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第六幕 2

第六幕 2


 王都からリュエル神殿までは馬車で進んでも約六時間はかかる。

 アドリア―ナ女王がテュルクワーズの王城に来た翌日、朝早くから俺は彼女と連れだってリュエル神殿へ向かった。来て早々、馬車で六時間も移動するなんて、と女王は不満を述べたが、『そこでしか真実を話せないんです!』と頭を下げて懇願しまくり、ようやく承諾を取り付けたのだ。

 同行しているのはアドリア―ナ女王と俺を守護する両国の兵士だけで、妃候補やアレクは来ていない。

女王とは別の馬車なので、現地に着くまでの六時間を、俺はテュルクワーズの歴史について記された本を読んで過ごした。

「陛下、あれがリュエル神殿です」

 御者がそう教えてくれたのは、頂点を極めた太陽が西へ少し傾いた時分だった。

 一言で表現するなら、エルフの森といったところだろうか。

 森の賢者と称えられる彼らがこの世界にいるのか、定かではないが、そういった種族が隠れ住んでいると言われても得心できるほど、小さな森は静まりかえり、排他的な雰囲気を発していた。森の横幅は百メートルほどで、端へいくにつれて木立がまばらになる。一方で、中央付近は大木が生い茂り、大木の枝は通常の木の幹のごとく太く、葉はたった今顔料で染めたかのように鮮明な緑色をしていた。

 神殿が森を育み、森は神殿を守っている――直感でそう思った。

 整備されていない森の中を馬車で進むことはできず、森の端に馬車を停めると、俺たちは神殿まで歩いて行った。

 一分と経たないうちに神殿へ辿り着き、護衛の皆さんには外で待っていてもらうよう頼む。

「変な事をする気ではないでしょうね?」

 女王が胡乱げに俺を見る。

「アドリア―ナ女王へ危害を加えるようなことは一切しません」

 俺の言うことを信じてくれたのか、はたまた、せっかくここまで来たのに尻込みすればこの六時間が無駄になると考えたのか、女王は俺に続いて神殿へ入った。

 森同様、リュエル神殿も小ぢんまりとしていて、部屋が二つとそれを繋ぐ一つの通路しかない。最初の部屋はおよそ六畳の広さだったが、次の部屋はその倍ほどもあった。

「――それで、どうしてここでなければ話せないのですか」

「唯一話せるやつがここに来いって言ったんですよ」

「は?」

「実はですね、俺はロンレンツォじゃなくて――」

《悪いな。少し借りるぞ》

 何を――と問う前に意識が遠のいた。だが、完全に気を失うのではなく、半分寝ているような不思議な感覚になる。

「ヴォレ・リヤンエスパース」

 不思議なことに、口が勝手に紡いだその言葉が何を引き起こすものなのか、俺は分かっていた。

次元が一つずれた無空間へ人を移動させる術だ。

 次の瞬間、俺とアドリア―ナは宇宙のような場所にいた。足元は紺色に白光を散らす銀河のため、視覚的には浮いているように見えるが、足の裏にはしっかりと地面を感じ取ることができる。

「!? ここはどこですか!?」

「父さん!?」

 三メートルほど離れた場所に、ずいぶん懐かしい姿があった。人の良さそうな柔和な顔つきに、ひょろりと長い手足。俺と似たデザインの眼鏡をかけたその面立ちは間違いなく、俺の父親、京極利壱リヒトその人だ。

「やあ、リセイ。元気にしてたみたいだね。しばらく見ないうちに、サングラスをかけて髪まで染めちゃうなんて、異世界デビューかい?」

「ちがっ! これにはわけが――ああ、もう!」

 ニヤニヤとからかうように笑う父さんに少し腹が立つ。サングラスを外すと、代わりに胸の内ポケットからケースを取り出して自分の眼鏡をかけた。

「あなたは!?」

 俺の素顔を見たアドリア―ナ女王が息を呑み、一歩二歩と後ろへ下がる。

「見ての通り、よく似てるけど俺はロレンツォじゃない」

「おうとも。俺こそが本物のロレンツォ・デ・パプロ様だ!」

 唐突に現れたロレンツォに、俺も自分がもう一人出現したのかと驚いた。だが、俺以上に驚き、混乱しているのはアドリア―ナ女王だ。俺とロレンツォを、目を回すほどの勢いで交互に見ては、「え、でも、あれ?」と呟いている。

