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黒幕令嬢のサーヴァント  作者: 球磨川つきみ
第一章:黒幕令嬢と瀟洒な従者
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 リベルがそのスキルを駆使してコピーし、振りまいた最後通牒の内容はカノッサ王国の家臣と議員全てが知ることとなった。

 当然の事と言ってよいが、議会は紛糾した。


 一切の交渉を拒否すると通告されながらも部分受諾を目指す、貴族の一部を中心とした勢力。

 全面的に受諾し、無謀な戦いを避けるという大義名分のもと、第三条項による貴族派議員の削減を目指す平民派の勢力。

 このような通牒は相手にするべきではなく、99レベルなど欺瞞偽装に決まりきっているとする、貴族の大部分が中心となった拒否派の勢力。


 以上3つが主な勢力となって、激しい論戦――罵り合いと言ってもそう間違ってはいない――を繰り広げているのだ。


 『乱獅子』による魔法を用いた尋問が終了し、拘束を解かれたイザベル・クロス・マルヴィンが議会に証人として召喚されたのは、論戦が始まってから二日目の事だった。つまり、最後通牒への返答期日の前日。


 こうなった理由には『乱獅子』のスケジュールの都合もあったが、議会が証人喚問を決定したのが遅かったことが何よりの原因であり、またイザベル自身の迷いもあった。


「宣誓。私は偉大なるダアトの神々と王への忠誠にかけて、真実を述べることを誓います」


 当然あるだろうと考えられるひとつの質問に対して、どう答えるべきか。

 彼女も事ここに至って腹をくくる。敵の動きは早過ぎ、そしてこちらの動きは鈍重に過ぎた。もはや他国との軍事同盟の成立をどうこうと言っている状況ではなくなってしまっていたのだ。


 国教であるヴォルト教の聖典の上に手を置いての宣誓に端を発し、イザベルへの問いは始まった。


 ――99レベルだとされている(丶丶丶丶丶)男との戦闘に敗北したというのは事実か?


「ええ、恥ずかしながら、苦もなく捻られました」


 ――幻覚魔法を受けたのでは?


「彼女にそれほど複雑な幻覚をかける事は、私にも不可能だな」


 これは『乱獅子』による証明とイザベルへの弁護だった。

 すなわち、一連の出来事が幻覚だとしても、敵の実力が王国では対処しきれないものである点で大差ないという意味と、彼女が不甲斐なかったのではなく、敵が異常であったのだという二つの意味で。


 ――天馬騎士団の団長として、此度の最後通牒に対してどう対応すべきだと考えているのか?


「……私にこの議会での決定権が無いことは重々承知で述べさせていただくのならば、此度の通牒は良心的ですらあります」


 この発言に、一部の議員が野次を飛ばした。


「売国奴め!」

「その発言がどれほど議決に影響するか考えろ!」


 イザベルは無視した。


「何故なら、比喩でも偽りでもなく、彼女たちは――バルベローの住人たちはこのカノッサ王国を焦土と化す力を持ち合わせているからです。実質的な抵抗も許さずに」


「そんな滅茶苦茶な話を信じろというのか!」

「レベル99など絵空事にすぎんだろう」


 これも彼女は無視しようと務めたが、次なる野次で彼女の強靭とは言えない堪忍袋の緒は限界を迎えた。


「奴らにいくら受け取った? 精強なる我らがカノッサ王国軍が負けるはずがなかろうが、貴様を除いてな!」


 イザベルはその野次を飛ばした男を目ざとく見つけ出すと、証言台を離れてつかつかと歩み寄った。


「な、なん――」


 ガタタンッ!


