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黒幕令嬢のサーヴァント  作者: 球磨川つきみ
第二章:黒幕令嬢と双盾の騎士
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8



「よく、持ちこたえてくれた。マルヴィン団長」


 レオルドは時間を賭けて練り上げた濃密な魔力を開放させながら言った。

 纏わりつく氷によって動きを止められながらも、微かに動く口の端でイザベルは笑みを返す。

 ここまでは、『乱獅子』の計画通りだ。


「主殿!」

「ちっ、やべえな――」


 ドラゴンの力を開放させる奥義〈龍氷裂波〉には、強烈な反動がある。

 エースがいかに熟練したドラゴンライダーであっても、数秒動きを止めてしまう事は避けられない。


「其は破局の証にして禁忌なる到達点」

「大いなる無限の暗黒より招かれし客人よ」


 本来ならば、戦場にいる全てを巻き込み凍りつかせる故に問題ないその隙を、しかし同僚たちの魔法障壁によって守られた『乱獅子』他数名の高位魔導師達は突くことができる。

 最高位の魔導師のみが長大な詠唱によって可能とする、その詠唱時間故に実戦で用いる機会がないとされる超々高位攻撃魔法。その詠唱は、数分前から既に始まっていたのだ。


「天空に輝ける無限のマナの子よ」「永久に永久を重ねし悠久の果てに」「星の夢終わりし先に」「極熱を纏いし使者訪れん」「願わくば其の威、其の力」「我が前に立ちはだかりし」「大いなる幻想の徒を」「ただ幻と成さしめんことを――」


 それを可能にするのは、高位魔導師複数名による並列詠唱。〈高速詠唱〉を身につけた者達が十名、最高峰の魔導師たる『乱獅子』の補助に徹する事で実現する究極の一。


「――〈大熱隕石撃〉(メテオ・ストライク)!」

「うおおおおおおっ!」


 吠え猛り、硬直した自身と龍の肉体に鞭打って飛翔する氷人将エース。

 凍てつく波動の中心点だった彼らは、その奥義によってかえって敵の大魔法を気兼ねなく打たせる事になってしまった。

 天馬騎士達はすでに大魔法の範囲外に逃げているか、そうでなければ全身を凍りつかせてすでに生存の見込みが無くなっている。そして彼らの内ひとりとして、この『乱獅子』最大の魔法の巻き添えとなり、チリひとつ残さず死体が消え去ることを承諾せず戦いに臨んだ者は居ないのだった。


 雲間を裂いて、飛来するは龍の体躯を上回る巨石。

 大熱をまとったそれは空中最速の生物の一種たるペガサスの飛翔速度すらも上回るスピードで、氷龍将グラキとその騎手に狙いを定めて落下してきた。


 魔法障壁が生き残っている王国兵達の前に張り巡らされ、刹那の後、赤き閃光と熱波が辺りを押し包んだ。



■□■□



 しばしの間、戦場を沈黙が包んだ。

 熱風の余波残るその場に、氷龍将グラキと氷人将エースの姿はなかった。


「そんな馬鹿な、エース様が……」

「俺達の将が、負けた?」


 エースらが居た地点には巨大なクレーターが出来上がっており、頑強な肉体を熱と質量による暴威の前に引きちぎられた他の龍たちの姿もあった。

 生き延びた帝国兵は、ごくわずかだ。王国側の犠牲も決して少なくなかったが、残る戦力で押し包めば容易に殲滅が可能だろうと思われる。

 無論、それは今の攻撃で氷龍将と氷人将が死体も残さず消滅していた場合のことだが。


「やったのか、『乱獅子』?」


 熱波により解けた氷の後雫を滴らせながら、イザベルはそう問うていた。

 その声には、そうでなければ困るという切実さが込められている。

 最古参の天馬騎士たる副長は、すんでの所でメテオ・ストライクの威力範囲外に居たために、凍てついた氷を熱波で溶かされ生存していたが、戦闘続行は不可能なダメージを受けたと見え、天馬共々地に落ち倒れ伏したままである。