「こいつは異世界にいた俺の弟のリセイだ」

 異世界??? となっていた女王だったが、不可思議な事柄よりは、解しやすい事柄へ意識を逸らすことで現実逃避を試みたらしい。

「……その人は?」

 父さんに誰何する。

「ああ、覚えてないのも無理はないね。アニーはまだ小さかったし、僕はあの頃と比べるとずいぶん変わったから」

 父さんは困ったように微笑しながら、大事なものを見るように優しい眼差しを返した。

「………………まさか――お兄様なの……?」

「ただいま、アニー。そして、おかえり、リセイ。ここが、僕ら二人の生まれた世界だよ」

「父さん、も……?」

「そうさ。十二年前のあの日、僕らはロレンツォに命を救われた」

「――その通り。アドリア―ナはずっと、俺が兄王子を殺したんじゃないかと疑ってたが、真相は逆だ」

「……どういうことなのか、きちんと説明してください」

 いかにも軽薄に肩をすくませて頭を振るロレンツォを訝しんでのことだろう。女王は険を含む鋭い視線を向けた。

「――当時、玉座に就いていたのは俺の父だが、父には兄がいた。それがどうしようもない人でな。子供の俺から見ても、とても王の――王家の器じゃなかった。自分の部屋にこもりきりで、公務も行わず、公の場に顔も出さない。俺が生まれたとき、伯父上の周りにいたのは世話を命じられた従者と、俺たち家族だけだった。誰も、城の守衛一人にいたるまで、伯父上に敬意を抱く者はいなかった。それどころか、存在を知らない者さえいた。

それを叔父上本人がどう思っていたのかは分からない。父や、父に王位を継がせた祖父のことを恨んでいたのか。自分を一人にする他人を憎んでいたのか。

その叔父上を祭り上げて、謀反を企てようとした馬鹿野郎がいた。そいつが狙ったのが、父の息子である俺たちと、フィアンマ国との協力関係の破壊だ。あとで分かったことだが、その裏切り者はオスクロ国とも繋がっていて、やつらが侵略してくるのを手引きしていた。

 とはいえ、国内の、それも王の近くに裏切り者がいると分かったのは、オスクロとの開戦直前だ。

 あのとき、リビトールはテュルクワーズに遊学に来ていた。その息抜きに、俺がリュエル神殿へ連れて来たんだ。お前は――」

 ロレンツォが俺を指さした。

「金魚のフンみたいに『にいちゃん、にいちゃん』って俺について回ってたからな。あの日も、俺たちについて来た。……そして森で、裏切り者の息がかかった兵士たちに襲われたんだ。

なんとか兵士を退けて神殿に立てこもったが、深手を負った二人は衰弱しきっていた」

「そのときに僕の心臓は動かなくなってね。ロレンツォが言霊術で、自分の心臓と動きを同期させることで僕を生き返らせてくれたんだ」

「リセイの方も、傷は塞いだが出血が酷く、辛うじて息をしているという状態だった。俺の魂を分けることで、なんとか一命を取り留めたんだ。――だが、そこからが問題だった。俺一人で二人を庇いながら森を脱出し、味方のいる場所に戻るなんてとうていできない。籠城を続けようにも食料ばかりか水もない状況では、こっちが弱ったところを狙われるのがおちだ。

 ――本当に、何の偶然か、はたまた欺罔だったのか……。リュエル神殿は、時空精霊の恩恵を最も受けられる聖域だ。ここからなら、二人を異世界へ送れる。

……俺はリビトールに取引を持ちかけた。お前を助ける代わりに、リセイの親代わりとして、俺が呼び戻すまで異世界で生きてくれないかって」

「僕は快諾した。いつ帰って来られるのか分からないけど、そうするのが最善だと思ったんだ」

「本当は、戦争が終わればすぐに二人を連れ戻すつもりだった。だが……リセイは争いのない世界で平和に生きていた。剣を持ったことすらなく、人を傷つける必要もない。国だの民だの関係なく、このまま穏やかに生きていくのがお前にとって一番いいんじゃないのか? そう思ったんだ」

「リセイが十五歳になったとき、ロレンツォは僕に訊ねてきた。『サブ・ガイアに戻りたいか?』って。それに僕は否と答えた。もちろん、両親やアニー、友人たちに会いたいという思いはあったけれど、リセイのことを思うと戻る気になれなかった。それに、地球でも友人はたくさんできたからね」

「これが、十二年前のリビトールが行方不明になった事件の真相だ。ドラゴネッティ前王陛下や、奥方様、アドリア―ナには真相を話し、陳謝すべきだと思ったが、リビトールのことを話せば、必然的にリセイのことや、テュルクワーズの秘密、異世界について話さなければならなくなる。父は――いや、俺は、そうするべきではないと判断した。少なくともあのときは。それにこんな話、本人たちの証言がなければにわかには信じられないだろう?」

「……今でも信じられませんわ」

 ゆっくりと、女王は瞬きを繰り返した。俺、ロレンツォ、父さんと順番に視線を転じる。

「本当に、お兄様なのですか……?」

「そうだよ――と言っても、この姿じゃあドラゴネッティ王家を示す火龍を呼び出すこともできないけどね。そうだ、代わりに僕らしか知らない話をしよう! あれはアニーが五歳のときだったねぇ。僕の誕生日にコウトウシランの花で冠を作って、てっきり僕にくれるのかなーっと思ってたら自分の頭に乗っけてプレゼントはア――」

「あなたは間違いなくお兄様ですわっ!」

 女王は顔を真っ赤にして声を張り上げた。

 ところが、女王の金切り声に肯定されても、父さんの思い出話は止まらなかった。

「僕はあのときほど、ばあやを気の毒に思ったことはなかったねぇ。アニーの優しさと成長に歓喜しつつ、丹精に育ててきた花が満開を迎えるやいなや摘み取られてしまったんだからねえ。母上も気の毒に思ったんだろう。後日、ドラゴンジンジャーの苗を渡していたよ」

