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第八幕 2

第八幕 2


 翌日は朝から慌ただしかった。早くから女二人は連れだって朝風呂へ行き、その間に俺は宿の食堂で朝食を済ませた。

 祭りへ行くなら防寒具は欠かせないな、と部屋へ戻ったのが運の尽きで、扉を開けるなりイザベルとエステルの半裸に遭遇してしまった。イザベルは「大胆じゃのう」などと冗談めかして言い、エステルはいつかのあのときのように真っ赤で、俺もワタワタしながら「鍵くらいかけてなさい!」と速攻で扉を閉めた。

 外出する前からの俺の気疲れはまだ続いた。

 家族に女がいないので知らなかったのだが、女性の支度はものすご~く時間がかかる。なにをそんなにすることがあるのかと訊ねたくなるほど、一向に部屋から出て来ないのだ。部屋の扉の横で待っていると、やって来たアレクが「まるで妻を待つ夫のようですね」などとほざきやがったので軽く睨みつけた。

「心配なさらずとも、今日の逢引きの邪魔をするような無粋な真似はいたしませんよ」

「まだ言うか」

「すいません、あまりにも微笑ましい光景でしたもので」

 涙脆く生真面目なことで有名なアレクだが、これで意外と冗談を言うやつだった。眉尻を下げて一笑する様は、息子の成長を喜ぶ親のように温情にあふれている。

「ですが、別件で一つ。無粋な質問をしてもよろしいでしょうか」

「――本当に明日、決行するつもりか……そう訊きたいんだろう?」

 心の内を言い当てた俺に、眼鏡の向こうでオレンジ色の瞳が瞠られた。

「なぜ、お分かりに?」

「分かるさ。顔にそう書いてある」

 テュルクワーズを出立する前も、ここに来るまでの道中も、アレクは繰り返しそう訊ねてきたのだ。決行を明日に控えた今、彼が俺に訊ねたいことはそれしかない。

「やるさ。予定通りに。――だから、後のことを頼んだぞ、アレク。明日の成功の是非は俺だけじゃない、参加するやつら全員にかかってるんだから」

「……本心を申し上げますと、考えを改めていただきたいと、今でもそう思っております。しかし――」

 音がするほど強く歯を食いしばったあと、アレクはゆっくりと息を吐いた。

「我が主の英断です。……誓いましょう、リセイ様。わたくしは必ずや、あなた様が期待される以上の働きを致します」

「アレクサンドル・エティエンヌ・ミゴール卿、君の忠誠に心からの感謝を――ありがとう」

 ようやく覚えた彼のフルネームで感謝を告げる。

アレクは息を詰まらせると、片膝をついて頭を垂れた。

「お忘れにならないでくださいリセイ様、たとえ御身が玉座の主にあらせられずとも、わたくしの主はリセイ様ただ一人です」

 声の震えから、顔は見えなくても彼がまたもや感涙をしていることは容易に想像できた。

「……本当に、アレクは涙脆いなぁ」

 彼が俯いていることをありがたく思いながら目の端を拭う。

 思えば、出会ってまだ半年だが、アレクの涙をもう数十回は見た覚えがあった。いちいち感情移入しすぎる彼のその涙をうざったく思うときもあったが――冬になる前に木立が一斉に葉を落としたのを見て泣き出したときはさすがにドン引きした――大人になっても素直に泣けるという感受性の豊かさ――といより脆さ? ――は貴重なものだろう。それに、これだけの優しさを持っていながら、彼はバルタザールとでさえ一対一で意見を戦わせることができるほど、肝の据わった見識高い一面もあるのだ。

「無責任で済まないな。何かあったら、全部俺のせいにしてくれていいから」

「いいえ、そのような――ぐぇっ!?」

 引かれたカエルのような声を出してアレクが倒れた。

「す、すまぬ! 大丈夫かミゴール卿?」

 勢いよく扉を開いたイザベルが慌ててアレクに謝る。

「へ、平気です……」

 眼鏡の位置を正しながら、アレクはよろよろと床から起き上がった。

「それより、お二人ともよくお似合いですよ。控えめながら、見ていると惹きこまれる上品さがあります」

 普段なら大げさだろうと一笑に付すアレクの口上も、このときは的を射ていた。

 イザベルは青を基調とした礼装を着ており、レザー生地のそれは少し厚めながらも、身体の線が浮き、女性らしさを醸し出している。膝頭より短い紺色のスカートから覗く両足は黒タイツに覆われ、足先はローファーとヒールを掛け合わせたような靴を履いていた。