 新入りを初め、天馬騎士にも多くの犠牲が出てしまった。

 これで敵の将を仕留め損なっていようものなら目も当てられない。イザベルはそんな思いだった。


「待っていろ。今、捜索中だ」


 言いながら、手指で空中に文字を筆記し、情報系の魔法を発動させる。

 探す相手は氷龍将グラキだ。レベル、体躯、体温などの生体反応、いずれをとっても大きな奴は隠形には不向きである。視覚的には空や地面に隠れ潜むことも不可能ではないだろうが、魔法的探索を前にすれば同じく魔法で対抗しない限りは隠れようがなく、そんな魔法を発動させる暇はなかったはずである。


 捜索に集中していたレオルドの顔を、動揺が覆った。


「マルヴィン、空だ!」

「何――?」


 天を仰ぐイザベル。

 そこには、こちらへ向かって急降下してくる氷龍の姿があった。


「ちぃっ!」


 仕留め損なった事を惜しむ気持ちを呼気に込めて吐き出し、〈グリッサの槍〉を跳ね上げるようにして迎え撃つ。

 頑健な龍の肉体と槍の穂先が擦過する音を耳の近くに聞きながら、イザベルは散る火花の匂いを嗅いでいた。

 すれ違い空高く再び舞い上がる、その巨体は紛れも無く氷龍将グラキのものであった。

 そしてその側に、もう一騎緑の鱗持つ風龍が滞空していた。


「いやー、危なかったなぁ今のは……助かったぜアネモス」

「すんでのところだったが、遠目に見ても苦戦しているようだったからね」


 四龍四人将の紅一点、風人将アネモス。ならばその乗騎は風龍将ウェントゥスに相違ない。


「空高くから、王都を襲撃する筈ではなかったのか……」


 遠見の魔法により帝国側の進行図は把握していた。

 その筈だったが……。


「そのつもりだったが、ずいぶん派手にやっているんでアタシらだけ駆けつけたのさ。

 龍は最強であっても無敵じゃあない。倒す手段はどっかにあるんだが、まさかメテオ・ストライクとは恐れいったよ。ありゃ遺失魔法じゃなかったのか、ええ、『乱獅子』」


 最大最強の攻撃手段の一つを用意したがために、かえって敵の増援をこの場に呼んでしまう結果になったということか。

 レオルドは自らの失策に歯噛みした。この分では相対的に機動力に劣る地龍の軍団も駆けつけてきかねない。

 強大な力を持つ龍将達を相手に、レオルド達の狙いは迅速な各個撃破にあった。

 その他に勝機がなかったとも言えるが……その目論見は今この瞬間崩れ去ったのだ。


「ま、しかしだ。油断すると足元をすくわれんのはよーくわかったぜ」


 言いながら、エースが浮かべる冷笑には、取り戻された落ち着きと余裕が含まれていた。

 

「ホントにね。おまえさんたちは遊びが過ぎるのさ。

 いくら『双璧』が相手とて、本当ならおまえさんたちだけで片付いた筈だよ」

「小言はご勘弁願おう、ウェントス婆や」


 風龍の小言に、どこか辟易とした調子の声でグラキが応じた。

 奥義の直後にある硬直を突くという手はもう通じない。敵に龍人将が一組増えたということは、高レベルのドラゴンライダーが互いの隙を補いあえるということである。

 魔力に優れる氷龍、機動力に優れる風龍のタッグは付け入るべき隙をそう容易くは見いだせそうにない。


「マルヴィン団長、すまぬ。俺の失策だ」


 魔法通信でイザベルにのみ通じる小声で、レオルドは詫びた。


「なんの、まだ終わったわけではないさ。策を聞かせてくれ、『乱獅子』」

「……大魔法は封印する。堅実な戦いというやつをやらせてもらおう」


 一発逆転を狙って、それを通させてくれる敵ではもはやない。

 犠牲を承知で、数の優位のみを頼りに魔法による補助を受けた天馬騎士達に奮戦してもらう。

 全滅の憂き目を見る公算は高いが、勝率が最も高いと思われるのもその戦法なのだった。


「……いざとなれば撤退も視野に入れる。俺とおまえが生きていれば、まだ立て直せよう」

「承知した、退き時の判断は任せる。私では見誤りそうだからな」


 凄絶な覚悟を秘めた笑みを浮かべ、イザベルは槍を構え直した。


「さあて、そんじゃ第二ラウンドと――」


 声を上げて再び降下攻撃をしかけようとした氷人将エースが、怪訝そうに眉を潜めた。

 ドラゴンライダーたるもの聞き違えようもない、これは――龍の咆哮だ。



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