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黒幕令嬢のサーヴァント  作者: 球磨川つきみ
第一章:黒幕令嬢と瀟洒な従者
17/42

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「チクタクマン……」

「如何にも。さて、何の話をしているのかと、尋ねたのだが」


 その顔からはいかなる感情も、思考すらも読み取れない。作り物の皮でしかないのだから当然なのかもしれないが。


「トモエ様をお守りし、また在るべき世界へと戻って頂くために、トモエ様ご自身を出し抜く相談をしていた」

「ちょ、筆頭殿!」


 焦ったリベルが声を上げるが、隠し立てに意味は無い。

 元々、チクタクマンにも同じように情報収集を頼むつもりだったのだ。

 底しれないところこそあるものの、本質的にトモエ様の味方であるならば説得されてくれる目はある……と、アヤトはそう期待してもいる。


 そうでなかった場合、つまり強硬に主の意思と命令を守ろうとしてくるのならば、最悪の場合戦闘も已むを得ないだろう。

 アヤトもチクタクマンのデータを全て暗記してはいないが、この距離での白兵戦ならば勝率は高いはずだ。 

 ただ、リベルが敵あるいは味方になる場合はそのバランスは崩れ去るだろうが……その場合でも、勝ち目や逃げ切る目は十分にあると睨んでの事実の暴露だった。


「チク、タク、チク、タク……至高天たるあのお方と、その直属たる貴方がやって来た『高き世界』……そこへ帰る、と?」


 高き世界――つまり、アヤトとトモエにとって現実である世界のことだろう。それについての認識も彼らには在るらしかった。


「その手段を探したいのだ」


 帰る手段がないこともアヤトは正直に告げていた。

 腹の探り合いは無意味だ。また、主人と違ってあまり得意なジャンルでもない。


「チク、タク、チク、タク……我らの前に降り立ったこの状況は、貴方からしてみると、安全な状況ではないと?」

「ああ、そうだ。特に空中庭園の外が、だが」

「……チク、タク、チク、タク」


 顎をさすり考えるような仕草を示す。しかしそれは仕草だけで、表情はやはり張り付いた能面のように変わり映えがない。


「チク、タク……リベル」 

「なんじゃ?」

「私はミスタ・アヤトに協力しようと思うが、君はどうするね……チク、タク」


 その言葉に、リベルは驚き本の上で飛び跳ねた。


「チクタクマン、おぬし本気か!?」

「チク、タク……私はいつも本気などではないよ――この世界は至極無意味に満ちている――ただ、至高天とその随臣の事を除いては」


 このチクタクマンの決断は、アヤトにとってはありがたかった。

 しかし、さてどのような思考を経てその結論に至ったのかはアヤトも確認しておきたかった。


「助かるよ。だが、どうしてそう決めてくれたんだ?」

「チク、タク、チク、タク……おそらく貴方と同じだ、ミスタ・アヤト。至高天たるトモエ様を思えばこそ、ただ意向に従い続けるだけが道ではないと信じるが故に」


 やはりだ、彼らはプログラム通りに動くNPCなどではない。かつてはともかく、今はまったく一個の人格を持った存在だ。それはトモエの身を案じる従者として、また微かにはゲーマーとしても嬉しい事実の実感だったが、同時に前者の気持ちが僅かな不安も抱く。


 こうした決断ができるということは、彼らはトモエに反逆することもきっと可能なのだ。


「リベル、無理にとは言わないが、君も協力してもらえると助かるんだが」

「う、うぐぐ……しかし、儂には契約の縛りが……」


 そうか。そんな設定もあったのか。

 リベルの本来の姿は魔導書であるからして、そういったものの類型として主従関係を縛る契約というのは絶対的なものだ。


 おそらくは個人的な心酔からトモエに従っていると見られるチクタクマンと違い、実際的な縛りが彼女には在るのかもしれない。


「すまぬ。やはりご下命を裏切ることは儂には出来ぬ」

「そうか……残念だが、仕方ないな」

「代わりに、と言ってはなんじゃが。トモエ様にこの事は黙っておくとしよう」


 苦悩の表情をいつもはあどけない顔に滲ませたまま、リベルはそう言った。


「すまない、助かる」

「なんの、筆頭殿と儂の仲ではないか」


 当然だが、どんな仲だよ、と深く訊く愚をアヤトは犯さなかった。  


「チク、タク……では、私のエリアで相談を始めよう、ミスタ・アヤト」

「ああ、転移を頼む」


 各管理者達は、自分が担当するエリアにのみ直通でワープする事を許可されている。

 他のテレポート手段は、よほど強力な――つまり魔法位階が高く、運べる飛距離や質量の大きい――ものでない限り、転移を起こすことすら不可能だ。


 ギルドメンバーのみ、現状ではアヤトとトモエの二人だけがその例外となる。


「チク、タク、チク、タク……■■■■■■■■■――」


 悪夢の機械神が、人間の耳が聞き取ることを拒否し、発音が不可能な何がしかの呪文を唱えると、ネジとワイヤと真鍮の塊で組まれた扉が魔本異本の類が散乱する床面から生えてきた。


