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終幕

終幕


「――なっっんで、君たちがここにいるんだよぉおおっっ!?」

 迂回に迂回を重ねてオスクロ国を出た俺は、広場での一件から五日後、ようやくフィアンマ国の首都キールバグに到着した。

事前の話し合いで、アドリア―ナ女王が避難場所としてフィアンマ国に滞在することを許してくれたのだ。それには俺だけでなく、オスクロ国で俺に殺されたことになっているネストール・ベルゲンや行方不明を装った人たちも含まれる。

女王との再会の挨拶もそこそこに「みなさんお待ちですよ」と城内の一室へ通されて、当然のようにそこにいた五人の妃候補たちに俺は冒頭の第一声を上げた。

「遅いわよぉ、ダーリン」

「やっと来たー!」

「おか、えり……」

 テュルクワーズに置いて来た三人がいるのは、まだ分からなくもないのだが――

「ずいぶん遠回りをしたのじゃのぅ」

「ご無事でなによりです」

 ボンダで落ち合う約束をしていたイザベルとエステルがいることには心底驚いた。

「いや、ホント、なんで君たちがここにいるんだ? アレクはどうした?」

 リセイの妃候補。ロレンツォの側室。そう呼称されていた彼女たちが、俺がいなくなっても困らないよう、ライライとドミニカは中等学校へ入れ、ヴィリオーネは彼の夢だという服飾関連の仕事ができるよう準備し、共犯を疑われるかもしれないイザベルとエステルはアリバイ工作をして無実を証明できるようアレクと用意していたというのに――……揃いも揃って全員、テーブルを囲んでお茶してやがるのだ。

「それを話す前に、まずライライに説明してあげてちょうだい。この子、まだよく分かってないみたいだから」

 言いつつ、ヴィリオーネが新聞と一枚の紙を渡してきた。新聞には『彼の覇王ロレンツォ・デ・パブロ殺害!!! 犯人は今なお逃走中!!!』というセンセーショナルな見出しがついている。もう一枚の紙の方は指名手配所で、絢爛な衣装を着た見知らぬ男の姿が映っていた。

釣り目で唇の薄い不健康そうなこの顔が、あのとき、イザベルの言霊術によって被せられていた俺の偽の顔だ。俺の持っているオスクロ国発行の新聞にも同じ似顔絵が載っていて、『ロレンツォ国王を殺害した犯人、今度はウィリアム国王の命を狙う!!? 目的は両国の和平崩壊かっっ!!?』などと、声に出して読めば血管が切れそうなほど激しい論調が展開されていた。

「……今回の一番の目的は、オスクロ国との戦争回避だ」

 テュルクワーズを発つ前に一度、計画の概要を話したのだが、やはりライライは殆ど理解していなかったらしい。ピンクの髪を揺らして「でも」と首を捻った。

「リセイさまがいなくなったら、それはできないんじゃなかったの?」

「それが問題だった。俺が――正確にはロレンツォという脅威がないと分かれば、危ういところで保たれている平和が崩れかねない。だが、国王の死なんて、そうそういつまでも隠し通せるものじゃない。たとえ身代わりを立ててもな」

 そこで俺は、ロレンツォの死を明かそうと考えた。そればかりか、彼の死を利用してオスクロとテュルクワーズが戦えない状況を作ってやろうと思ったのだ。

「ライライ、例えばロレンツォがまだ生きているとして、そのロレンツォが悪い奴に襲われて怪我をしたらどう思う?」

「ライライが代わりに、その悪いやつをやっつけてあげる!」

「そういうことだよ」

 少年漫画とかでよく見かける手法だ。単独では勝てない強敵を倒すために、主人公とライバルが手を組み、激闘の末に二人の友情パワーで倒す――幼い頃はその展開に胸を熱くしたっけなぁ。

「みんなは、俺がロレンツォを殺して、そして、姿を変えてオスクロの王様を狙ったと思ってるんだよ」

「ちがうのに! リセイさまそんなことしてない!」

「いいんだよ。みんなが騙されて、俺に注意が向いてる間は、戦争なんて馬鹿なことをしようとは思わないだろうからな」

 テュルクワーズ国民にとっても、オスクロ国民にとっても俺は憎むべき相手でなければならない。共通の敵がいる間は、両国ともいがみ合うような真似はしないだろうし、万が一、王や貴族が戦争を強行しようとしても、国民がそれに反対するだろう。

「この手配書と新聞は国民に、凶悪な人物がいると印象付けるため、テュルクワーズを出る前から準備していたものだ。オスクロ国で俺がロレンツォの死を公表した直後に、国中に無償配布する手はずになっていた」

 予想外なことに、オスクロ国の新聞もそれを手助けしてくれた。シャムロフ大臣が手を回してくれたのか、あるいは記者の勝手な誇張なのか、オスクロ国で俺は百人余りを殺害したことになっている。……二日前はたしか、被害は約五十人と書かれていた気がするので、この分だと一週間後には、俺は村か町を一つ壊滅させたことになっているかもしれない……。

「そっか……リセイさまは、みんなのために悪者になったんだね……!」

 現状に至るまでの流れをライライが理解したところで、ドミニカが「……これ、最新」と今朝付けのテュルクワーズの新聞を渡してきた。

『――依然として犯人の行方は掴めておらず、両国合同の特別調査部隊は、犯人が西の深霧平原へ入ったものと見ている。なお、時を同じくしてロレンツォ様と懇意にしていた女性数名が行方不明となっていることから、安否が心配されるとともに、関連が疑われており――』