 男が席から力尽くで引きずり落とされた音の前に、一切の物音はしなくなった。

 どんな野次も、飛んでは来なくなった。

 その極めて効果的な傾注の促しをイザベルは、はっと顔を朱に染め恥じらった。


 証言台に戻り、まだ幾分赤い顔を冷やすように手扇を仰いでから、話し始めた。


「大変失礼しました。貴族でありながら恥ずかしいことに、私は戦とその訓練ばかりで、このような政治的論議の場に慣れておらず……」


 咳払いをひとつしてから、彼女は自らが出頭した目的を果たすことにした。

 つまり、無謀な戦争から国家を、確実な戦火から民を、それぞれ守るために恥も外聞も捨てる覚悟の証言を。


「……ですが、もはや我々に選択肢はないものと断言します。戦わずして――いえ、私が戦い、そして負けたのです。全てを呑む他ありません」


 売国奴と罵る声は、今度こそ無かった。

 受諾と徹底拒否、そして交渉、いずれの一時的派閥に属する議員たちも、彼女が身と誇りを削ってこう言っているのだとわからないわけではなかった。


 この証言は議事録に残る。つまりは公的な記録として、カノッサ王国ある限り永存するのだ。

 諸外国にも響き渡っていた天馬騎士団の名声と栄光は地に落ちるだろう。

 その団長イザベル・クロス・マルヴィンとマルヴィン家のそれはなおの事だ。


 それでも、彼女がこんな証言をしている理由など、そう多くは考えられない。

 賄賂を受け取った? 一体どれほどの額を受け取れば、こんな恥辱と栄光からの落下を受け入れる気になるというのか。

 自己保身――即ち命を繋ぐためか? であればつまりは国民を、ひいては議員たちも守ることになる。


 真なる国家への忠誠がそうさせるのか? そうせざるを得ないほど、バルベロー空中庭園という勢力は強大なのだろう。


 しばし、沈黙が流れたが、不意に一人の男が手を上げた。貴族議員のランデルだ。

 議長が彼に発言を促す。


「イザベル・クロス・マルヴィン……貴君の勇気に賞賛を。そして意見に同意を表明します」


 彼は、拒否派の筆頭だった議員である。

 そんな男が、イザベルの献身を感じ取り、認めたのだ。他の議員たちがそれに続かぬ訳がなかった。


 それでも議論は続いたが、三日目の朝に評決が行われ、賛成多数により議会における最後通牒の受諾が決定した。


 王は抗おうとしたが、開戦の手続き――この場合最後通牒の拒否――は王一人の意思ではどうにもならない。

 民主的な議会による制限を受ける君主であるが故に、無論議員たちへの根回しも演説も行ったが、熱く大きなうねりとなった流れは押しとどめようがなく、王も期日になって受諾を認めざるを得なかった。



■□■□



「と、いうわけで買収したランデル議員はよくやってくれたわ。少なくとも、お前よりはマシな働きよアヤト」

「は、追いつけるよう精進いたします」

「……つまらない返事ね」


 嘆息して、トモエは呆れを示した。

 もちろん、全ての動きは仕組まれていたのである。


 農村の収奪に始まり圧倒的な実力差を見せつけてイザベルを無事送り返した事も。

 議員の過半数を占める平民派への擦り寄りとなる第三条項も。

 イザベルの演説によって宗旨替えしたと見せかけたランデル議員の動きも。


 また、表に出ていない、票にのみ現れた買収済みの議員たちも――全ては黒幕令嬢(マスターマインド)たる彼女の手の内だったのだ。


 トモエは情報収集技能インフォメーション・スキル――〈覗き見〉(ピーピング)とその強化系パッシブスキルの力により、日常的に賄賂を受け取っているカノッサの議員を残らず把握していた。


 あとは簡単だった。遣いをやり、空中庭園の金庫内の金貨をいくらか――それはこの世界の基準では莫大なものだったようだが――渡すだけでなんとも快く国家の売買に応じてくれたものだ。


「いつからこんな計画を練っておられたのですか?」

「管理者達を最初に呼び集めた時からかしらね」


 この答にはアヤトも瞠目した。

 イザベル達がやってきた時ですら無く、その前段階――管理者達を呼び集めてあれこれと命じた時には既に――とそこまで考えて、ようやく彼も思い至る。


「布石を打った、とはこの事だったのですか。来訪者を招くためだけにセキュリティを切ったのではなく……」

「ここの真下にある国を手に入れる為の布石に決まっているでしょうに。お前は本当に頭が鈍いのね」


 あの時点でそこまで分かるわけがない。まあ、たった今全てがわかったというのは遅かったかもしれないが、それとてトモエの鮮やかな手腕に見惚れていたからだ。だからやむを得ない――とは、この主人が思ってくれるわけがないが。


「トモエ様と違い生来不出来なもので、申し訳ありません」

「そうだったわね」


 すげない返事ながらも、表情からは鼻歌でも歌い出しそうなぐらいに上機嫌であることが伺える。

 アヤトが求めた、本心から楽しそうな主の笑顔だ。

 それは陰謀が上手く行ったからだけではあるまい。むしろ今後に待ち受けている未知と困難を夢想しているが故の上機嫌であろうか。いや、それだけではなさそうな……では一体他に理由があったろうか。


「……トモエ様、ひとつ訊いてもよろしいですか?」


 と、そこまで考えてから、別の疑問に答を得たような気がした。

 確かめるべく質問の許可を願う。


「あら、いいわよ。何かしら」


 やはり彼女は機嫌が良い。

 普段なら無下に却下されても不思議はないというのに。


「なぜ、〈傾城香〉をお使いにならないのです。使えばイザベルとの戦闘も万全の状態で行えたでしょうし、交渉もより容易く運べたのではありませんか」


 ああ、そのこと。と何故だか露骨にがっかりしたように肩を落とされ、アヤトは一瞬たじろいだ。

 なんだろう、何か不興を買うような質問だっただろうか。珍しく彼は焦った。


「あれは効果が強すぎるから、使用を控える事にしたの。ターゲット回避だけならともかく、面と向かっての会話にまでああして影響するようでは、未知の世界の征服という目的も――そう、ヌルゲー過ぎるでしょう?」

「それはそうですが……」


 ヌルすぎるゲームを嫌うという考えはアヤトとて分からないわけではない。

 ゲームというものは、ハードすぎない程度には歯ごたえがあった方がいいに決まっていると、彼もそう信じているタイプの人間だからだ。


「ではせめて、不可避の戦闘に発展した場合は使用して下さい。私がトモエ様の剣となり盾となり戦うのですから、戦闘を回避してしまう心配はありません」

「そうね……考えておくわ」


 かなりいい加減な返答だったが、それ以上を引き出すのは無理があろう。

 基本的に、この主人は気分屋なのだ。ここで硬く約束してくれたとしても、興が乗れば翻すに決まっている。


「あら、紅茶がなくなってしまったわ。アヤト、淹れてきなさい」

「かしこまりました、お嬢様」


 アヤトは恭しく雑事を拝命した。

 さて。せめて紅茶の出来ぐらいは、主の不興を買わないようにしなくては。



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