「どうぞお先に……チク、タク」


 アヤトは促されるまま、蒸気を噴出して開いたその扉の、底がない谷のような暗黒の内へ身を投じた。



■□■□



 いくつものモニターやキーボードはそれらを繋ぐ配線から成る小島の数々を取り巻き、電極との列島群を形成している。

 島々の影では高度に自動化されたふいごが蒸気機関に熱を送り込み、高熱の煙を吐き出させていた。

 この場所には二種類のものしかない。電気で動く機械と、蒸気で動く機械だ。


 生命無き、しかし多くの生あるものたちよりも熱心に働く住人たちは、彼ら自身が壁となり床となって迷路を形成していた。

 バルベロー空中庭園が第六エリア――機械迷宮。

 それが、この不夜城に与えられた名だ。 


 奥まったエリアであることもあって、今までに一度も侵入者による攻略を許したことのない、難攻不落の城でもある。

 かつてはあの電極から伸びるワイヤに囚人のごとく繋がれたプレイヤーたちの処刑が、ギルドでの見世物になったものだ。


「さて、チク、タク……私は何をすれば良いだろうか」

「まず、レベル99以上の存在を感知しておきたい。範囲は出来うるだけ広く、できればダアト全域が良いが……可能か?」

「簡単ではないが、可能だろう。レベルという目に見えないものの感知は、どちらかと言えば魔法の領分だが」


 そう、その点が正にリベルの協力が得られず痛い部分だった。

 いくつかの魔法を併用すれば、ワールド全域に存在するキャラクターを、|プレイヤーキャラクター《PC》、NPC、エネミーなどと分類して検出できる。しかし、セフィロトにおける機械やそれを操る魔導機術というのは、そういったことを得意としていない。


 何故なら機械が情報を得るには入力が必要だからだ。視覚情報、嗅覚情報、触覚情報、あるいは文字情報……などがセンサーに入力される必要がある。一方、魔法は条件さえ合えば魔力と術者の集中と引き換えに、遥か遠くの物を取り寄せる事が出来る。遥か遠くの情報も同じように、だ。


「チク、タク……専用のレーダーを今から制作して、取り付けた偵察機を飛ばすというのが堅実な手かと思う。二日貰えれば可能だ」

「二日もかかるのか?」

「チク、タク、チク、タク……我らが主の目をかいくぐるために」

「なるほど」


 トモエのスキルは情報系や自己生存系がメインだ。戦闘が不得意な分、別分野での実力は恐ろしいほどである。

 こうしている今もチクタクマンがジャミングをかけてはいるが、いつ破られても――もう既に破られていても驚くに値しない。


「では仕方がないな。任せる」


 とはいえ、何の対策も取らないわけにはいかない。

 彼女はまつろわぬ者を望んでいる節があるが、同時に生粋の支配者かつ陰謀家でもある。下手な反抗は命取りだ。

 やるなら、せめて上手く。彼女がほどほどに楽しんでくれそうな程度には、上手くやらなくてはいけない。


「宝物庫を開けられれば話は早いんだが……」

「チク、タク……残念ながら不可能。私の手にも余る」


「だろうな。ではもう一つ頼むが、〈界渡り〉(フォーリナー)についての文献などを漁ってくれ。彼らが元いた世界へ帰還したというエピソードがあれば重点的に」

「チク、タク、チク、タク……承ろう」


 チクタクマンは腕から生やしたキーボードを見えない指で打鍵し、早速作業に取り掛かったようだった。

 周囲の蒸気機関とコンピュータ達も連動するように忙しく働き始める。


「チク、タク……一足飛びに結果を得る事は不可能だが、情報の集積と分析という観点から見るならば――」


 無貌なる顔皮から微かな自尊を言葉の端に滲ませて、彼は言う。


「――魔法ではなく機械に、一日の長がある。お任せあれ……チク、タク」


 頼もしさを感じると共に、アヤトは頷きと決まり文句で彼の言葉に答えた。


「我ら皆、黒き幕の下に」

「我ら皆、黒き幕の下に……チク、タク」


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