「今日も失敗でした。残念無念」


 ライヒはてへぺろ、と舌を出して頭をこつん、とした。

 かけらも可愛くない。


「じゃ、そういうことで」

「待て」


 何事もなかったかのように仕事に戻ろうとする彼女を、アヤトは簡潔な言葉で引き止めた。


「えー、なんですかぁ?」

「……」


 先程の事で、更にわかったことがある。

 アヤトがこれまでにゲームで積み上げたレベル、キャラクターデータは現状においても有効だ。


 常時発動パッシブスキルである〈敵感知〉(センス・エネミー)、そして高い筋力ステータス。

 どちらも、キャラクターとしてのアヤトが持っていたもので、それがゲームシステムとは感覚が違えど、確かに効果を持っていた。


 意図していなかったとはいえ友好NPC(一応、ゲーム上の定義としてはライヒもそうなっている)に対して攻撃できたということは、アヤトがライヒを殺すことも可能だろう。

 彼のレベルは99――システム上の最高値なのだから。


 死んでも再生成リボーンされるのがお約束だが、現状はもうとっくにゲームの幅を逸脱している。

 果たして、何もかもセフィロトというゲームのままか? という疑問は残る。

 死んでも生き返ることができるのか、そうでないのか。これは重要な問題で……。


「……いやいい、行け」


 そう、現状での生死とそれがもたらす現実的影響は重要な問題だ。

 断じて、殺されかけた程度のことでこの女にかかずらっている暇はない。

 刺さったナイフを引き抜くと、その傷は見る間に塞がれる。左目に嵌めたモノクルが持つ〈自動回復〉(オートヒール)によるものだ。


 アイテムの効果も発揮されている事が、これで確認できてしまった。

 ちなみに、このナイフは攻撃力が全武器中最低値である代わりにあらゆる耐性を貫通する〈確実なる一刺し〉(スティング)というB級のレアアイテムだ。


 ゲームが現実になったと、最早そう思うことが一番合理的になりつつある。

 であれば、所詮ゲームのトラブルという安穏とした見方はできない。主の安全を確保するのが第一義だ。


 アヤトは今ここではじめて、自らのスキル――転移魔法の使用を試みた。

 主として定めた対象の現在地に瞬間移動するスキル。当然対象はトモエになっている。

 限定的だが、主を満足させるためのゲームプレイという意味では、有用度の高いスキルなのだ。

 アクティブなスキルも、パッシブと同じように使えるのかどうか、試す意味合いもあった。


〈従者の転移〉テレポート・サーヴァント


 果たして。

 歩くように、走るように、それができて当然のごとく。

 彼は魔法を行使し、空間を歪ませ、その場から消えていた。



■□■□



「あら、わたくしを置いていったくせに随分遅いお帰りね、アヤト」


 咎めるような口調でそう言ったのは、もちろん挨拶代わりのジャブだろう。

 

「申し訳ございません」


 とはいえ、彼女を僅かな時間でも一人にしてしまったのが、不用意であったのは確かだ。

 恭しく一礼して非を詫びると、アヤトはこの場所が図書室である事を確認した。


 周囲を見渡すまでもない。主の手元にある巻物スクロールが、それを示している。


「アヤト、わたくし達がメンテナンスを迎えたワールド名は?」

「第六世界、ティファレトです」


 セフィロトの世界は、その広大さを示し、また処理を軽くして維持するために10のワールドに分けられている。


 第一から順に聖天界ケテル、魔法大陸コクマー、蒸気都市ビナー、大青海ケセド、火薬庭園ゲブラー、中央大陸ティファレト、迷宮森林ネツァク、超重力地帯ホド、精神世界イェソド、世界王国マルクト。