 一方、すこし恥ずかしそうに部屋から出て来たエステルはドレスを身に纏っていた。といっても、花嫁が着るウェディングドレスのように豪華なものではなく、動きやすさも兼ね備えたカジュアルなドレスだ。襟元や袖口にひらひらしたレースのついた白いブラウスに、緑色のベスト。襟元には黄緑色のリボンが付けられ、エステルの髪色と同じ深緑色のブローチで纏められていた。膝丈より長いスカートは明るい緑色でふんわりと膨らんでいる。……果たして、昨夜のイザベルの提案通り、その中に武器を隠しているのかいないのか……。

「普段、こういう格好はしないものですから……その、変でしょうか?」

「そんなことないさ! アレクの言う通り、よく似合っているよ」

 ホント、隣を歩くこっちが気おくれしそうなほどに。……俺はグレーのアウターに紺色の長ズボンなんだけど、逆に浮かないか?

「さあ、リセイ殿!」

 イザベルが俺の防寒具――黒い革のジャケットと、毛糸のようなもので織り上げたグレーの上着を押し付けてくる。それに袖を通すやいなや、彼女は俺の右袖を引いた。

「エステルも!」

 反対の手でエステルの左手を掴む。

「いざ、祭りへ!」

 どこの武将だと言いたくなる掛け声とともにイザベルはズンズン宿屋を進み、ホテルマンの開けてくれた玄関から外へ出た。

途端、遠くから祭りを楽しむ人々の活気が伝わってきた。売り子の掛け声や祭りの演目を楽しむ歓声が聞こえてくる。

「どこへ行くんだ?」

 俺が彼女たちをエスコートすれば格好もつくのだろうが、現状はその逆だった。そもそも、俺はどんな事が行われる祭りなのか詳しい事を知らない。……昨夜のうちに調べておくべきだったか……――って、それじゃあまるで、デートコースに頭を悩ませるやつみたいじゃねぇか!

「まずは氷像の鑑賞じゃ。見るだけでなく、氷の滑り台などの遊具もある」

 意気揚々とイザベルは俺たちの腕を引き続け、やがて街の出入り口近くに出た。

 どうやら祭りの中心地はここから西――王城方面へ行った所らしく、氷像の並ぶ広場にいる人数はそう多くなかった。近くのベンチには老夫婦が腰をかけ、屋台でかったらしき湯気のたつ飲み物を持ってのんびりと氷像を眺めている。他には、手を繋いで歩くカップルや人目も憚らずいちゃついてるカップル、屋台の前でどれにしようか悩む女とそれを生暖かく見守る男のカップル――と全体的にカップル率が高い。

「二人とも、朝飯をまだ食べてないだろ。何か欲しい物とかないか?」

「準備に夢中ですっかり忘れておったわ。妾のおすすめはミルジンとザックスカじゃ」

 ミルジンは温めたミルクのような飲み物で、ザックスカは小さめのピザのような食べ物だった。俺は朝食をすませていたのでミルジンだけ三人分購入し、ザックスカと、目に入った光玉――口に入れると発光する果物――を二人分買う。軍資金はアレクから渡された小遣いなのだが、オスクロの通貨に慣れない身としては現在自分がいくら持っているのか、定かでないため少し怖い。

 驚いたことにベンチはそれ自体が熱を発していて、座るとぽかぽか暖かくなってくる。二人はそれに腰かけて飲食をし、俺はミルジンを飲みながら氷像を眺めた。

グラウンドほどもある広場には十数体の氷像が並んでおり、オスクロの象徴である光の鳥から、実寸大の氷の家、恐ろしげな悪魔とその対面にはデフォルメされた可愛らしい犬や猫などなど様々なものがある。

氷像ばかりでなく、光影の言霊術によって作りだされた立体映像も広場には展示されていた。炎のたてがみを持つ馬や獅子が中央にある噴水から出現しては、広場を一周して再び噴水に飛び込んで消えている。その姿は幻のため、衝突してもすり抜けるだけなのだが、正面から襲い来る炎の獅子というのは、分かっていても気を失いそうになるほどの迫力だった。

イザベルの言っていた氷の滑り台もあった。とぐろを巻く巨大な龍の背が滑り台となっていて、無理やり滑らされた俺は危うく飲んだばかりのミルジンをもどしそうになった。

その後、俺たちは広場から祭りの中心地へと移動し、巨大雪だるまを破壊する催し物や雪上コースをどの機械が一番早く抜けるか競うゲームなど、祭りの催物を見て回った。

ちなみに見張りの兵士たちは町民と同じような格好をして、俺たちに追随してきていた。注意深く見ていれば兵たちに気づくが、そうと知らなければただの観光客にしか見えない。

