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第三幕 2

第三幕 2


 白馬に乗って現れたエスターさんに、アレクさんがいきなり謝罪をしてから一時間後。

 俺は宛がわれた自室に一人でいた。

 いったい、アレクさんは何をしたのか?

 俺を王にする任務の失敗に対しての謝罪かとも思ったが、どうやらそうではないらしい。庭から城へ帰る道すがら、いつもと違い妃候補を自称する女性たちも沈痛な面持ちをしていたことから、少なくとも彼女たちにも関係のあることなのだろう。あの天真爛漫なライライでさえ、姉の手を握りしめて今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 エスターさんが俺を見て、どういうことか訊ねたのだから、アレクさんの落ち度は俺に関することで間違いない。

「……そろそろ、はっきりさせないとなあ……」

 それが何かは分からないが、何であるにせよ、手付かずで放り出していたものを片づけるリミットはすぐそこまで来ているのだろう。

 カッカッカッ、と取り付けられた金具が扉を叩く音がした。

「リセイ様、よろしいでしょうか?」

「どうぞ」

「失礼いたします」

 入ってきたのはこの城の衛兵だった。できるだけ人を近づけないようにしていたため、衛兵の人と面と向かって話すのはこれが初めてかもしれない。

「アレクサンドル・エティエンヌ・ミゴール卿がお呼びです」

 アレクさんのフルネームなんて久々に聞いた。よくもまあ、噛まずに言えるもんだ。

 感心しつつ、「分かりました」と言って椅子から立ち上がる。

「ついてきてください」

 踵を返した衛兵について廊下を歩き、螺旋階段を下りてさらに歩き続ける。城内はダンジョンさながらの複雑さで、存在すら知らなかった広間を横切り、二階まで天井の吹き抜けている廊下を通って、衛兵はようやく木造の両開きの扉の前で止まった。

「失礼します」

 扉に付いた金具を打ち鳴らし、衛兵が声高に中へ呼びかけた。

「リセイ様をお連れしました」

「どうぞ、お入りください」

 許可を得た衛兵は滑らかな飴色の扉を開いた。中に一歩入った所で立ち止まり、頭を垂れる。

「失礼します……」

 衛兵に会釈で促され、俺は遠慮がちに入室した。衛兵が扉を閉めて退室し、外部と遮断される。

  室内はそこそこ広く、学校の校長室の二倍はあった。様相はこれまた校長室とよく似ており、こげ茶色の木製の机が窓際に置かれ、部屋の大部分を四つのソファーが占めている。二人掛けのソファーは向かい合って置かれ、その間には高さの低い長机が置かれていた。

 ソファーにはイザベルさんが腰かけており、その向かいには、それまで座っていたであろうエスターさんが直立して俺を見ていた。

「どうぞ、おかけください」

「えっ、はい、ここですか……」

 扉の横に立っていたアレクさんに促され、俺は校長机に座らせられた。少し固めのマットレスは、目先の快適性こそないが、長時間座っていても疲れを最小限に抑えてくれそうだ。

 俺の着席を見届けて、アレクさんはエスターさんの隣に腰かける。室内に張りつめる雰囲気がただならぬものであることは、これまでイザベルさんが一度も声を発さないことから容易にうかがえた。

「ライライとドミニカさんはどうしたんだ?」

「部屋で休んでおる。大がかりな言霊術を使って疲れたのじゃろう」

 庭からの帰り道に見た二人の様子は、疲れたというよりも、何かを恐れているような、怯えたもののように思えたが、俺はそれ以上深く訊ねなかった。

「……それで、これはなんの集まりですか?」

 こういうときの進行役はアレクさんだろうと、彼に視線を転じれば、逃れるようにオレンジ色の瞳が泳いだ。

 代わりとばかりに、エスターさんが一度は腰かけたソファーから再び立ち上がって直立不動の体勢をとる。

「改めてまして、自己紹介をさせていただきます。自分はバルタザール閣下直属の特別警邏隊隊長のエスター・ノルデンシェルド中佐であります。今回はフィアンマ国への会談へ向かわれるリセイ様の護衛のため、やって参りました」

