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黒幕令嬢のサーヴァント  作者: 球磨川つきみ
第一章:黒幕令嬢と瀟洒な従者
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 数十羽の怪鳥の来襲に、カノッサ王国の首都グラッドはしばし恐慌状態に陥った。 

 射掛けられる守備隊の矢と魔法もまるで意に介さず――その羽毛が鏃を逆にヘコませ跳ね返してしまうのを隊の者達は目撃した――さらにその怪鳥が背に乗せていたものを地に下ろした時、人々の恐怖は戦慄と困惑へと変化した。



 当然ながら、巨鳥達の荷物――イザベルは天使掃討の任務において何があったのか王の前と議会でそれぞれ説明する必要に迫られる事となった。

 彼女は一切の誤魔化しをよしとせず真実を語ったが、それがかえって疑惑を生むこととなる。


「マルヴィン団長、議会命令第2034号に基づき貴君を拘束します。貴君には議会での偽証及び王命並びに議会命令不履行の疑いがかけられており――」


 やや緊張した面持ちで、令状を手にやって来た憲兵を、イザベルは堂々と出迎えた。

 さらには彼が読み上げた令状の内容はまったく無理からぬ事であると考え、粛々と受け入れたのだ。


 99レベルを自称する男の存在を語っただけでも、十分に偽証を疑われるに足る。


 それは神話・伝説の中に居たかもしれない(丶丶丶丶丶丶丶丶)というものであって、現代に存在するものとは考えられていないからだ。


 〈技量鑑定〉レベル・エスティメイト〈先天的技能〉(タレント)を持つものでなければ、その真贋は不明だが、逆に言えばそうした技量鑑定士であればその者の現在の技量を見分ける事が可能だということであり、彼らが積み重ねてきた経験知によって人間のレベルは40が事実上の限界であり、それを超えうるのは人外の者のみとされている。


 そして、そうした人外の存在であっても、最高のレベルを持つと知られているのは個の武力として世界最強を巷間に囁かれるコナート山の竜王グルムンドであり、そのレベルは65という途方も無い数値だ。


 よって99レベルなど現在の世界に存在しない、いや、してはならないというのが国政・軍事に携わる者達の共通認識だ。

 もしもそんな者が存在すれば、世界のパワーバランスが一変する。


 竜王グルムンドが、初めは何の勢力でもない個であったにも関わらず、滅ぼした国家と――また、そうして略奪するよりも、安全を保証してやる代わりに税を取り立てる方が効率が良いと気づいた後に――支配下に置いた領土の面積がいったいどれほどに上ることか。


 今では、かの竜を頂点としてひとつの大帝国が形成されており、その国は皇帝自身の名をもじってグルムワイス帝国と名乗っている。


 かような事実を合わせてみれば、彼らの反応は致し方ない。また、王国最強の騎士であるイザベルが天使の掃討を苦もなく行える精鋭の部下たちと同時にかかっていながら、赤子の手を捻るように叩き伏せられ追い返されたなどという事もとても信じられるものではない。何より議員も、そして王すらも信じたくなかったのだろう。


 だからイザベルは議会命令による拘束を受け入れた。

 それで何が解決するわけでもないが、逆らっても王国にまったく利するところはないからだ。

 ただ、議会でも王前でも、早急な対策の必要性は訴えた。他国との早急な同盟の必要性、同時に軍備の増強を、と。


 どの程度効果があったかは疑問だが、元来国家の重鎮である天馬騎士団の団長イザベルの意見だ、疑われはしても一蹴されるわけもない。


 この度の拘束も、真偽を確かめ確実なものにするため〈真偽感知〉《センス・ライ》の魔法をおそらくは『乱獅子』が直々にかけるためのものだろう。証言が虚偽であった場合、イザベルは国家に対して何事かの陰謀を企てているに違いなく、よって逃亡の恐れを消した上で、最高の魔導師によって魔法へ抵抗された可能性を心配せずに尋問する事が目的なのだ。


