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第七幕 2

第七幕 2


「おかえりー!」

裏口から城へ入るやいなや、突進してきたライライをかわす。

「戻られたかリセイ殿。ちょうど今、使いを出そうと思っておったところじゃ」

 イザベルとアレクが待ちかねたように俺に近づく。

「どうしたんだ?」

 アレクは緊張に顔を強張らせたまま、声量を抑えて囁いた。

「オスクロ国の使者が内密にいらっしゃいました。〝ロレンツォ国王〟とお話ししたいそうです」

「本当にオスクロの使者なのか?」

「身元は妾が保証しよう」

「それなら、すぐに会おう。どこにいる?」

「妾の部屋じゃ。今はヴィリオーネと一緒に待っておる」

 俺たちは足早にイザベルの部屋に向かった。

 廊下に面した部屋のさらに奥、執務室と思しき部屋にオスクロ国の使者とヴィリオーネがいた。

「来たわね。では、ワタシはこれで失礼するわ」

 ヴィリオーネが退室し、扉が完全に閉まるのを確認してから使者は名乗った。

「お初にお目にかかります、ロレンツォ・デ・パブロ様。わたしはオスクロの東方にあるベルゲン地方を治めます、ネストール・ベルゲンと申します。この度は急な来訪にも拘らずご面談くださり、心より感謝申し上げます」

 使者の一人、金髪を短く刈り込んだ痩せ型の男が早口にそうまくし立てた。

「自分は、ベルゲン様の護衛のゲリー・マードックです」

 壁に寄りかかっていた茶髪の男が会釈をする。それきり、自分は話し合いには無関係だといわんばかりに本棚に並んでいる背表紙を眺めていた。

 使者は国王とだけ話がしたいと懇願したようで、部屋にいるのは彼らと俺、あとは使者の身元保証人であるイザベルの四人だけだった。

「失礼ですが、いらっしゃったのはお二人だけですか?」

「そうです」

 意外な答えだった。フィアンマと手紙をやり取りしたときでさえ、手紙の運び人たちは必ず十人ばかりの集団で来ていたのだ。

「私たちは、シャムロフ大臣の命を受けて本国には内緒でここに来ました。ロレンツォ様の耳にもすでに、我が国の不穏な噂が届いていることかと思いますが、それらはおおむね事実です。オスクロ国は再びテュルクワーズ国と戦火を交えようとしています」

「……それを、伝えに来た君たちの真意はなんだ?」

「シャムロフ大臣やわたしは戦争など望んでおりません。国内には同じように平和を願う者がたくさんおります。……しかし、それは半数の意見に過ぎません。現在、オスクロ国内は開戦派と非開戦派に分かれて内部で抗争をしている状態なのです」

「……知っているとは思うが、半年前にテュルクワーズとフィアンマは協定を結び、その中には、どちらかが他国に一方的に攻撃を受けた場合、武力による相互援助をする安全保障条約も含まれている。オスクロはテュルクワーズとフィアンマ両方と事を構えるつもりなのか?」

「……はい」

 苦しそうに男は肯定した。続いて、その理由を話す。

「……恐れながら――わが国ではロレンツォ様が亡くなられたのではないか――そんな根も葉もない話が出回っているのです。もちろん、こうしてお会いしたわたしには愚かな虚言以外の何物にも思えませんが、城内の位ある者たちがそう囁き、中立の立場にある者や反対を示している者をそそのかしているのでございます」

 心臓がいやに高鳴ったのは、その噂に覚えがあったからだ。

似たようなことを商人のみならず、街の人も口にしていた。

 あれだけ派手に、街や国内を出回っていたロレンツォ様が、フィアンマとの協定以降、姿どころか、どこそこで何かをやらかしたという噂さえ聞かない――と。

「ロレンツォ様から手紙をいただき、シャムロフ大臣は少しばかり強引にでも、自分に今の地位があるうちにテュルクワーズと和平を結んでおこうと決意されました。もちろん、わたしやその他の非開戦派もそのためなら命すら喜んで投げ打つ覚悟です。……――ですが、まずは国内にはびこるロレンツォ様に関する噂を排除し、開戦に靡いている者たちの目を覚まさせる必要が――」

「陛下に、オスクロに出向けと言うのか!?」

 噛みつくように声を荒げたのはイザベルだった。柳眉を吊り上げて、青い両目で使者を睨めつける。

「たった今、そなたの言うたようにオスクロが開戦と非開戦に分かれておるなら、国の半分が陛下の敵ということじゃぞ!? そんなところへ来いと、そなたはそう言うのか!?」

「しかし、そうでもしなければ間に合いません。……急がなければ、開戦の火ぶたは切って落とされるのです! 半年前のフィアンマとの協定のときだって、オスクロは妨害を目論んでいたんですよ!? 幸い、通りすがりの馬車を一回襲撃しただけですみましたけど……」

 おいおい、それは通りすがりの馬車にはいい迷惑――って!

