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黒幕令嬢のサーヴァント  作者: 球磨川つきみ
第二章:黒幕令嬢と双盾の騎士
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6



「かように、四龍四人将の内三組が出向いてきたとあっては、我らの兵力のみでは限界です。何卒救援をお願いします」


 跪いたまま脂汗を浮かべて、そう口上を述べたのは、国家買収に一役買ったランデル議員であった。

 どこまで読んでいるのか、それとも単なるカマかけなのか。カノッサ王はこう言って彼を送り出した――「ランデル議員、君ならば奴らとの交渉にはうってつけであろう」――と。


「あら、まあ」


 屋敷の主人は、気のない様子で吐息を漏らす。

 相も変わらず、身震いするほどの美貌だ――ランデルは茫洋と玉座に腰掛ける黒幕を見上げた。

 彼は一目その顔を見た時から、彼女の虜になっていた。

 賄賂を受け取った、それもある。だが彼に売国奴となる決意をさせたのは、それを持ちかけてきたのがトモエだったからという理由が大きい。

 金と女。男を動かす為の二大道具が揃って目前に置かれてしまったのだ。それをもって彼を浅はかだと言うことは誰にもできないだろう。


「どうしましょうね、アヤト」

「戦力は遊んでいる状態です。機械兵の一団でも派遣して構わないかと」

「おお……」


 イザベル団長を驚嘆させたという噂の機械兵団。

 ドラゴンのブレスにも劣らぬ強力な火器を装備しているという、それが救援となってくれればどんなにか心強いだろう。ランデルは期待にか細く声を上げた。


「機械兵ね……それじゃあつまらないわ」


 しかしその期待はすげなく躱された。

 つまらない、とトモエは言った。ならば面白い事とは一体なんだろうか。


「龍が敵なら、こっちも龍で出迎えてあげるのがお約束というものでしょう?」


 ぽたり、と汗が床に落ちる音が聞こえた気がした。

 それが聞こえたのはランデルだけであり、つまりは彼の汗が頬を伝っていたのだ。

 初の王前であっても、これほどに心臓を打ち鳴らされるようなことはなかった。それがトモエという女の前では、龍を前にした新兵のような、あるいは娼婦を前にしたうぶな少年のような心持ちにされてしまうのである。


「龍を、お持ちなのですか」


 ランデルは声が上ずらないように努力したが、上手くいったかどうか自信がなかった。

 ただ、深い考えもなく、そう問うていた。


「ええ、所詮はペットですけれど、雑魚を薙ぎ払うぐらいはできるでしょう」


 龍――造物主によって生み出された最強の生物種。

 繁殖力は極低く、龍たちの女皇のみがその身を裂いて生み出すことが出来ると伝わっている。それさえも遠い神話の時代に女皇が不在となって以来行われていない。にも関わらず彼らが絶滅の憂き目に遭っていないことが、生物として規格外の寿命と生存能力を証明していた。

 その鱗からは無敵の防具が。爪や牙からは無比の武器が作り出せる。牙一本、否、爪一欠片でも手に入れば一財産と言われていながら、龍を狩る目的で探し求める命知らずはそう多くはない。単純に、英雄と呼ばれるような者達であっても多くは鱗を数枚剥がすのがやっとという程に、龍が強いのである。


 故にこそ、〈竜殺し〉(ドラゴンスレイヤー)の伝承は全て規格外の英雄譚として吟遊詩人達の口から語られるのだが……その龍を乗騎として駆る帝国のドラゴンライダー達を指して、今彼女は雑魚と言ったのだ。これにはランデルも眉を潜めた。


