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双盾の騎士は、竜王を打倒したその日の夜、パンチ・クラブの会合場所に集った面々にこう頼んだ。
「空高く飛べる道具か、乗り物か、その中で最高のものはなんだろうか?」
天馬だ、龍だ、魔法の箒だ、いいや羽ばたき飛行機械だ。
そんな声が方々から上がる。だがどれも彼を満足させる答えとは言いがたかった。
「他に、何かないか? これに乗ってやって来たら誰もが驚くというようなものは」
再度そう問いかけると、遠慮がちに一人が言った。
「あのう……地龍、というのはどうでしょう」
「地龍? しかしあれは空を飛ばないのじゃなかったかい」
「ええ、ですが飛べないわけではありません。翼も魔力もありますから、滅多に飛ばないだけです。
ですから……そんな地龍で飛んでいけば」
「なるほど、そいつは驚くな」
普段地を進む、その方が慣れており早いという地龍。
そんな地龍に乗って雲より高い位置にある天空城へ乗り付ける――それはとても素敵なアイデアであるように彼には思われた。
「でもそもそも飛んでもらえるのか?」
別の会員が言った。
「さあ……龍の中でも地龍は気難しい方だと言いますし、わかりません」
「それじゃあ意味が無いだろ。誰か会長に、従順な地龍を献上できるのか?」
その会員がそう皆に問いかけると、奥のほうでひょっこりと手が上がった。
「献上はできないが、乗せることならできる」
その男の声に、周囲はどよめいた。
「ただし、俺も同伴しなきゃならないが」
彼は竜王崩御の報を聞きつけ帝都に引き返し、それ故にファーブニルと遭遇せず無事だった男。
地人将テラだった。
■□■□
翌日。
空を切り裂く音を後方に聞きながら、双盾の騎士とテラを載せた地龍将は飛翔する。
空を飛ぶなど何年ぶりだか――コルドは自らの足が地を掴まない、この状態に不安定さを感じながらそう考えた。
「島が雲の上にあるってのは本当ですかい、旦那」
「ああ、本当だ」
風に流されないよう声を張り上げながら、二人は言葉をかわす。
「あの人がこの世界に来ている以上、空中庭園もセットのはずなんだ」
「なんかよくわからんが、とにかく雲の上を目指しゃいいんですね?」
「そうだ。頼んだよテラ」
帝国の重鎮たるテラとコルドが、皇帝を殺害せしめた双盾の騎士に従うのは理由があった。
彼らが皇帝グルムンドの強さにこそ敬服し、従っていたというのがまず一点。より強い相手に従うのは、彼らにとって間違いでもなんでもないということ。
もう一点の理由は、テラがパンチ・クラブの会員であり、クラブの会長に心酔していたということだ。
スケールの違う強さ、そして企図する内容。そうした相手に従うことはなんとも、心が安らぐのだ。
安心を与える、ということ。それは一種のカリスマなのである。
「……見えた。あれが空中庭園だ」
雲間を裂いて現れたその島の大きさに、テラとコルドは圧倒された。
地龍将コルドの巨体が小さく見えるほどの大きさは、島と呼べるものなら当たり前だが、驚くべきはそれが天高くに浮いているということだろう。
しばし二人が天の回廊をひた走る中、双盾の騎士は独りごちる。
「懐かしきかな、バルベロー空中庭園。懐かしきかな、マスターマインド」
■□■□
そして、男は空中庭園に降り立った。
場所は門前。『試しの門』とその門衛の眼前である。
「貴方は――」
クース・トースがその顔を見て目を見張る。
見覚えのあるエルフの目は、かつて以上に爛々と危険な光をたたえていた。
「――トランポンタ、様」
「今は、トランで通してる。そう呼び捨てで構わないよ、クース」
かつてこの屋敷を追われた男が、再び姿を表していたのだ。