「ほら見ろ! せっかく君たちが今まで通りに暮らせるようにしてたってのに、全員揃っていなくなるから疑われてるじゃないか!」

「よいのじゃ。妾たちは国を捨てて、リセイ殿――そなたと生きると決めたのじゃから」

「はあ!? なんでそんな馬鹿なことを!?」

「あら、一番のお馬鹿さんは誰かしら?」

 揶揄するようなヴィリオーネに、自覚のあった俺は返す言葉がなかった。黙り込む俺に、ヴィリオーネは無駄に色気を帯びた眼差しを向ける。

「ワタシたちにとって、アナタは国なんかよりも大事。ただ、それだけのことよ」

 事も無げに、そしてどこか誇るように言いきる。

「自分は、リセイ様に命を救われました。それなら、この命はリセイ様のために使うべきです」

 溌剌とした軍人モードで恭しく礼をしたエステルだったが、「いえ……これは言い訳ですね……」と呟いて顔を上げた。

「――本当は、あなたの傍にいたいんです……!」

 耳まで真っ赤にして、囁くような悲鳴で本心を絞り出す。

「……わたしは……未練なんて、ない……リセイ様、いない方が……悲しい……!」

「だってだって! リセイさま、まだだれをお嫁さんにするか決めてないもん! だから、みんなで決めたの! リセイさまがだれかをえらぶまで、いっしょにいて待っていようって! だって、ライライたちはリセイさまのことが大好きだから!」

「俺は――……!」

 言葉が、続かない。

 ――ああ……畜生……!

 本当は、俺は、誰も選ぶつもりはないとか、選んだとしても君たちの中からとは限らないとか、そんなに好きだのなんだの言われても困るとか、言おうと思ったことはたくさんあった。

彼女たちのことを思うなら、心を傷つけることになっても、そう言って冷淡に拒絶して追い返すべきだったのに……。

「……――好きに、すればいいだろ……」

 現実に俺の口から出てきたのは、寛容と降参、そして嬉しさを滲ませたその一言だけだった。

「――リセイ様」

 俺たちの話が終わるのを待っていたアドリアーナ女王が、衣擦れの音をたてて膝まずいた。垂れた頭の前に組んだ両手を掲げるその姿は敬礼を表すもので、臣下が彼女へ向けてそうしているのを見かけたことがある。

「アドリアーナ女王!?」

「あなた様の献身と勇気に、私は最大の敬意と感謝を申し上げます。リセイ様のおかげで、この大陸は無益な戦火を免れることができました。本当に、ありがとうございます」

 ロレンツォのフリをして色々経験しておいて何がよかったって、こういうときに狼狽えずに相手の礼を素直に受け入れられるようになったことだろう。

「光栄です。自分からも、アドリアーナ女王の協力に心より感謝申し上げます。そして、しばらくの間は居候させていただく身として、改めて、よろしくお願いします」

 深く頭を下げる。

「こちらこそ。賑やかになりそうで嬉しいですわ」

 一同を見回してアドリア―ナ女王は相好を緩めた。

「居候? しばらくここに滞在するということか?」

「なんだ。それすら知らないでここに来たのか?」

「ヴィリオーネから、リセイ殿はフィアンマの王都に行くつもりらしい、と聞かされただけじゃからな」

 イザベルに一瞥されてヴィリオーネは「そういえば、まだ言ってなかったわね」と肩を竦めた。

「ダーリンは一か月、ここに滞在する予定なのよ」

「なぜじゃ?」

「ほら、一月後にはオリネラさんとロレンツォの子どもが生まれるだろ?」

 オスクロ国で大芝居を打つ直前、オリネラさんから便りが届いたのだ。

五枚にも渡る謝罪と、よければ赤ちゃんに会いに来てくださいという内容に、俺はその日の内に『是非!』と返事を出した。

「俺の甥っ子だぞ。会いに行かないでどうする!」

 自分でも意外だったが、甥っ子の誕生に心の底から歓喜が溢れてやまなかった。実は、ここに来る途中、立ち寄った町でデンデン太鼓を買っていたりする。……0歳児にデンデン太鼓は早かったかな……? 今度調べて、0歳児の喜ぶ玩具と、あって嬉しい子育てグッズを買っておこう。そうだ、ロレンツォから預かっていた伝言も伝えないと……。

 などと妄想している俺に、エステルが「リセイ様は」と声をかけてきた。

「これから、どうするおつもりですか?」

「そうよぉ。ワタシたちもいるんだから、今後の展望ははっきりしてほしいわ」

「勝手に付いて来たのはそっちだろ……」

 くね、としなを作るヴィリオーネに冷めきった眼差しを向ける。

 とはいえ、発案者は俺だ。同行者がいきなり五人も増えたことは予想外だったが、一つだけ、明らかなことがあった。

「とりあえず、ロレンツォの子どもが大きくなって、テュルクワーズが安定するまではこの平和を続けなきゃいけないからな。世間様に俺という極悪人がいることを忘れられないよう、定期手に大悪事でも働くか?」

 開きっぱなしの窓から、春の香りを纏わせた寒風が吹き抜ける。数か月後には緑の原を駆け抜けるそれに、なんだか急に可笑しくなった。

「しっかし、ただの高校生から一転して、一国一城の主となったかと思いきや、次の瞬間には二つの国から指名手配される大悪党とは。俺の人生、とんだ転落人生だな」

 だがそれでも悪くないと思っている自分は、本当に大馬鹿者だ。

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