「お言葉だが、相手は雑魚ではないのです。帝国のドラゴンライダーなのですよ」

「彼らのレベルが100を超えているならそう仰って? 追加の戦力を用意しますから」

「な……あ」


 今なんと言ったのか。聞き間違いかと思い彼は問い返した。


「レベルが100に満たなければ雑魚であると……あ、相手も龍なのですよ?」

「ファーブニルなら問題ありませんわ。ご心配なく」


 そう言って微笑みを見せられては、心の臓の奥底から彼女に惚れ込んでしまっているランデルは、耳まで赤くなるしかなく、二の句を継げなかった。



■□■□



 レオルド・ゲットワイルド。人は彼の事を畏敬を込めて『乱獅子』と呼ぶ。

 しかし、そう呼ばれるようになったのは、元カノッサ国王によって召し抱えられて後の事だ。

 今では大陸最高の大魔導師として知られる彼も、それ以前は『狂犬』の二文字で呼ばわる鼻つまみ者であった。


 己の才知の程がわからない。よって他者の無力さにも理解が及ばない。

 彼にとって他人とはなんとも弱く儚く、一噛みで胃の腑に収まるステーキ肉のようなものだった。

 力のやり場に困り、争いの火種を見つけては噛み付く、まさに二つ名通りの狂犬として知られた冒険者。そんな男に、かの王は言った。


「その力、余と王国の為に役立ててみぬか」


 なんと、王自らが直々に出向いての要請だった。

 普通の、つまりは一攫千金を夢見る冒険者であれば飛びつくところだが、『狂犬』の名は伊達ではない。


「宮仕えに興味はねえ。なんだって他人の為に何かをしてやる必要がある」


 さて、一国の王はなんと言い返してくるものか、興味とともに待ち構えていたのだが……カノッサ王は何も言わず、帰っていった。

 肩すかしだがまあいい、これで二度とやっては来るまい――その考えは数日で裏切られた。

 また、やって来たのだ。


「何度来ても、返事は変わらねえぞ、王様よ」

「ならば、余が何度来ても構わぬだろうさ」


 空とぼけたように、顎鬚を撫で付けながら言う。


「来るのは勝手だがな、意味ねえだろ」

「意味ならあるとも」


 初めはその言葉の意味がわからなかった。

 しかし、度々王が自分のもとを訪れるにつれ、レオルドにもわかりかけてきた。

 言葉を交わすという事そのものに、意味があるのだと。内容が仕官の話であれ、魔法の話、天気の話であっても。会話を続けていれば好悪いずれにせよ情が湧く。そうなるともう、向こうのペースだった。


 結局のところ――百度目の訪問でついにレオルドは根負けした。

 国の為、民の為という感情は、実は今でも持っていない。ただ、この老境に入った王の為ならば、何かをしてやろうと、今ではそういう気持ちになっているのだった。


 だからこそ、龍を相手にも立ち向かえる。

 国家と民に忠誠を誓った同僚と共に。思いは違えど、覚悟の量は等しく同じ。

 命を賭して、しかしいたずらに散らすことなきよう。


 空を裂いて飛来する氷龍の群れを、決意と共に彼らは迎え撃つ――。



■□■□



 イザベル・クロス・マルヴィン。天馬騎士団、元団長。

 その栄光と名声に満ちた名前は、最悪の敗北と議会証言によって地に落ちた。

 しかしそれは、彼女の中の忠誠心をいささかも揺るがせてはいなかった。


 すなわち玉座の主に、国家に、民衆に。

 騎士として求められるべき全ての忠誠を備えた彼女は、その地位、職務に関わらず騎士であった。

 故に帝国の軍勢襲撃の報を受けると、議会特別命令の到着を待つことなく鎧具足を身にまとって、己が愛騎サンドリアが寝食する宿舎へと向かった。


 『パンチ・クラブ』なる秘密の会合の噂を突き止め、その主催者が相当な強さを誇っていると聞いて駆けつけたかったところだが、流石に戦の助力の方が優先だった。

 念の為それらに関してメモした手帳を自室に残しておき、自分の身にもしもの事があった時には王のもとに届くよう手配を済ませた。


「遅かったですね、団長」


 副長――否、現団長以下総員が、宿舎には待っていた。

 彼らは一部の隙もなく軽鎧を着こなしていながら、団長の証たる紅のマントだけはそこにはなかった。


「私はもう、団長ではない」

「俺達にとっては、今でもあなたが団長です。ドラゴンライダーとの戦いでは尚の事だ」


 王国最強の天馬騎士団といえども、龍騎兵が相手では個々の戦力の不利は否めない。

 たとえ数で勝ろうとも、死傷者は避けられないというのに。彼らはそう言って、紅のマントを差し出した。

 団長の証を預ける。この状況では、それ即ち命をも預けるという意味に他ならない。


「まだ……私を信じてくれるのか」

「我々もどうせなら、勝算の高い指揮官が欲しいですからね」

「ええ。その点、副長ではちょっと」

「おお? 言いやがったなハンス?」


 どっと笑い声が上がる。

 そこに死への覚悟はあっても悲壮さはない。


「わかった。皆の命、再び預かろう」


 肩から垂れ下がる真紅を纏い、イザベルは頷いた。

 思い出すのは武門の名家たるマルヴィンの教えと、騎士叙勲の時の誓い。

 我は国家の剣なり。我は民衆の盾なり。建前ではない、儀礼的なものでもない、本心から彼女はそう誓っていた。


 だからこそ、龍を相手にも立ち向かえる。

 王個人に忠誠を誓った大魔導師と共に。思いは違えど、覚悟の量は等しく同じ。

 命を賭して、しかしいたずらに散らすことなきよう。


 空を裂いて飛来する氷龍の群れを、決意と共に彼女らは迎え撃つ――。



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