地に伏せる竜
ノリと勢いに任せて書いてしまった衝動作品。お楽しみいただければ幸い。
設定が甘かったらすみません。
暇潰しにでもどうぞ。
白に近い白銀の瞳を、気味が悪いと言われた。
真っ白な雪のような竜体を、気持ち悪いと蔑まれた。
竜体と同色の髪も、異端の証だった。
黒い竜体に、赤い瞳。人型の時は黒い髪。それが一般の、正しい竜の色。
1体として例外はなく、全てが。
私は異端で異色。
だから私は竜の棲む天の国を追い出された。
白い竜の国。
神にほど近い神聖な国。
私がさっきまでいた、居場所のない生まれ故郷。私を突き落とした手は、もう既に引っ込んでいる。
あそこに私を必要としている人はいないのに。私があそこへ戻れる理由などないのに。
未練がましく、私は竜体へと変化する。
気流を掴み、上へと上がろうともがく。けれどもすぐに、私を迷惑そうに見る竜達の姿が思い起こされて、人型に戻った。
手を伸ばして、届かないことをよく実感する。そう、届かないのだ。私には。
私はそのまま、下へと落ちた。人の世へと。竜や神とは交わらない、人の世界。
そこなら、私は。私を必要としてくれる人と会えるだろうか。
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黒い雲が渦を巻き、1人の少女を吐き出す。
「パリエ。女の子が……いや、あれは。白い……竜神様?が、降ってくるよ」
「トーリエ王子殿下?竜神様は天の国に住まわれるお方。落ちてきたりしますまい」
トーリエ・エル・トワイリルト、トワイリルト王国第一王子にして王太子殿下。
青い瞳をすがめ、トーリエは空をじっと見上げていた。
王太子殿下専属教師、パリエ・イグスは溜息を吐き、トーリエの見る方角を見た。
果たして。トーリエの言う通り、白い塊のような。いや、あれは少女か。
少女が、小さな体を風に煽られながら落ちてきていた。落下速度は増すばかりで、あのままでは地に叩きつけられてしまう。
「殿下、あれは。竜ではありませんよ」
竜ならば、落ちたりなどしない。
その竜体は風に乗り、自然を操る神なのだから。
「……いいや、あれは竜神様だよ。だって、さっき竜になっていたからね」
「ならばなぜ今、竜にならないのでしょう。あのままでは……」
「わからない。けど。……行ってくる!」
「え?殿下‼︎お待ちください!」
言うや否や、トーリエは部屋を飛び出した。窓を見つめてる最中から足はソワソワと動き、その青い瞳は部屋を抜け出す隙を伺っていたのだろう。
パリエは老体に鞭を打ち、トーリエの後を追おうとする。途中、王太子殿下付きの護衛、ダズを見つけてパリエは追うのをやめた。
パリエは窓まで戻り、まだ高い上空を落ちている少女を見た。あんなに高い場所から落ちるなど、普通ではない。
ならば少女は、竜なのだろうか。
竜ならばなぜ、少女は落ちているのだろう。竜は天の国からほとんど出ない。
かつては竜に愛された国、などと言われたトワイリルト王国にも竜が訪れなくなって久しい。
もしも少女が本当に竜で、天の国を出てきた若い竜なのなら、この国を守護する守護竜になってはくれまいだろうか。
思いを馳せながら、パリエは顎を撫でた。
「全ては神の御心のままに」
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「……ここは」
確か私は、地面に叩きつけられたはずだ。ああでも竜の体は頑丈だから、死にはしない。怪我もすぐに治る。
腕や足を確認してみると、怪我なんてどこにも見えなかった。
あの高さから落ちて、怪我がないということは。大凡1週間ほど眠っていたのだろう。
大体の眠っていた時間を換算し、それからここはどこだろうと考えた。
白いシーツは清潔で、ふかふかとしている。ベッドに1度深く潜り込んでから、私は上体を起こした。
感じる気配から、ここは天の国ではない。恐らくは。
「人の世」
コンコン。
呟いた言葉に反応するように、扉が叩かれる。私は驚きで飛び上がり、それから、はい、と声を出した。
「起きた?」
扉を開けて入って来たのは、天の国では見ることのない、金髪碧眼の色を持った少年。
「あの……えっと。君は、竜神様なの?」
