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第二幕 2

第二幕 2


「きっかけはね、オスクロ国がまた怪しい動きを見せ始めたからなの」

 昼食後、まるで打ち合わせでもしていたかのように、妃候補の四人は俺の部屋に来ていた。

 追い払おうにも、俺は女に触れないし、アレクさんに頼んでも「あの……その……」と狼狽えるばかりで力にならず、残留に目をつむるしかなかったのだ。

「オスクロ国っていうのは?」

 仕方なく、俺は部屋の扉の脇に、ラインハルト姉妹とヴィリオーネは俺のベッドに陣取り、イザベルさんは、部屋に備え付けられていた椅子に腰かけ、アレクさんは部屋の角に立って話している。アレクさんは再三、もう一脚椅子を持って来るから座るよう俺に勧めてきたのだが、いつでも部屋から脱出できるよう、俺は頑なに扉の傍から離れなかった。

「あのねー、ずっと戦ってたところなの」

「……二年前、和解した」

「なるほど、分からん。アレクさん、解説をお願いします」

 不十分なラインハルト姉妹の説明に補足を頼む。

「オスクロ国とは十年間、武力衝突を繰り返してきました。ですが二年前、ようやくオスクロ国とテュルクワーズの間で停戦協定が結ばれて十年戦争は終結したのです。その十年戦争の発端となったのが、それまで親しくしていた隣国のフィアンマ国との不和なのです」

「そんな状況下ゆえ、オスクロ国の不穏な動きを安穏と見過ごすことができないのじゃ」

「それは先の大戦で傍観を決め込んでたフィアンマ国も同じ。向こうで何があったのかは知らないけど、今までこちらが何度話し合いを持ちかけても一顧だにしなかっていうのに、二ヶ月前にやっと応じるって返事がきたの」

「隣国のフィアンマ国との関係を回復しておけば、オスクロ国への牽制ともなりますし、また、有事の際には助力を請うこともできます」

「……でも」

 逆接の一言を発したのはドミニカだった。しかし、誰もその続きを言わない。

「――でも、肝心のロレンツォが亡くなり、会談に出られる人がいなくなった、と」

 仕方なく、俺が続きを引き受ける。

「……こちらから国王同士の話し合いを持ちかけた手前、テュルクワーズのみ代理をたてるわけにもいきません」

「それを言うなら、俺だって本人じゃないんだから代理にしかなりませんよ。ロレンツォの両親とか、他に代理が務まるような人はいないんですか?」

「先代国王様も、女王様も、先の大戦でお亡くなりになっているわ」

 長い金髪を複雑に結い上げた簪が、ヴィリオーネが首を振るのに合わせてシャランシャランと音をたてた。

「……王家の驚くべき人材不足は分かりました。でも、俺を連れ戻すかどうか、意見が分かれたくらいなんだから、どうしても国王同士の話し合いでなければならない、ってわけでもないんでしょう?」

「……」

 誰も否定しない。沈黙が俺の推測を肯定した。

「それなのにどうして君たちは、俺を矢面に立たせたがるんですか? アレクさんはさっき、俺に玉座へ就いて欲しいって言いましたけど、なぜ俺が王になってもいいと思うんですか? 普通に考えれば、政治や国同士の関係性どころか、この世界の常識も知らない俺を王にしようとは思わないでしょう?」

 問いかけに、すぐに言葉は返ってこなかった。

 よほど言いづらい答えなのか、アレクさんは俺から視線を反らす。

 それまでつまらなそうにみんなの顔を順に見ていたライライが「だってリセイ様だもん」と自信満々に答えてくれたが、それで分かるほど俺の理解力は高くない。

「どんな答えでも構わないから、本当のことを教えてください」

 アレクさんは俺から視線を逸らすと、助けを求めるようにイザベルさんを見た。彼女が小さく頷くと、観念したように一度目を閉じてから俺に向き直る。

「――あなた様が、ロレンツォ様と同じ魂の素質を持っておられるからです」

 そんな曖昧なことを言われても、いまいちピンとこない。この世界では、魂の素質とやらは遺伝するものなのか?

「つまり、俺がロレンツォの弟だからってことか?」

「そう、とも言えるかもしれません。……ですが、魂の素質について、どのような要素が組み合わさって能力が発言するのか、詳しいことはまだ明らかになっていないのです。ですから、リセイ様がロレンツォ様の弟君であることが関係しているのか、関係していないのか、誰にも分かりません」

 話合いに飽きたライライが、どこに置いてあったのか、遊具らしきものを取り出し、姉を誘って遊び始めた。ベッドという不安定な基盤の上にマス目の入った紙を広げ、おはじきのようなものとカードを姉と自分に配っている。

「先程も申しましたように、我がテュルクワーズは、長らく続いた戦乱の時に終止符を打ち、二年前にようやく平和を実現したばかりです。それもロレンツォ様の偉大なお力と怜悧によってもたらされたもの。しかし、その国に不穏な動きのある今、もしもロレンツォ様が亡くなられていると知られれば、また戦火が起こりかねません。――ですから、ロレンツォ様と同一の魂を持っておられるリセイ様に、テュルクワーズの王となっていただきたいのです」

「それは無理な話じゃないですか? いくら俺とロレンツォの顔が似てるとはいえ、あくまで似てるだけです。髪や目の色を見ればすぐに別人と分かります」

「いえ、わたくしどもは、リセイ様にロレンツォ様のフリをしていただきたいわけではありません。聖域で神身の証を立てれば、あなた様がロレンツォ様と同じ魂を持っていることが証明されます。そうなれば姿形が異なっていようと、あなた様がロレンツォ様と同じ力を持っていると、誰もが認めざるをえません」

「……――つまり、オスクロ国との戦争を治めたロレンツォの力を俺も持っていて、その力を示すことで相手の行動を抑制しようというわけですか?」

「……仰る通りでございます」

「その力ってのはなんですか?」

「地の縛りなく言霊術(げんれいじゅつ)を使える能力――〝邦土掌握アンリミテッド〟です」

「言霊術?」

「そういえば、リセイ殿はまだ見たことがなかったのじゃったな。良ければ、この後にでもお見せしよう」

「言霊術っていうのはねぇ、その土地に住む精霊の力を借りることなのよ」

いわゆる、魔法というやつだろうか?

