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黒幕令嬢のサーヴァント  作者: 球磨川つきみ
第一章:黒幕令嬢と瀟洒な従者
13/42

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 獅子頭の飾りがついた玄関扉がワーキャットの手によって開け放たれると、中から整然と並んだメイドと執事達が出迎えた。


「ようこそ、バルベロー空中庭園へ」


 一糸乱れぬ仕草で一礼し、一ミリ秒の狂いもなく同調した声での挨拶に、さしもの天馬騎士団の面々も圧倒された。

 いや、その堂々たる光景もさることながら、屋敷内部の造作のためでもあったかもしれない。


 王宮と比しても遜色ない、素人目をも楽しませるきらびやかな調度品の数々。床は大理石張りの上にカーペットが敷かれており、壁面には魔法ではない、油を燃やして煌々と室内を照らしだすランプがかかっている。室内用に常用するにはコストが高すぎて王侯貴族ですら賓客を招く際にしか使わないそれを、この屋敷では昼間から苦もなく常用しているようだった。


「お客様の案内ご苦労だった、クース。持ち場へ下がっていいぞ」


 並び立っている執事やメイド達が作っている道の向こうから現れた男を見て、イザベルは――後の男連中ですらも――ほう、と小さく溜息をついた。


 人形が裸足で逃げ出すほど精巧な顔の造作は、王国随一の美形で知られるイザベルの弟すらまるで及ばぬものであったからだ。また、女物で着飾ればそのまま通用しそうなほどに中性的でもあった。

 左目にはめられたモノクルが左右対称なその作りを崩していたが、それが完璧なものを破壊するという一種の淫靡な快感にも似た感慨を見るものに与えている。


「これよりは筆頭家令ランド・スチュワードのアヤトが皆様の案内を務めさせて頂きます。どうぞよしなに」


 そう名乗ってくれなければ、黒よりな紺色の執事服を隙無く着こなしたこの男を、屋敷の主であるとイザベル達は錯覚していたかもしれない。


「い、いえ、こちらこそ」


 不覚にも、戦士たちを束ねる団長としての部分で覆い隠していた女の部分を揺り動かされ、彼女は一瞬言葉に詰まった。

 男の容姿に見惚れるなどという経験は、イザベル自身遠い過去の記憶の中にしかなく、だからこそ戸惑う。


「では、こちらへどうぞ」


 優雅なほどの仕草で一礼し背を向けたのを見て、イザベルが一歩中へと踏み出すと、赤いカーペットは厚く柔らかく、足音を心地よい感触へと変換して跳ね返してきた。

 無数の従者たちが見送る中を、騎士達は戸惑いながら進んだ。ここまで来ると、否が応でも警戒感が薄れていくのを、必死で気を引き締めなおす。


「アヤト殿、一つ伺いたいのだが」

「はい。私に答えられることであればなんなりと」


 歩みを止めず一定の速度で進む家令の後をついていきながら、イザベルは質問を口に登らせた。


「ここの御主人は……いや、この場所に居る人々は何者なのか? それを我々と王国は知りたがっています」

「それについては、主人から改めて話がある事と思いますが、私から申し上げられる分には、そうですね……」


 言葉を選ぶ、というよりは聞き取りやすいようにだろう、一度言葉を切りながらもやはり足は止めない。

 見事なまでに一定の歩幅で、イザベル達が置いていかれず、焦れったくならない程度のペースを保っていた。


「私共は異世界人です。皆さんのような、この世界の人々にとっては」

「異世界人? すると貴方がたは〈界渡り〉(フォーリナー)なのですか?」

「フォーリナー、皆さんはそのように呼ぶのですか。我々には初耳ですが、ええ、語意としてはそう認識して頂いてよいかと思います。ここではない世界からやって来たのです」


 それは、非常に珍しいがあり得ない事ではなかった。

 そもそも、ある種の魔導師が用いる召喚魔法などは、異界から悪魔や天使、怪物、そして稀に人間を呼び出すものだし、何らかの要因で異世界から渡ってきたと称する人物は虚偽定かならぬ者が大半といえど、確かに実例はある。