恐る恐る、と言った風に少年は近づいて来た。竜神様?と私は首をひねる。
「私は……神様じゃないよ。でも、竜……だと思う」
同族から迫害された私は、竜を名乗ってもいいのだろうか。
悩んだ末に、竜だと言った。だって私は、人間じゃないから。
竜だと名乗れなかったら、私は何者でもなくなってしまう。
少年は私の答えに少しだけ不思議そうにしてから、やっぱり竜神様だよ!と言った。
「僕はトーリエ・エル・トワイリルト。トーリエって呼んでほしいな。君の名前は?」
「名前?……名前なんてないよ」
本来ならば親につけてもらう。けれど私には、名前をつけようなんて誰にも思われなかった。名無しの白竜。
白い異端。それが呼び名。
「じゃあ、僕が付けてもいい?……あっ。竜神様にそんなことするなんて、失礼かな」
「私に……名前をくれるの?」
名前をつける、という行為は、それだけで意味がある。その生を最も肯定する行為。
トーリエは大きく頷いた。
「うーん。何がいいかな。……そうだ!真珠にしよう」
「ペルラ?」
「そう。僕の知っている、1番綺麗な白い宝石だよ。君はとっても綺麗な白だから」
「白い……宝石?宝石って、宝物のことでしょう?大事な宝物。その名前をくれるの?」
「ダメ?」
不安そうに、トーリエが聞く。
私は首を振った。ダメじゃない。
ただ、もう、言葉が出ない。泣きそうだった。いいや、もうすでに泣いている。
ポロポロと溢れる涙を、私は止められない。
「わっ。なんで泣いてるの?そんなに嫌だった⁉︎」
「そんなこと、ないよ……私、嬉しくて……」
誰も私に名前なんてくれなかった。それを、トーリエはくれた。
しかも、私が異端扱いされた白を綺麗と言ってくれた。
「そっか。良かった」
トーリエはホッと息を吐く。それから、恐る恐る私の頭を撫でた。
「嬉しい時は泣いてもいいって、パリエ……先生が言っていたよ」
だから泣きなよ、と優しく撫でられる。私を撫でる人は誰もいなかったのに。
竜達に疎まれた白い髪を撫で、私を慰めてくれる。人はなんて優しいんだろうと思った。
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多分私は、優しいトーリエが好きになったんだと思う。初対面のあの日既に。
トーリエが、勉強の時間だとメイドに連れて行かれて少し経った時、1人の老人が私の部屋を訪ねた。
私に帰る場所がないことを知ると、この国に留まればいいと言ってくれた。
私はこの国の竜神様、守護竜としてこの国に留まることになった。幸いにも私は名だけの神になることはなく、天候や自然を操る力は重宝された。
神として、上に立つ者としての教育をパリエに受けながら、時折息抜きのようにトーリエと遊んだ。
城の近くにある森に遊びに入ったり、メイドさん達と城でかくれんぼをしたり。
王都へも降りた。
私は居場所が欲しかっただけ。
私は誰かに必要とされたかっただけ。
私は自分の力を誰かのためにふるいたかっただけ。
私は……。
私は最近おかしい。
満たされれば満足すると思っていた。満たされたことがなかったから、それをただひたすらに渇望した。
でも、ひとつ満たされると新しい欲ができた。前の欲よりも、満たされにくい欲が。
私はトーリエの1番になりたいと思ってしまった。
「ペルラ!」
「どうしたの、トーリエ」
トーリエはすっかり大人になった。私も、あの日よりも成長した。
トーリエの身長はいつの間にか私よりも頭ひとつ分は優に超えた。
「隣の国の姫、シュアナ姫が来るそうなんだ」
シュアナ・ウィッツ・サラドンナ。隣国の姫で。……トーリエの婚約者。
トーリエとシュアナ姫が婚約を結んだのは、私が人の世に降りて2年後のことだった。
最初トーリエは、シュアナ姫との婚約を嫌がっていた。
けれども、何度もシュアナ姫と会う度にトーリエはシュアナ姫に惹かれていった。
私は間近で見ていたから、全部知ってる。
「ペルラ。私の国の守護竜様。どうぞ、この国に幸あらんことを」
改まった口調で、トーリエはそう言い微笑んだ。
「……私がいる限り、この国は栄え繁栄することでしょう」
私は守護竜。トーリエが名を与え、この国が居場所を与え、この国の王が立場を与えた。
