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空中に情報窓が3つ浮かんでおり、その中にはペガサスを駆る女騎士と、その同伴の騎士たちが映しだされていた。まっすぐ近づいてくるのを見ても、目的地はこの空中庭園で間違いないだろう。
「如何いたしましょうか、トモエ様」
「あら、お前はそんなことも言われないと決められないのかしら。グズね」
薄暗い部屋の中で、主人の毒の舌鋒が執事を貫いた。
二人の整いすぎた顔立ちはVRゲームのグラフィック故だが、美人令嬢の傍に控え畏まる美形の執事というのは非常に絵になるものだ。
「至らぬ従者で申し訳ありません」
男は毒など気にも留めていない様子で、平然と謝罪の言葉を返していた。
その表情は鉄面の無表情で愛想は欠片もないが、そのことが彼、アヤトの人形のような顔立ちと従者らしさをかえって際立たせている。
ちなみに言えば二人の関係性と容姿は、実のところ現実とそう大差がない。
執事と令嬢、そして美男子と美女という点においてだ。
「お前が使えないのはいつもの事だから、謝罪など要らないけれど」
嘆息して、令嬢は紅茶の入ったカップを傾けた。
芳醇な香りが口中から全身に広がり、普通ならば恍惚となるところだが、彼女にとっては飲みなれたものよりも味が落ちる。大した感慨もなくカップを置いて、従者にこう命じた。
「入ってきたら丁重にお通ししなさい。もちろん彼女たちの警戒を解くために、最大限努力するように」
「かしこまりました、お嬢様」
丁寧に一礼して、従者は拝命した。
彼女の基準では使えない従者に命令した所で、さてとトモエは考える。
斥候の任を帯びて来訪したのは天馬を駆る騎士団。事態は概ね予想のとおりだと言える。
彼女らをいかにして操るか。題目はそこであり、いくつもの計画が既に彼女の頭の中には完成していた。
と、暗く影になった部屋の隅から、スープを下品にすするような野卑で不快な音がする。
そちらに向けてトモエは手招きした。
「いらっしゃい、オクト」
呼びかけに応えて影からズルズルと這い出てきたのは、蛸の頭部を奇怪に歪め膨らませたような不定形でなんとも言いがたい生物だった。
体表は乾いているが、八本の触手とその吸盤にはぬらぬらと光る水ではない何かによる湿り気があり、それが音を立てていたらしい。
「よしよし、いい子ね」
たおやかな、だがどこか空虚な微笑みを浮かべ、石塊のように歪んでいて乾いた頭部を撫ぜる。
彼女の様子はペットの猫を撫でるのとまったく変わらない。ただペットが少々おかしな生物であるだけだ。
「どうなるにせよわたくしの手の内……だけど期待もしているのよ。誰かが予想を裏切ってくれるんじゃないかって」
床と吸盤をこすりあわせて曰く言いがたい鳴き声を出しながら、オクトと呼ばれたペットは撫でられるに任せている。
調教済みのモンスターが、主であるトモエに逆らえるわけもないのだが。それでもオクトが噛み付いてくるのを、彼女は密かに期待しているのだった。
その期待に答えられるのは、オクトでもなければ、もちろん自分でもあるまい。従者はそう諦観していた。