「あー、その会談にも関係することですが、俺から話があります」

 エスターさん以外、口が重いらしいので、自分から切り出すことにした。

 これを言ってしまうと、今の衣食住に不自由しない生活を脅かす可能性があるのだが、いつまでも先延ばしにできることではない。

「俺は、この国の王様にはなりません」

 驚いたことに――少なくともそういう雰囲気を出しまくっていたつもりの俺としては、彼らもおおよそこうなることを予想しているだろうと思っていたのだが――三人は一様に目を丸くして俺を見た。イザベルさんなんて、口を少し開いたまま硬直している。

「そんなに驚ことですか?」

「ど、どうしてですかっ!?」

 面倒くさいから。

 そう言おうとして、それじゃあんまりだろうと言葉を繕う。

「適任じゃないからです。部外者の俺から見ても、次の王にふさわしいのはロレンツォの子供です。例えば俺が王になったとしても、その子が大きくなれば俺の存在はどう考えたって邪魔になります。下手したら、その子と俺、どちらが王様にふさわしいか、ドラマとかでよくある後継者問題になりかねません」

 そういえば今期は、とある会社の社長の座を巡って正妻の子と愛人の子供が会社の重役たちを巻き込んで争うドラマをやっていたな。あれ、最終回はどうなるんだろう?

「だからと言って、その子が大きくなるまでの代行というのも無理です。あー、この国の成人年齢が何歳かは知りませんが、少なくとも十数年間はあるでしょう。はっきり言ってその間、右も左も分からないような異世界で、生きていくどころか王様を務める自信なんて、俺にはありません」

 そもそもやる気もないが。

「それは、わたくしどもが誠心誠意、リセイ様をお助け致しますから!」

 アレクさんの懇願に、しかし俺は首を横に振った。

「――〝だから〟無理なんです。アレクさんは今、俺が王の代行をしたら、という前提の下に発言をしましたよね?」

 俺の言わんとしていることを察したのだろう、アレクさんはハッとなって顔を俯けた。

「アレクさんは今、俺が王の代行をするという仮説を、一度も拒否することなく容易く受け入れました」

 俺が代行をしたら、という話を聞いた時点で、彼らが「代行ではなく、真実、唯一無二の王となってほしい」と言えば、また話は違っていただろう。

 しかし、ここにいる三人の誰一人として、否定をしなかった。どころか、彼らは水を呑み込むように易々と俺の仮説を受け入れた。

 つまりは彼らも、少なくとも一度は、ロレンツォの子供が大きくなるまでのつなぎ役として俺を使うことを考えていたというわけだ。

「ここにいる人が否定しなかったことを、他の人間が否定するとは思えません。となれば、俺が王に就任したところで――経緯はどう語るにせよ――俺を偽物か、よくても代替品ぐらいにしか思わないでしょう」

「リセイ殿っ! 偽物など……妾も、ここにいる者たちも、一瞬たりとて思うたことはない!」

「それは分かってます」

 半ば糾弾するように強い口調でイザベルさんは言い放った。それに口先だけの同意を示して話を続ける。だって俺自身、ロレンツォの代用品としてしか自分を見れていないのだから、仕方ない。

「けど、そう思う者は少ないでしょう。そして、替えのきく王と知っていながら、それに従えるほど人間は素直にできちゃいません。多かれ少なかれ、反感を買うのは間違いない」

 王族や政治に関わるものの厄介さは、俺よりも彼らの方が身に染みて分かっているのだろう。三人とも、無言をもって肯定した。

「……前にアレクさんは言ってましたよね。二年前まで争ってた国に、ロレンツォの死を知られるとまた戦争になりかねないって」

 口にした戦争という単語の不穏さに、ヘドロを見てしまったような不快感を覚える。

 なんだって俺がこんな面倒臭いことに巻き込まれなきゃならないんだ?