 これは、国家のために必要な措置だ。言葉だけで真実を訴えてみても今は何も始まらない。

 多大な業務を終えてからやって来るだろう『乱獅子』との対面を、イザベルは一日千秋の思いで待つ他なかった。

 全ては遅きに失するかもしれないと、薄々感づいていながらも。



■□■□



「ごきげんよう、カノッサ王」


 その映像通信魔法は唐突に玉座の間に投射された。


「何者だ」


 峻厳さを見せつける眉根を寄せて、カノッサ王は誰何すいかした。

 その眉とややちぢれた髪の毛には白いものが混じり始めているが、その眼光の鋭さは、向こう数十年は現役であろうと思わせる。


「これは失礼。わたくしの名はトモエ……バルベロー空中庭園の主だと言えばお分かりになるでしょうか?」


 王は、その奥に秘めたる狡知を伺わせる鉤鼻を鳴らした。


「驚いたな」

「あら、そうは見えませんけれど」

「顔に出にくい性質でな」


 どよめく臣下達を尻目に、王だけが平然としていた。あるいは、彼だけがそう装うことができた。


「魔力遮蔽が成された宮廷内に、映像付きの通信魔法を投射してみせるその腕前……なるほど、やはりマルヴィン団長の申した事は概ね事実である、か」

「彼女が何を言ったかは知りませんけれど」


 一瞬、画面の向こうの微笑に妖艶さがにじむ。

 ともすればだらしなく口を開けて鼻の下を伸ばしそうになるのを王はこらえた――何人かそれに失敗している家臣が居たのは目に入らなかった風を装って。


「ひとつ保証致します。こちらの主戦力である99レベルの者達の実在を」


「馬鹿な……」

「ありえん!」

「デタラメも対外にせよ、御前であるぞ!」


 騒ぎ出した家臣団を、カノッサ王はひと睨みで黙らせた。だが、彼らが騒いでくれなければ、自分は鉄面皮を崩していただろうと密かに彼らに感謝した。


 99レベルの者達――つまり複数。


〈力量鑑定士〉(レベル・アプライザー)を呼んで来い。……そちらの戦力とやらを鑑定させたいが、構わんな?」

「どうぞご自由に」


 画面の向こうの女はまったく余裕を崩さない。

 それはそうだろう、おそらくはそれが狙いだ――王はこのとき、トモエの狙いについて二つの可能性を考えていた。


 一つ、強力な幻覚魔法でこの場に居合わせた全員を欺き、99レベルが存在すると錯誤させ、何らかの威圧的交渉を行う。


 二つ、本当にレベル99の戦力が複数存在し、その実存を確認させることで何らかの威圧的交渉を有利に運ぶ。


 いずれにせよ、〈力量鑑定士〉《レベル・アプライザー》の呼び出しは向こうにとっても必須事項。拒むはずがない。

 間もなく、命令にすっ飛んでいった家臣の一人がその人物を連れてきた。


「カレン・シュナイダー、お呼びに預かり参上致しました」


 〈力量鑑定〉のタレントを授かって生まれたその少女は、通信魔法のウィンドウに一瞬驚き目を見張ったが、すぐさま王に傅き拝命を待った。


「うむ、この画面の向こうに出てくる者共について鑑定を頼む……できるな?」

「はい。映像があるのなら――姿さえ見られれば可能です」

「と、いうことだ。そちらの準備はどうか、トモエとやら」


 空中に浮かぶ画面を睨み据える王の眼光にも涼やかな音色でトモエは応じる。


「いつでも構いません……アヤト、ここに立ちなさい」

「はい、お嬢様」


 一瞬トモエの姿が消え、代わりに画面に映しだされたのは長身で端正な顔立ちの、一瞬美女と見まごうような執事だった。

 画面を見るために裏側から王の側に回り込んだカレンは、その男を見るなり黄色い声を上げかけた。

 幸いにも自制心が上回ったが、王前でなければ、しばし眺め続けたいぐらいだった。


 しかし、今は仕事だ。アヤトと呼ばれた男に視線を向け――なんだ、やることは変わらないなと心中で自嘲しながら――その天性の才をもって画面向こうの執事のレベルを見極めようと視線に力を込めた。