 それぞれ全体マップの広さに差はあるが、いずれもアップデートと言う名の開拓により探索可能範囲は広がり続けている。


「そうね。そのぐらいはお前も覚えていたようで何よりだわ。わたくしの事を忘れてメイドといちゃついておきながら」

「アレをいちゃついたと評するなら、戦場というものはさぞかし楽しいのでしょうね」


 ライヒは完全にこちらを殺す気だった。

 主が言うところの『ゲームが現実になった』からこそ感じられた、明白で生々しい殺意。

 いちゃつく、というのがそんな殺伐としたものであってたまるかというのだ。


「私が見た限りでは、随分楽しそうだったけれど?」

「気のせいです」


 何故それをトモエが知っているのか、とはアヤトも尋ねなかった。

 トモエのスキルはその多くが戦闘外の情報収集や、特定NPCとの交渉を可能にする対人系のもので占められていた。


 その中には、他のプレイヤーキャラクターの視点を覗くようなものもある。

 つまり、彼女もコンソールを通さず、スキルが使用できることに気づいたのだろう。


「まあいいわ。今、世界地図を見ていたのだけれどね」


 くるくると、スクロールの地図を主は広げる。

 この図書室には本棚、つまり本もあるのだが、最初に見つけたのがこの形の地図だったのであろう。

 これは一種の〈魔法の道具〉(マジック・アイテム)であり、別のワールドへ転移すると内容がその世界の地図のものに切り替わるという性質を持っている。


 その地図をアヤトは覗きこむ。覗きこんで……端から端まで、何度も目を通す。


 違う。

 この地図に、今いる世界が描かれているのなら、ここはティファレトではない。

 それどころか、他の9つのワールド、そのどれでもない。


「ね、面白いでしょう? ああ、この地図が今いる世界の地図だということはクリスティーナに確かめたわ」


 アヤトの疑問に先回りするように答えて、彼女は言葉を続ける。


「仮に、この今いる世界をダアトと名づけます」

「セフィロトの樹の隠されたセフィラ、ですか」

「ぴったりでしょう?」

「そう言えますね」


 各ワールドの名称がゲームタイトルでもあるセフィロトの樹をなぞっている事はよく知られている。

 ダアトとは、セフィロトの樹図において隠された11番目のセフィラだ。


「せっかくだから、この世界(ダアト)を探索してみましょう」

「……基本方針としては賛成ですが」


 何がどうしてこのような状況に置かれたのか、そもそもこの状況はなんなのか。

 暗中を模索するように何もわからない現状、世界の探索というのは遅かれ早かれ必須になる行動だとアヤトにも思えた。


「屋敷内の……いえ、『バルベロー空中庭園』内部の統制はどうするのですか」

〈心中解析〉(マインド・スキャン)で屋敷内部の者については全て確認済みよ。わたくしに牙を向く者は居ないわ」


 本来はプレイヤー間の秘密会話などを覗くスキルであるそれは、NPCに対しては自分から見て友好・中立・敵対のいずれに属するか知る、という効果を持つ。

 スキルが正常に働いていると仮定すれば、この屋敷内は安全ということになる。

 効果が異なっていたり、一部スキルだけ使えなくなっていたりする可能性もないとは言えないが、そんなところまで疑い出すとキリがない。


 実際に、取得しているスキルが効果を発揮することはアヤト自身確かめたところだ。

 ならばこの場所での安全については、ひとまず確認されたとして良いだろう。


 アヤトの命を狙うメイドに関しては、今はもう彼自身、頓着していなかった。

 彼にとっては主であるトモエの安全こそが最優先なのであり、自分だけを狙ってくる存在など大した脅威ではない。


「お前が戻ってきたら、外周エリアの者達についても確認しようと思っていたのだけれど」

「では、第四エリアのファーブニルから確認していきましょう」


 それはもっとも反抗があり得そうで、そうなった場合最も危険な存在だった。

 財宝を守る邪龍の名を付けられたそのNPCは、中央エリアへの鍵となる宝珠を守る最強の飼い龍(ペット)だ。


 また、他のエリアと違って座しているエリアに一切の罠ややられても延々とリポップするモブなどが存在しないため、直接出向いても問題がない。

 他の使用人達は後でまとめて、この中央エリアに呼びつけるほうが理にかなっているだろう。

 なにせファーブニルだけが、この屋敷に収まりきらない程の巨体を持っているのだから。


「そうね、あの子がわたくしに襲いかかってくるようなら……躾が必要ですもの」


 自らが調教テイムした魔竜の姿を思い浮かべて、トモエはくすくすと笑った。


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