「リセイ様、よければこれを……」

 と言ってエステルが差し出してきたのは、彼女が屋台で買ったストラップだった。ミサンガのようにカラフルな紐に、指先ほどの大きさの木彫りの犬が付いている。

「……お守りです」

「あ、ありがとう」

 明日の俺の身を気遣ってのことだろう。

 エステルがはにかみながら渡してくれたお守りを受け取る。

「大事にするよ」

 本当ならこの場で腕に付けたりしたいところだったが、明日のことを思うとそれはできない。「そうだ、エステルにも何かプレゼントするよ。何がいい?」

 肘まであるグローブを付けた手が、二軒先にある屋台を差した。

何を売っているのかと思ったら、なんとそこはくじ引き屋だった。壁に下がっている品々は当たりの賞品なのだろう。そこの一角にぶらさがっている短剣をエステルが熱い眼差しで見ている。

 同じくそれに気づいたイザベルが「もっと可愛らしいものもたくさんあるのに……」と残念そうに呟いた。

「本当にここでいいのか?」

「はい」

 本人がそれでいいなら無理に止める筋合いはない。

「何回引く?」

「五回です」

 恐らく、それは俺にくれたお守りと相応の値段なのだろう。生真面目なエステルらしい答えに口元を緩めながら箱の後ろに座る男に金を渡した。

「まいど。ほい、釣り銭だ。五回引けるよ」

 エステルは子供のように真剣な表情で箱と向き合い、素早く紙を引いた。自らの人差し指と親指が摘まんだ一枚の紙と、期待と緊張を漲らせて向き合う。

「ハズレだね」

 屋台のおっちゃんは残酷だった。あるいはエステルより早く、結果を口にすると続きを引くよう促す。

 ――残念ながら、その後もエステルは四回連続で敗戦した。

「……」

「ああいうのは当たりが入ってないこともあるからさ。気にすんなよ」

「そうじゃ。エステルに運がないわけではない。妾が証明してみせよう」

「え、無駄と分かってるのにするのか?」

「このままではエステルの戦いが無駄になってしまうじゃろう。妾が仇を討つ」

 気落ちするエステルを慰めようとしたつもりが、わけの分からない結論に達する。

「二人とも、気持ちだけで十分ですから」

 エステルが軌道を正そうとしてくれたとき、後ろからやって来た少女が「一回ね!」と言ってくじ引き屋の男に硬貨を渡した。

「当たった! ……なーんだ、あの剣か。おじさん、それと光拡大鏡を交換できる?」

「ダメだ。それは三等で、拡大鏡は一等だからな。どうする嬢ちゃん? もう一回引くか?」

「……でもお小遣いは全部使っちゃったしなぁ」

「君、ちょっといいかな?」

 あらゆる意味で有望な少女に声をかける。不審者を見る視線を、少女のみならず屋台の男にも向けられたが、この際気にしないでおこう。

「なに?」

「その剣とこれを交換してもらえないだろうか?」

「なにそれ?」

 若干怪しい取引のようにも思えるが、幸いにして少女は興味を引かれてくれたらしい。俺の渡した巾着袋を開けると、中を覗き込んで息を呑んだ。

「いいの!?」

「ああ、一等が当たるといいな」

 巾着袋の中の残金がいくらあるのか。正確には分からないが、くじをあと数十回は引けるくらい十分にあるだろう。

「これだけあったら、ぜったい当たるよ!」

 短剣を俺に押し付けると、少女はさっそくお金を払ってくじ引きを再開した。

「はい、エステルこれ」

 素人目にも綺麗だと思う短剣をエステルに差し出す。

「……よろしいのですか?」

「エステルにあげたいんだ」

 今まで、彼女が何かを欲しがっているのを一度も見たことがない。エステルだけが、俺に何も望まず、献身的に尽くしてくれたのだ。それらへの感謝というのももちろんあるが、半分くらいは罪滅ぼしの気持ちもあった。彼女が、長手袋を着用するようになったのは俺のせいなのだから……。

「……ありがとう、ございます」

 エステルが真っ赤になるものだから、なんだか急に俺も気恥ずかしくなった。

「い、いいってことよ。それより、もうそろそろ帰らないか? アレクが心配して俺たちを探し始めないうちにさ」

 太陽が地面の下に沈んでから、もう一時間は経っている。

 兵士たちが未だに町民に溶け込んでいるところを見るに、アレクはこれまでにないほどの忍耐強さによって心配性を抑えこんでいるようだが、果たしてそれがいつまでもつものか……。

それになにより、たった今、全財産を失ったしな!

 俺の内心を慮ってか、二人は素直に頷くと屋台で買った物を手土産に帰路へ着いた。


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