微笑み、幸せを捧げることが私の役割。私の役割に、トーリエの妻になることは含まれていない。
何よりも、トーリエが望まぬ限り。
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数年経ち、トーリエはとうとうシュアナ姫と結婚式を挙げた。
民が祝福し、私はこのトワイリルトと共にシュアナ姫の母国サラドンナをも守護することになった。
トーリエに寄り添うシュアナ姫。
2人は親密で、私は見ているだけ。
幼い日、私はトーリエの側にあった。誰よりも、側に。
けれども私は、大きくなったトーリエの横には並べない。
王よりも立派な椅子に座り、王さえも下に置く存在。
だって、神だから。
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私は竜体になって、王国の上を飛んでいた。
数日前のことだ。私の元いた国から、竜が二体私を迎えに来たのは。
「白竜様。お戻りください、天の国へ」
竜の神殿として私のために作られた建物の謁見の間で、私は国王夫妻たるトーリエ、シュアナ姫と共に二体の竜を迎えた。
「追い出したのは、お前たちではないか」
二体の竜はどちらも、私の知る竜だった。私が天の国にいた時、表立って私がそこにいることを否定した二体。
「勝手なのは承知の上。しかし白竜様、貴女様は異端などではなかったのです。貴女様は、強い力をもって生まれたが故に白を纏った方」
「我らの次の導き手、即ち次代の竜長。我々の過ちを赦し、国へお戻りください」
随分勝手な言い草だった。
私を追い出したくせに、居場所ができた今は戻れという。
私が最も居場所を欲していた、あの時にその言葉をかけてくれていたのなら。そうすれば私は、何の迷いもなく何の疑いもなく何の憤りもなくその手を取ったというのに。
「そんな勝手な!ペルラは我らの守護竜。今更返すわけには行かない!」
二体の竜にそう返したのは、トーリエだった。二体の竜は興味なさげにトーリエを見、それから笑った。
「返す?はっ、人間が何を偉そうに。この国など、白竜様のご慈悲で護られているに過ぎぬ」
「白竜様、お戻りになる障害としてこの国があるのなら、我らがこのような国は潰してしまいましょう」
二体の竜はそう言い放ち、止める間もなく行ってしまった。
数日後、竜達はこぞってこの国へと攻撃を仕掛け始めた。人間など、という言葉に偽りはなく竜達にとって人間とは少しの価値もないことはすぐに分かった。
私はただ、居場所が欲しかった。
最初はただ、それだけだったのだ。
満たされていた欲求も、無くす恐怖の前にはあっという間に枯れた。
私の欲は初期に戻り、居場所を守ると言う意味に変わった。
竜達は、この国を攻撃する。私はそれを拒む。
竜達は私を避けて攻撃するけれど、私はことごとくそれを阻む。
竜達は。私は。
埒があかないと気が付いた私は、竜達を攻撃すればいいことに気が付いた。
何も与えてくれなかったあいつらに、どうして私は今まで攻撃しなかったのだろう。
ああ私は、未だにあいつらに期待していたのか。
私はやっぱり異端だったらしい。
竜の血が飛び散ったここに、1人で立っている。私も無傷では済まなくて、身体中に怪我をしていた。
それでも致命傷には至らなかったらしくて、死にそうにない。
「ペルラ……」
声の方に目を向ければ、トーリエが立っていた。いつの間に?と思う。
「トーリエ。私はいったい、何者なの?」
竜を殺し、人を守った。
けれど私は人じゃない。
トーリエの瞳には恐怖の色があった。私がひたすらに竜を殺す姿を見ていたのだ。
やめて。そんな目で見ないで。私はあなたを、この国を守りたかっただけ。
言い訳も言葉も、私は紡げなかった。
「……我が国の、守護竜様。貴女様は、竜です。至高にして孤高の」
「そう」
そう。あなたは、私をもう友とは見ない。
私はあなたに、愛されたかった。
私は居場所が欲しかっただけ。
「トワイリルト王国国王、トーリエ・エル・トワイリルト。我は竜神。唯一の神だ。お前の国の守護竜となろう」
トーリエは私を呼ぶのではなく、声を掛けるのでもなく、ただ静かに頭を垂れた。