 また、そうした人々は皆、特別な知識や力を持っていた。たとえば国家随一の算術家が忘我し涙を流すほどに冒涜的な異界の算術知識。生まれてすぐの赤子を湯につけることで身体を温め、死亡率を激減させた産湯という習慣も自称・〈界渡り〉によって千年ほど前に齎されたという伝説が残っている。


 あるいは、古の魔王戦争において魔王率いる1000万の大群を残らず撃滅し、魔王そのものすら打倒した九英雄。彼らもまた空を飛び火砲を放つ鋼鉄の鳥や、魔王すらも知らない魔法などを武器に戦ったと史書は記している。


 そうした特別な、この世のものと思えぬ知識、力、物品――を持っているのでなければ〈界渡り〉(フォーリナー)を名乗ってもすぐさま偽物扱いされるのが常であった。

 そしてこの空中庭園は、まさしくそうした歴史上の〈界渡り〉達のそれと同列の、場違いな物(オーパーツ)であると言えた。


「こんな不可思議な島を見せられては、今のところ頷くしかないな……」

「不可思議、ですか?」


「ああ。こんな巨大な物が天高くを浮遊しているなど、王国の誰も信じなかった。私も、正直に言えばこうしている今でも信じられない思いだ」


「なるほど……この世界の方々にとっては、この空中庭園はあり得ざる存在なのですね」


 イザベルの言葉に反応してではないだろうが、ひとつの黒塗りの扉の前で執事は立ち止まった。

 彼は軽やかに環状のノッカーを持ち上げ、その存在目的を果たさせた。


「お嬢様、お客様を連れて参りました」


 ゴンゴン、と重々しい響きと共に執事の凛とした声が耳朶を打つ。


「どうぞ、入って構いません」


 扉の向こうから響いた主人のものと思しき声は、なんとも耳を蕩かせた。

 甘やかで、鼓膜から染み渡り全身を愛撫するような音による快感が、客人たちを支配した。


 執事の手で、これ以上ないほど丁寧で静かに扉が開け放たれる。

 すると、音に聞く帝国の至宝たる香木〈ラン・ジェット・イー〉を連想させる、艶やかな香りが部屋の中から溢れ出た。

 鼻孔をくすぐり濡らす、切なく甘美な刺激に一同は恍惚となった。 


 それと同時に、彼女らがこれまで油断なく保とうと努力してきた警戒感が、音を立てて崩れ去っていったことに、本人たちは気付けなかった。


「ようこそ、皆さん」


 それは、人を狂わせかねない魔性の旋律を口で奏でている、傾城傾国の音楽家の姿を目にした所為せいだったのかもしれない。


 美麗という言葉を化石にするその面貌は、見るものを釘付けにして離さないものであったし、なだらかな肩を流れる黒髪はすべての色の内で黒こそが最も美しいのだと確信させた。


「この場所に皆さんをお迎えできて、大変嬉しく思います。わたくしが当屋敷の主、トモエです」


 咲いたばかりの白百合が恥じらって蕾に戻りそうな、満面の笑みでそう言われてなお警戒しろというのは、どれほどの修羅場をくぐった戦士にも不可能であったろう。


「カノッサ王国天馬騎士団、団長のイザベル・クロス・マルヴィン以下12名。この度はお招きに預かり光栄の至り」


 気づけばイザベルは、偉大なるカノッサ王に対してそうするように跪き、頭を垂れていた。

 優雅さが、気品が、知性が、高貴さが、存在としての格の何もかもが違うと認識し、自然とそうしていたのだ。


 ――これは、まずい。何か魅了系の術中に陥ったのでは?

 そう胸中に抱いた危惧すらも、脳を支配する甘い香りが包み隠し消し去ってしまう。


「わたくし、この世界に来たばかりで何もわかりませんの」


 ああ、耳を通りぬけ身体の芯を融解させるその音色のなんと心地よいことか。


「皆さんには、色々と教えていただけると嬉しいですわ」


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