「その、言霊術を使うのにはやっぱり、精霊とかと契約する必要があったりするんですか?」

 だとすれば、俺はまだ無能だ。誰にとっても何の脅威にもならないだろう。

「契約? ううん、そんなものは必要ないわ。ただ、普通はその土地に住む精霊に適応した性質の術でないと使えないの」

「……それを、ロレンツォは自由に使えたってことですか?」

「そうじゃ。通常、火炎の言霊術を使うには火炎精霊のいる土地に入らなければならぬ。ところがロレンツォ殿は、例えば火炎精霊のいないこのテュルクワーズでも火炎の言霊術が使えたのじゃ」

 俺の理解が正しければ、それはかなり恐ろしいことだろう。戦場において、敵が一系統の術しか使えない中、一人だけ反対の術を使って敵の攻撃を相殺することも、別系統の術を使うこともできるのだから。

「でも本当に、俺にそのアンリミテッドとかいう技? が使えるんですか? 俺はこれまで一度も、その言霊術とかいうのを使ったことがないのに?」

「ある。……ロレンツォ様、そう言ってた」

 誰よりも早く、嬉しくない肯定をしてくれたのはドミニカだった。妹と同じ、明るい茶色の双眸に自信を滾らせて俺を見つめてくる。あんまり無邪気に信じこんでいるので、「俺としてはそんな能力ない方が嬉しいです……」とは言えなかった。

「……分からないな……。なんで君たちは、昨日今日現れたばかりの俺を信じられるんですか?」

「……昨日今日なんかじゃないわ」

「え?」

 ヴィリオーネのその呟きが、何か暗いものを含んでいる気がして俺は思わず聞き返した。

「実を言うと、妾たちはロレンツォ殿を通じてリセイ殿のことを、かねてより見聞きしておったのじゃ」

 なぜか、イザベルさんは少し焦ったような様子で告白する。

「見聞きしてた!? いったい、どうやって!?」

「水晶」

 単語だけで答えてくれるドミニカさん。

……できれば、もう少し長めの文章で答えて欲しかったかな。5w1Hを使ってさ。

「――ロレンツォ様はこう仰っておられました」

 子曰く、と孟子の言葉を引用する弟子のような顔でアレクさんは言った。

「リセイ様のことを『子であり弟であり、自分自身である』と」

「……なんだそれ?」

なにかの比喩か? まさか言葉通りの意味じゃないよな? そうだとしたら、俺が三人必要に――なるのか?

 頭の中をクエスチョンマークでいっぱいにした俺は、よほど間抜けな顔をしていたらしい。俺を見たアレクさんは微笑して、それを隠すように眼鏡の位置を正した。

「わたくしにも、この言葉の真意は分かりません。ですが、あなた様を一目見て、直感いたしました。リセイ様こそわたくしの仕えるべきお方だと」

「ワタシも直感したわぁ。この人がワタシの夫なんだって」

「違うもん! 最初にリセイ様を好きになったのはライライとおねえちゃんだもんっ!」

「時間でいうなら妾が一番じゃ。今思えば、あれは一目惚れじゃったのぅ」

 アレクさんに続いて、思い思いの告白をしてくれる妃候補たち。

「あ、そですか……」

 なんとなく、危険な気配を察知した俺は、ゆっくりと扉の取っ手に手をかけた。

「だいたいの状況は分かりました。他に、話すことはありませんよね」

「リセイ様が望まれるなら、テュルクワーズの現状について詳しくお話し致しますが?」

「結構です! これ以上新しいことを覚えられるほど脳内メモリーが残っていません!」

 自分の生い立ちや、フィアンマ国との会談について考えるだけでいっぱいいっぱいだ。

「リセイさまー、一緒にパピエ・マヒアしようよー」

 ベッドの上に広げたマス目上で、カードバトルらしきものをしていたライライが片手を振ってきた。合わせて、ドミニカさんも招き猫のように小さく手招きする。

「しないよ? 記憶野はもう埋め尽くされてるから、異世界のゲームのルールを覚える余裕なんてないからね?」

「なら妾と一緒に――」

「逃走という名の散歩に行ってきます!」

 イザベルさんの発言が終わる前に、叫び声を残して部屋の外へ脱出した。



 結局、考えを纏める余裕も殆どなく、午後は妃候補たちとの恐怖のかくれんぼに費やされてしまった。

 彼女たちは俺の食事にものり込み、あまつさえ風呂場にすら入り込もうとしやがったので一秒たりとて気が休まらない。

 そんなわけで部屋のベッドに突っ伏したとき、俺は野外活動で登山をさせられたときと同じぐらい疲れ切っていた。精神力が著しく削られたので、もしかしたらあのときより疲労困憊しているかもしれない。

 快適さを追求した寝床に誘われるまま、俺はものの十秒で気を失うようにして眠りについた。


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