「ちょっと待て、それは俺が乗ってたやつじゃないか!?」

 エステルが大火傷を負い、俺が呪いの腕輪を付けるはめになった出来事。

「そんなはずはありません。襲撃はフィアンマとオスクロの国境で起こったそうですから」

 ――うん、俺たちそこを通ったわ。

 あの日、最短で国へ帰ろうとした俺たちは、フィアンマ国内を横切って東へ大きく迂回するルートではなく、オスクロとの国境近くを通る道を走ったのだと、後日アレクに教えてもらった。

 しかし、そんなことを言えば話に水――というか油を差すだけだろう。今でさえ、イザベルは射殺さんばかりに使者を睨んでいるのだ。美女の迫力ある睥睨に押されてか、ネストール・ベルゲンと名乗った男の顔は少し蒼くなっている。

「……とにかく、急いで手を打たなければならないということは分かった。しかし、俺の一存ですぐに答えを出せる問題でもない。すまないが、少し時間をくれないか?」

「もちろん、一朝一夕に答えられる事ではないと、わたしも思っております。ですが、その上で、できるだけ早くお返事をいただきたく、お願い申し上げます」

「分かった。遅くとも、二、三日中には答えられるようにしたいと思う」

「ありがとうございます。それと、フィアンマ国の女王、アドリア―ナ様よりお手紙を預かっております」

「アドリア―ナ女王から?」

「実はこちらに窺う前に、アドリア―ナ女王にも同じ話をし、ロレンツォ様と内密に謁見できるようご協力をお願いしたのです」

 それで、オスクロの使者である二人がテュルクワーズの城に入れたわけか。

「わたしどもとしましては、ロレンツォ様に我が国にお越しいただき、開戦支持者が少なくなったところで和平協定を結びたいと考えております。――どうか、よろしくお願いいたします」

 ネストールは膝頭に頭がつきそうなほど深く頭を下げた。

「俺が返事をするまでの間はどうするつもりだ? よければ、城内に場所を用意するが?」

「それには及びません。城下の街に宿をとってありますので、そこに滞在します。フォールインという宿屋で、ネフ・ゲルベという偽名です。返事が決まりましたらお呼びください」

 部屋の外で待機していたアレクに使者の見送りをお願いして――ヴィリオーネとラインハルト姉妹はおやつを食べに行ったらしい――俺はアドリア―ナ女王からの手紙を開いた。

 そこにはもう一人の使者、最初に名乗って以降、ついに一度も口を開かなかったゲリー・マードックに関して、フィアンマ国が身分を保証するということと、戦争回避へ向けて協力を惜しまないということが記されていた。

「――なあ、イザベル。どうしてオスクロ国はテュルクワーズと戦おうとするんだ?」

 せっかく平和になったのに。

それまでの間、どれほど多くの血が流れたのか。この世界にいなかった俺には実感こそ薄かったが、当時の記録を見ただけでもその苛烈さは容易に想像できる。

「国の発展のためじゃよ。その土地には固有の精霊がいて、そこで初めて精霊の恩恵を受けられる。極端に言えば、広大な土地を持っていれば持っているほど、国は潤い、国力は増す。そして、テュルクワーズは他に類を見ない、時空を司る稀有な大精霊がいる。オスクロ国はそれが欲しいのじゃろう」

「欲しいって――そんな子供みたいな理由で」

「人の行動理由が、殊勝なものであることの方が珍しい。ことに政となれば、欲望や嫉妬が根を張り、人がそれに翻弄されるという馬鹿馬鹿しい事態になりがちなものじゃ」

 イザベルの口調は淡々としたものだったが、その表情は冷たかった。

「……――ドミニカにさ、イザベルはオスクロ国の偉い人だった、って聞いたんだけど……」

「そうじゃの、すっかり時期を逸しておったが、いい機会じゃから話そう」

 吐息しながらそう言うと、イザベルは手で椅子にかけるよう示した。自分は向かい側に座り、よくなめした飴色の机越しに向かい合う。

「妾の家系――シュットラー家は元々、オスクロ四貴族の一つで、テュルクワーズとの国境がある東の地域を治めておった。当時は両国の関係もそれなりに良好で、臣下として王に仕えていた父上と、父上の兄であり、地方主であったヴァシリー伯父上が率先してテュルクワーズとの仲を取り持っていた。妾たちが出会ったのは、そのときの懇親会でのことじゃ。ところが、その一月後にリセイ殿がいなくなり、それから一週間と経たぬうちに、テュルクワーズとの戦争が始まった。国内ではテュルクワーズと親しくしていた父上たちを良く思わない者や、敵視する者が現れ始め、危険を感じた父上は、捕虜という名目で妾をロレンツォ殿に預けた。

