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イケナイお買い物



「わたくしの下着を買って来なさい。替えが少ないのは由々しい事態だわ」


 そんな無体を極める命令を下したのは、勿論アヤトの主人たるトモエお嬢様である。


「……その、何故私が」

「お前がわたくしの従者だからよ。それ以外に理由が必要?」


 どんな理由があってもそんな命令をする理由にはなりえないと普通ならば思うところだが、命じられたのはアヤトという男であり、目の前の彼女に行き過ぎた忠誠を誓う従者なのである。


「……必要は、ありません」

「よろしい、なるべく趣味のいいものを選んでちょうだいね。わたくしの趣味ぐらいもちろん把握しているでしょう? いくら愚鈍な従者でも」


 主人の下着の趣味など把握している異性の従者などそれこそ従者失格ではあるまいか。

 こうした仕事は侍女達のものであって、家令のものではない。しかしどうしたわけかトモエは家令たる彼にそれを望み命ずるのだった。


 完全に、遊ばれているな――とは流石にわかっていたが、主人が自分で遊ぶつもりならば、気の済むまで遊んでいただくのも彼の仕事だ。少なくとも彼自身はそう思っていた。


 しかしさて、どうしたものか。

 女性用下着を選ぶ。そして買ってくる。

 アヤト一人ではかなり達成が難しそうなミッションだった。



■□■□



 バルベロー空中庭園。試しの門前。

 クース・トースと無数の魔獣・聖獣のペット達が守るそこに、使用人筆頭が姿をあらわすと皆がどよめいた。


「これはアヤト様、おいで頂けるとは光栄です」


 そう言って頭を下げたのは、5メートルを超える背丈の、鹿の角が生えた馬のような姿形をした聖獣――麒麟だった。

 レベルにして70という、屋敷のペットの中でもかなり高位のものだ。

 中国神話において獣類の長とされるその強大な存在も、アヤトに対しては頭を垂れる。ゲームの中の事だったとはいえ、今はそれが現実になってしまっている。


 無論、アヤトに対するそれに数倍してトモエには忠誠をもっていることであろう。


「麒麟、クース・トースを呼んでもらえるかな。用事がある」

「は、ただいま」


 ほどなくして、麒麟に先導されてクースがやって来た。


「アヤト様、なにか御用でしょうか?」


 ツンと釣り上がった目つきでアヤトの顔を睨むように見上げ、そう言った。

 口調と合わせてどこか慇懃無礼な態度なのだが、よく見るとほんの微かに頬が赤いのは気のせいではあるまい。


「クース、君に相談があるんだ。一度ペットたちを下がらせて貰えるか」 

「相談、ですか。アヤト様がそう言うなら……みんな、聞いたでしょう。下がって」

「ははっ」


 麒麟以下、高レベルも低レベルも合わせた獣の一団が浜辺の波のように引いていく。


「え、えっと、それで相談っていうのはなんです?」


 さて、なんと言ったものか。

 しばしアヤトは考えて口ごもったが、やがてどう言葉を選んでも阿呆が言うような内容になるのは避けられないなと観念して言った。


「クース。君ならどんな下着を身につけたい?」

「…………へ?」


 クース・トースが固まる。そりゃあそうだろう。こんなことを男に訊かれたら、どれほど好意があっても一瞬で冷める。

 だが、事はトモエ様の命令の完遂のためであり、つまりアヤトにとっては最優先すべき事項なのだ。クースに怪訝に思われようが軽蔑されようが、やむを得ない。


「戸惑うのはわかる。しかし重要なことなんだ、どうか答えて欲しい」

「そ、それって……つまりそういうこと? わ、わかりました、考えて答えますっ」


 おお、ありがたい。トモエ様のご命令だと理解してくれたか。そうアヤトは安心する。

 考えてみれば最初にそれを言ってしまえば彼女が固まることもなかったか、しかしまあ結局は理解してくれたのだから問題はないな。と考えながら、それが徹底的に間違っていて、クースにあらぬ妄想をさせてしまっているとは気づかない。


「下着……つまりブラとパンツ。アヤト様に見てもらうなら……」


 アヤトにはよく聞こえなかったが、真剣な顔で何事か呟きながら考えてくれている。

 これなら、トモエ様の下着を選ぶ際にも良いサンプルデータが得られるだろう。

 だが、クースに協力を頼めるのはそこまでだ。実際に店先で選び、購入してくるのはアヤト自身がやらねばならない。なぜならそういう命令だからだ。


 なぜそんな命令をされたのかといえば、それはきっとトモエ様が楽しむためなのだ。


「やっぱり、面積の少ないセクシーなヤツですっ。色は黒とか赤で」

「なるほど……セクシー、か」


 清楚な見た目のトモエ様だが、中身は暗黒だ。あの方ご自身の趣味にも、それはそう遠くないのではないかとアヤトも思った。


「さすがだ、クース。ありがとう、助かったよ」

「どういたしまして。べ、別にアヤト様のためじゃありませんけどっ」

「ああ、わかってるとも」


 我ら皆、黒き幕の下に。

 すべてはトモエ様のために、だ。


 暗い未来に一筋の希望を見出した気分で、アヤトは外出用の騎乗動物

を試しの門の獣の中から借り受けてカノッサ王国首都のグラッドへと向かった。



「……あの質問は、つまりそういうことよね。アタシに下着のプレゼントを、ぬ、ぬぬ脱がすためになんてそんな」


 後に残されて、あらぬ妄想の世界にクースがダイブしていることなど、アヤトはまったく知る由もなかった。



■□■□



 それは、忍耐の要る作業だった。

 強靭な意志と幸運なくしてはたどり着けない道だった。


 高級な下着専門店を探し当ててから、店に一人入って行くまでの逡巡。

 入った後、店員や他の客の怪訝と軽蔑の眼差しを受けながら、速やかに条件に合致する下着を選び出す苦行。

 会計を済ませるまでの永劫にも感じた刹那。


 それら試練を乗り越えて、彼はトモエの御前へと帰り着いた。

 封をされた紙袋を恭しく差し出す。


「任を果たしました、トモエ様」

「遅かったわね。買い物一つにどれだけ時間をかけるのかしら」

「申し訳ありません。トモエ様にお似合いのものを探すため、サンプルデータを取る必要に迫られたもので」

「……? まあ、いいわ。それじゃあお前のセンスを採点してあげましょう」


 紙袋を乱雑に破いて、中身を取り出すトモエ。

 そこには赤と黒、表面積の少なめなブラジャーとパンティが幾数枚入っていた。


「……なあに、これは」

「は、下着ですが……お気に召しませんでしたでしょうか?」

「ううん、そうね……悪くないけど、良くもないというか、中途半端ね」


 面白く無いわ、と彼女は言った。


「そうですか……ご期待に添えず申し訳ありません」

「まあいいわ。次はもうちょっとちゃんと、その、隠れる物を買って来なさい、色も白とか、大人しいものがいいわ」

「はい…………え?」

「え?」


 同じ一文字に疑問符をつけて、二人は顔を見合わせた。


「……なによ、文句があって?」

「い、いえ。なんでもありません」


 意外に、下着に関しては可愛らしい趣味をしておられるのだな。

 アヤトはこの日珍しく、主について自分が知らない側面を見出したのだった。



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