「つまり、国外にはロレンツォの死を公表していないってことですね?」

「――ええ、その通りです」

「けど、ロレンツォの死を知らないのは他国だけじゃない。この国の国民も知らないんじゃないですか?」

 この国の総人口は知らないが、全員が全員、秘密を漏らさないというのはありえない。

 推測は案の定、「その通りです」とアレクに首肯された。

「それどころか、官職に就く者たちでさえも、ロレンツォが死んだことを知っているのはごく一部の者に限られる――そうじゃありませんか?」

「……なぜ、お分かりになったのですか?」

「簡単な話です。この城は、広さの割に人が少ない」

 俺のことを知る人間はできるだけ少ない方がいい――そういう意図が、端々から感じられた。

 先ほど初めて衛兵と面と向かって話したというのも、俺が人を寄せ付けないようにしていたことだけが原因じゃない。確かに、初日に不必要な世話を焼こようとしたメイドたちを追い返したが、それを含めても見かける衛兵や執事、メイドの絶対数は少なかった。食事の時に給仕してくれる人を含めても、十人いるか、いないかといったところだろう。さすがにオリネラさんや妃候補たちの世話もあるだろうから、全体数はもっと多いと思うが。

「そして、さらにその内のごく少数だけが、異世界から来た俺の存在を知っている、そうですね?」

「おっしゃる通りです……。ロレンツォ様の弟君たるリセイ様が異世界から来たことを知っているのは、ここにいる者たちを除けば、大臣閣下以上の者に限られます」

 予想通りの答えに、俺は満足した。

「よし、それなら、何とかなりそうだ」

 俺の晴れ晴れとした笑顔を見て、三人とも訝しそうに眉を寄せる。

「と、言いますと?」

 エスターさんが代表して訊ねてきた。

「三週間後のフィアンマ国との会談です。ロレンツォが死んだことを知っている者が少ないなら、俺がロレンツォのフリをしても、バレる可能性は低いでしょう」

「ですが、リセイ様はさきほど、王の代行をされるおつもりはないと仰られたばかりでは……?」

「十数年なんて長い期間はごめんだ、って言ったんです。けど、三週間ぐらいならやってできないことはない。せっかくの平和が俺のせいで壊れるなんて、後味の悪い思いはしたくないですしね」

 三日だが、衣食住を世話になった恩もある。王様の真似事なんて、芝居経験のない俺に務まるかどうか、自信はないがやるしかないだろう。

「幸い、俺とロレンツォは外見だけだが、似てますしね。髪は染めて、眼鏡は外して目にカラコンでも入れれば――ん? あるのか? カラーコンタクト」

「からーこんたくと?」

 聞き慣れない単語だったのだろう。イザベルさんが首を傾げた。

「あ、いや、無いならいいです。サングラスかけるなり、方法はありますから。あとは、王様らしい格好をすればハリボテながら見栄えはなんとかなるでしょう」

 サクサク話を進める俺に対し、三人は戸惑っているようだった。会談を無事に行えそうなのはいいが、俺の王様になる気はない、という宣言を受け入れかねている――そんな様子だ。

「どうしても、テュルクワーズの王になって頂くわけには参りませんか……?」

「そなたに辛い思いはさせないよう、妾たちが力を尽くす」

「王様って、そんなに悪いものではないと思いますよ? 確かに、この国で生活する者たち、全てに対して負う責任は過大なものでしょう。ですが、それは王一人が負うものではありません。みんなで負うものです。――だから王様は、一番、束縛される存在ですが、最も自由でもあるそうです」

「俺には無理だ」

 三者三様の説得をにべもなく断る。数ミリだけ、迷いが生じたがここで毅然と断らなければ、この先一生、面倒事に巻き込まれることになるだろう。

「言いましたよね。俺を王様にすれば、今は良くてもこの先、面倒な問題が起きかねない。会談を成功させて、フィアンマ国と仲良くなって、協力関係を築ければロレンツォという抑止力がなくても、相手の国も迂闊なことはできないでしょう。そうなれば俺はお払い箱です。あとはロレンツォの子供が大きくなるまで、この国自身の力で、この国に住む人たちが力を合わせて平和維持に努めるべきです。……ちょっとキツい言い方になってしまいますが、今まで異世界にほっぽてたのに、必要になったら呼び戻すなんてのは、少し都合が良すぎませんか? 自分たちの力で乗り越えられないような問題を、他者の力を借りて退けても、次に同じレベルの問題が起きたらどうするんです? そのときも、都合のいい誰かを探して回るんですか?」

