第三幕 3
第三幕 3
俺がテュルクワーズの元国王、ロレンツォのフリをすると宣言してから一週間。
素人ながら、ロレンツォの真似事はなかなかうまくいっていた。まあ、元々の外見が似ていたんだから、見た目を近づけるのはそう難しくない。
日本人を代表する黒髪は深い青色に染められ、シャツに短パンというラフな格好は、群青色の軍服とスーツを掛け合わせたような衣装に改められた。
だが、この格好が暑くて仕方ない。燦々と陽光の降り注ぐ中、ジャケットみたいな上着の下に長袖のシャツ着用とか、まともな温感のある人間のする格好じゃない。
そうかといって上着を脱いでシャツの袖を捲くり上げていると、その姿を見た第一目撃者のライライが、「ロ、レンツォさま……っ!」と泣きながら抱きついてきたのだ。どうやら、服を着崩した姿がかつての国王と酷似していたらしい。
そんなわけで、俺は嫌々ながらもきっちり服を着こんでいたのだが、それでも俺を見かける度に衛兵やメイドさんやらがハッとして動きを止めるもんだから、俺のストレスは日増しに積もっていった。
別に、故人を悼むなとは言わないし、似ている人物を見れば、それが別人だと分かっていても驚くのは仕方ないことだろう。
ロレンツォになりきるために彼の人と成りを調べたのだが、ある一点を除いては、ロレンツォは実に立派な王様だった。
彼が玉座に就任した当時は、まさにオスクロ国との戦争の真っ最中で、就任直後に戦場に立っていたという。それも、後衛から部隊を指揮するのではなく、先陣切って敵を倒して回ったというのだから、とんでもない王様だ。おまけに王族の財産を切り崩して、貧困地域や戦争被害者への補償に当てたというのだから、歴代国王の中でも最も優秀と褒め称えられ、国民の信頼も厚い。戦時中に捕虜として捕えられていた兵士たちも、ロレンツォのカリスマ性に惚れて戦争終結後、自国に帰りたがらなかったという。
まるで掃除機並の人間吸引力だ。ロレンツォにキャッチコピーを付けるとしたら、吸引力の変わらないただ一つのロレンツォ、これに決定だ。
だが、どんな英雄にも必ず欠点はある。
頼んでもないのに、俺に五人も妃候補を用意していた時点でなんとなく察しはついていたが、テュルクワーズの国王ロレンツォは、すこぶる女癖が悪かったらしい。正妻のオリネラさんを始め、三人の嫁に、五人の恋人、一晩ひっかけただけの相手は数知れないという。もしもこれが現代日本で起こったことなら、女から刺し殺されても文句を言えないだろう。しかもやつの守備範囲は恐ろしく広いらしい。
俺の教育係を命じられるまでは、ロレンツォの臣下を務めていたアレクさんが滔々と語ったところによると「下は十三から上は六十まで。加えてあの方は差別偏見を一切されないお方でしたから、性別はとわ――」
「だあああああっ!! もういいっ! もう聞きたくない!」
おぞましい想像をしないよう、俺は寿限無と元素の周期表、イオン化傾向の大小、さらには数字の単位を一から無量大数まで唱えるはめになった。それでも、胃が捩れているようなムカつきは治まらなかったが。