 ……開戦しても、今日明日のうちに兵士が襲いかかってくるわけではない。そのとき妾は、いなくなったリセイ殿のことが気がかりで、戦争が始まったということを絵空事のように捉えておったのじゃ。父上にテュルクワーズへ行くよう言われたときも、リセイ殿を探すことができる、としか思っておらんかった。……――本当に、戦争が始まったのだと肌で感じたのは、テュルクワーズの城に着いてすぐ、武装した兵たちに取り囲まれたときじゃ。鋼の煌めきや、それにも増して鋭い殺気、嫌悪。……ロレンツォ殿が現れていなければ気を失っておったかもしれぬ。

 恐怖に戦くだけの日々ののち、ついに最悪の事態が起こってしまった。

 オスクロ国で、父上や叔父上、母上に至るまで、シュットラー家は一族郎党反逆罪で処刑されたのじゃ。

 ……正直、今でもオスクロ国のことは憎いし、叶うならば国王と、我が一族を貶めたハップ・チャンドラー卿を殺してやりたいとさえ思うときもある……。だが、そうしたところで誰の利にもならぬ……妾自身にとってさえ……。

 帰る場所を失い、失望に暮れる妾にロレンツォ殿が教えてくれたのじゃ。リュエル神殿へ、フィアンマのリビトール王子と行ったときにあった出来事を。そして、リセイ殿が異世界で生きていて、その様子を見られることも。

 ……現実から逃れたいという思いもあったのじゃろう。妾は日がな一日、リセイ殿を見て過ごした。知らない世界に戸惑っているリセイ殿の姿は、まるで自分を見ているようにも感じたのじゃ。しかし、一月、二月と経つうちにリセイ殿は環境に適応していった。それを見て、妾も何かしなければと気を奮われた。それからは、捕虜たちの手当をしたり、食事を運んだりと、とにかくできることはなんでも始めた。そうしながら、戦争なんてしないほうがいいに決まってると誰にも彼にも話して回った。

 それが何かの一助になったとは思わないが、その翌年、激しい合戦が減り、徐々に戦火が治まり始めた。その頃、ロレンツォ殿がラインハルト姉妹を連れて来たのじゃ。彼女たちをリセイ殿の妃候補にすると聞いて、ならば妾も! と名を挙げた」

 冷たく強張っていたイザベルの雰囲気がようやく和らいだ。

「考えてみれば、妃候補のうち立候補したのは妾だけじゃな。ロレンツォ殿は『いいよ。それならお前が第一な』と軽く請け合っておったが」

 これまでも思ってきたことだが、ロレンツォはかなり軽いノリで俺の妃候補を決めたらしい。

「あのネストールという男はシュットラー家の分家にあたるベルゲン家の者で、妾の幼なじみみたいなものじゃ。シュットラー家が治めておった地方を、そのままベルゲン家が受け継いだのじゃろう。ゆえに、ネストールの身を妾が保証したのじゃ」

「二人については疑ってないよ。二人が本当は開戦支持者の仲間で、俺を罠にはめようとしているならわざわざフィアンマ国に協力を頼む必要も、二人だけでテュルクワーズに来る必要もない。協定について話し合いましょう、と堂々と俺を呼び出せばすむことだ」

「リセイ殿はどうするつもりなのじゃ?」

「まだ分からないけど、これ以上、俺がロレンツォのフリをして、その死を隠したままでいるのは難しいかもしれないな……」

 さすがにロレンツォの派手な振る舞いまでは真似できない。一日ならともかく、数年となれば不可能だろう。

「……何か――ロレンツォ以外の抑止力が、何かあれば……」

 あるいは、オスクロ国の欲しているものを失くすとか。しかし、大精霊なんてあやふやな存在の消し方なんて分かるはずもない。

「とにかく、アレクやエステル、ヴィリオーネといった、事情を知っている人をみんな呼んで話し合おう」

「そうじゃな」

 頷き合うと、俺たちは待ちくたびれているであろうアレクの所に行った。


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