「……え、そんな――え?」

「どうした。見たままを報告せよ、シュナイダー」

「その、きゅうじゅ、う……きゅう、レベル……です」


 再度、大きく玉座の間がざわめく。

 残念なことに、王にとって最も望ましい展開――カレンの目が敵の偽装魔法を打ち破り、ずっと低いレベルを見極めるという展開は起こらなかった。


 そしてこうなると、情報偽装に対する高い抵抗力を誇る王宮所属の鑑定士の目すら欺くという、ケタ違いの魔法使いかアイテムの存在を疑わねばならず、その場合でも王国にとって甚だしい脅威であることに違いはなかった。


 ただ、正直なところ、せめてそうであってくれと王は願った。

 本当に99レベルの存在がこの王国に目をつけているなどとは考えたくもなかったが、しかし王の責務として最悪の事態を考えないわけにもいかなかった。


「ではもう一人――クース・トース、そこに立ちなさい」


 王がめまぐるしく思考を回転させようと務める中、画面が切り替わり、また別の人物が映し出された。今度は獣人の少女だ。

 頭部に生えた猫の耳からして、ワーキャットであろう。


「…………この人も、99レベル、で、す」


 カレンは、これまでに見たこともないレベルが立て続けに自分の目に映った事に戸惑いを隠せなかった。

 混乱の度合いで言えば、口をあんぐりと開けたまま顎が外れた者まで居る他の家臣たちもいい勝負だったが。


「もう良いでしょう? ちなみにわたくし自身もレベルは同じです。この子達と違って荒事は苦手ですけれど」


 画面が再びトモエを映しだした。それを見たカレンが彼女の言葉を何度も頷いて肯定していた。

 王は自らの双肩に降りかかった重責に、戴冠以来初めて膝を屈しそうになった。

 もはや、どのような未来が王国に待ち受けているのか、知っているのは画面の向こうの憎き妖女のみなのである。


「さて、ひと通りの示威も済ませましたので通告します」


 ぴしゃりと鞭打つような声で、その最後通牒は告げられた。


「この書面にある条件を御覧くださいな」


 今日の夕飯のレシピを求めて料理本を開くような気軽さで、彼女はその一枚の紙を画面に見せつけた。



 以下、バルベロー空中庭園を甲、カノッサ王国を乙とする。


 1.乙が現在保有する国庫の内から、金銭価値にして2割を甲に譲渡すること。


 2.乙が今後国家の税収として得る物資および金銭の1割を、毎月の初日に税として甲に納めること。


 3.乙における議会の議席数の割合を、貴族1:平民3になるよう調整すること。


 以上が1つでも拒否された場合、甲は考えうるあらゆる手段を以って乙を攻撃するものである。

 返答の期限は3日後とする。


 家臣たちの心を怒りが、王の心中をそれに数倍する怒りとほんの微かな安堵が、それぞれ満たした。

 もっと、無法な条件を突きつけられることも覚悟していたが……たとえその実質が属国化であっても、見せつけられた戦力差に比すれば――既に王国最強の騎士が破れていることは確かであるし――軽いと言えなくもなかった。


「部分的な受諾を含め、一切の交渉には応じません。全て呑むか、滅びるかです」


 それではごきげんよう。そんな別れの挨拶を最後に、通信は途切れ画面は消失した。


「議会に情報が入る前に握り潰す――わけにもいかんか」

「いいえ、王よ。今ならばまだ我々しか見聞きした者はおりませぬ!」

「既に手は打たれている、と言っているのだ。マルヴィン団長を打ちのめし、わざわざ生かして帰すという前準備を踏んだほどだ、そんな手抜かりはするまいよ。今頃――」


「報告いたします! グラッドの街中に怪文書が乱れ飛んでおり、市民が大混乱に陥っております!」


 実にタイミングよく飛び込んできた兵を見るともなしに見て、国王は言った。


「ほらな、言ったろう?」


 この時ばかりは、疲れ果てた老人の声だった。



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