 それこそ、こんな部外者のガキに言われるまでもないことだろう。「お前に言われるまでもない!」と、誰か一人でもキレて怒鳴り返してくるかとも思ったが、三人とも俺の言葉を真摯に受け止めたらしい。自問自答でもしているのか、顔を俯けて押し黙ってしまった。

 うっ、罪悪感……。抑えてきたというのに、苛立ちに任せて、ついつい要らない事まで言ってしまった。

「あー、その……調子に乗って生意気言いました……すいません」

「いえ、リセイ様が謝られる必要はありません。あなた様の言う通りです。我々は、あまりにもあなた様に頼ろうとしすぎました……」

 ショボくれるアレクさんが泣き出さないうちに、話を切り替えよう。

「とにかく! 今は会談を成功させることに集中しましょう! 誰が嫌でも反対しても、三週間後の会談が終わるまでは、俺がこのテュルクワーズの王様代理です!」

 場の雰囲気を変えるため、敢えて声高に宣言する。

「――御心のままに。自分はリセイ様に従います」

 エスターさんが両膝をついて頭を下げる。忠実な配下の礼に、くすぐったいような気恥ずかしさを感じたが、王のフリをするなら堂々と受け入れなければならない。

「わたくしも、リセイ様に忠誠を誓いましょう。たとえ御身が玉座の主にあらせられずとも、わたくしの主はリセイ様ただ一人です」

「妾も、そなたの五人の妃候補を代表して誓おう。決してそなたを裏切らず、そなたのためならば、病めるときも健やかなるときも、この身を捧げる」

 なぜそこで、結婚式でよく聞く誓いの言葉が入るのか? 気になったが、文化の違いだろうと深く追及しないでおく。

 三人とも跪き、胸の前で両手を組んでいる様は、神に祈りを捧げる信者のようであった。今にも、讃美歌と「アーメン」という祈りの言葉が聞こえてきそうだ。

「君たちの気持ちはよく分かった。一緒に頑張って会談を成功させよう」

 握手でもするべきかと、エスターさんに近づいて右手を差し出す。

「わだぁっ!」

 直後、炎にでも触れたかのように俺は右手を引っ込めて後ろに飛び退いた。

 な、なっ、なにしやがんだこのガキはっ!?

 驚きのあまり声も出ない俺を、跪いたままのエスターさんが不思議そうに見上げてくる。

「リセイ様は、あまり女性と触れるのに慣れていらっしゃらないそうでして……」

「それ以前の問題だっ! い、いきなりっ、人の手にくくく口づけるやつがあるかっ!!」

「手の甲への接吻は、尊敬の証です」

 にこりともせず、真顔で言うエスターさん。

 そういえば洋画で見たことあるな――って、いきなりやられたらビックリするだろ!

「エスター中佐がよいのなら、妾もよいのじゃな?」

 腕を掲げて近づいて来るイザベルさんから、慌てて校長机に回り込んで逃れる。

「い、いいわけあるかっ! 二度と、俺の肌へ他人の唇なんぞ触れさせん!」

「残念ながら猶予はあと三週間しかないからのう」

 獲物へ狙いを定めるように、イザベルさんは目を細めた。

 彼女の言う通り、あと三週間すれば俺は国王などという面倒事から逃れられる。そうすれば妃候補である彼女たちと関わる必要もなくなるわけだ!

 追及されないよう、話の中には出さなかったのだが、見逃してくれるほどイザベルさんは甘くなかった。

「なんとしてでもその間にそなたを落とさなければならなくなったからのう。妾も、今までのようにのんびりとしておれぬ。すまぬがリセイ殿、もうそなたに合わせてゆっくりお互いの距離を縮めることはできぬぞ」

 距離を縮めた覚えはないけど!? 少しは親しくなったかもしれないが、それだって他人が顔見知りになった程度だ!

「言ったことあるが、俺は女嫌いで、その上誰も愛せないんだ。他人を好きになれない。だから、俺のことは諦めてくれ!」

「それは、そなたがまだ何も知らないだけじゃ。聞いたところによると、好きという感情は快楽と密接に通じておるらしい。手始めに、妾とそなたの寝室を一緒にしよう」

 手始めっていうか、ある意味ゴールですけど!?

 そして俺にとっては墓場も同然なんですけどっ!?

「ミゴール卿、すまぬが、手配を頼んでもよいか?」

「アレクさん! そんなことしたら許しませんからね! それと、王様命令です。今すぐ俺の部屋の鍵を下さい!」

 アレクさんは困ったように、俺とイザベルさんを交互に見ていたが、やがて「申し訳ありません」とイザベルさんに謝った。懐から鍵の束を取り出し、銀色の物を一つ取り外す。

「こちらでございます」

「ありがとう」

 やったぜ! 王様の権利として俺は、とうとう自室の鍵を手に入れたぜ!

 ――あれ? 王様の権利ちっさくね?

「ま、まあいいか。とにかく、こうして身の安全も確保できたわけだし」

 机越しに身を乗り出して鍵を奪おうとしてきたイザベルさんから、背中を反らして逃れる。

「ロレンツォの真似を完璧にこなすための練習をしないとな」

 まずは形からだ。

「何かロレンツォがいつも身に付けていた物とかありませんか?」

「……腕輪が、ございます」

 少しの沈黙のあと、アレクさんが躊躇いがちに答えた。

「ですが、それはここにはありま――」

「いえ。バルタザール大臣のご命令で自分がお持ちしました」

「持って来た、ですって?」

「置いてはおけないだろう、とのご判断です。事実、あの腕輪がロレンツォ様と離れているのは不自然なことです。会談に向かわれるのであれば、身に付けてしかるべき。逆を言えば、腕輪を付けていなければどれだけ外見が似ていようとも、偽物であることは明白です」

「……ですが、まさか本当に腕輪を付けるわけにはいかないでしょう?」

「自分は一兵卒にすぎません。それらの判断をする立場にも、意見を述べる権利もありません」

「なんかよく分からないが、危険な腕輪ってことか?」

 例えば時限爆弾が仕込まれているとか。

 図らずも、俺のこのふざけた推測は当たった。

「呪いの腕輪なのでございます。一度付ければ最後、装着者が死ぬまで外れません」

「まさか、ロレンツォが死んだのも、その腕輪が原因なのか?」

「いいえ、違います」

「違います」

「そうではない」

 同時に首を振った三人は、どういうわけか三人とも苦いものを噛んだような、喉の奥に魚の骨が刺さったような微妙な顔をした。

「なら、ロレンツォの死因は何なんだ?」

「……」

 沈黙。だがそれは、悲しいというよりも、言うに言えない、といった雰囲気のものだ。

「――そうだ、自分はその腕輪を取って来ますね」

 おまけに、あからさま過ぎる逃避をしようとする。しかもそれは、エスターさんに限らなかった。

「エスター中佐、あなたはこの城に着いたばかりで不慣れでしょう。わたくしが取って来ます。どこにありますか?」

 相手の答えも聞かないうちに、アレクさんは部屋から出ていこうとする。

「そんな、ミゴール卿に取りに行って頂くわけには参りません。自分が行きますので!」

「う、うむ。妾はそろそろ失礼するとしよう。ラインハルト姉妹の様子も心配じゃしな」

 アレクさんとエスターさんはぶつかり合うようにして部屋から出ていき、残されたイザベルさんは独り言みたいな言い訳をして飴色の扉の向こうに消えた。

「なんだ、あの反応は……?」

 音もなく木の扉が閉まる。それはまるで、俺の質問に対する三人の拒絶を表しているようであった。

 エスターさんが現れてからのアレクの反応はおかしかったが、今の逃走は一段と怪しい。

「そういえば、アレクさんの落ち度ってのはなんだったんだ?」

 自分の話に夢中で、肝心の話をするのを忘れていた。

「まあいいか。ロレンツォの死因と合わせて、また今度聞いてみよう。それより、俺はどうすればいいんだ? ここで待ってたらいいのか? それとも部屋に戻っていいのか?」

 当然だが、答える者はいない。


 たとえ、答えがすぐに返ってこなくても、訊ねるべきだったと、俺はあとになってこの時のことを少し後悔した。


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