「! もしかして、コウトウシランの真ん中で咲くドラゴンジンジャーがそれですの!?」

「――それは、見事な景観なんだろうねえ」

「ええ、とっても! 戻ってらしたのなら、お兄様も是非見てくださいな! みんな喜びますわ! ……残念ながら父上は三年前に他界されましたが、母上は健在です。それにばあやも。――わたくし、ばあやに謝らないといけませんわね。それから、お兄様の帰国のお祝いをいたしましょう!」

 今までの女王然とした気品はなりを潜め、アドリアーナ女王は野原を駆ける少女のように歓喜の躍動に満ちている。

 そんな彼女を見ていて、俺は胸が痛くなった。――彼女のささやかなその願いは決して叶うことがないのだ。

「……ごめんね。それはできないんだ」

「どういうことですの? この方が戻ってらしたのなら、お兄様も帰られるのでしょう?」

「本当にごめん。だけど、僕はもう……死んでいるんだ」

 女王は言葉の意味が分からず呆けたあと、残酷な現実を突きつけられて膝から崩れ落ちた。

 ロレンツォがすかさず駆け寄るが、「近寄らないで!」と拒絶される。しかし、それでへこたれるようなロレンツォではなかった。

「あいにく、俺は女性の涙は拭ってやらないと気がすま――デエェェ!?」

 デシッ! という地味な音がロレンツォのキザな台詞を遮った。女王に頬を張られたロレンツォは口をあんぐり開けた間抜け面のまま硬直したが、女王は見返りもしなかった。俺も一瞥だけして、すぐに二人へ視線を戻す。

「……病――ですの?」

「いいや、違う」

「それなら、父さんはどうして――そうか! 心臓だ……!」

 思い出した。事故を起こしたとき、父さんは胸を押さえていた。もしかしたらあれは、ロレンツォが死んだときと一致するのではないか?

「心臓? 心臓が止まったということですの!? ですが、なぜ!? ロレンツォ王の心臓が動いている限り、お兄様の心臓も動き続けるはずではなかったのですか!?」

 父さんが答える前に、張り手から復活したロレンツォがやれやれと肩をすくめた。

「賢いアドリアーナらしくないな。そこまで自分で言って、まだ分からないのか? つまり、そういうことだよ」

 最前、父さんの死を知らされたときとは違う、驚愕満点の表情を女王は浮かべた。

「――まさか、人魚の肉を食して不老不死を手に入れたと噂のロレンツォ王が……?」

「おい、なんだその噂は。フィアンマじゃ、俺はそんな化け物扱いされてんのか?」

 ロレンツォの文句を無視して、女王は俺を見た。そして、悟ったのだろう「そう……だからあなたが戻って来たのね」と呟く。

「父さんは、本当にこれでいいのか? 俺とロレンツォのせいで、家族と離れ離れになって。そして結局、家に帰れずじまいで……父さんは満足なの?」

 これは残酷な問いだったのではないかと、あとになって俺は思った。だが、俺は父さんの幸福を問わずにはいられなかったのだ。それなのに、望む答えは一つ――

「大満足さ。本当は十二年前に終わってたはずの人生だ。続きがあるだけで幸せだし、リセイという立派な息子を持つこともできた。これで不満なんて言おうものならバチが当たっちゃうよ。それに、最後まで家族と離れ離れだったわけじゃない。こうしてもう一度、アニーと会って話すことができた。僕はね、世界中の誰よりも幸福に満ちた人生を送ることができたと思っているよ」

 臆面もなくそう言ってのける。そんな父さんを、すごいと心底思った。

 サブ・ガイアでの父さんの人生は知らないが、少なくとも地球での生活は、特別他人に羨ましがられるようなものではなかったはずだ。金持ちというわけでもなく、きれいな奥さんがいるわけでも、栄誉ある職をしていたわけでも、社会的地位が高いわけでもない。男手一つで俺を育て、上司とお客に頭を下げまくり、たまに同僚や部下と酒を交わして愚痴りあう。恐らくそれが父さんの日常で、やっぱりそれは多くの人が経験している普通の日常だ。

 それなのに、父さんはとっておきの宝物を持っているように誇らしげだった。

「俺も、父さんといられて……京極リヒトが父さんでよかった!」

 言っておいてなんだが、スッゲー恥ずかしいな! 父の日でもここまで言ったことはないぞ!

でも、これが最後かもしれないなら、照れくさくてもやっぱり言っておくべきだろう。

「俺は、世界一幸せな息子だよ……!」

「それは僕の方――」

 唐突に声が途切れた。ヒュッ、と息を呑む音がして、目尻から涙がこぼれる。それを見て、俺も喉元で必死に堪えていた熱いものが溢れた。

「リセイ……君は、ぼくの、自慢の息子だ……!!」

言葉にならない気持ちを伝えるように、父さんが俺を抱きしめる。父親に抱擁されるなんて保育園児のとき以来だ。

「うんうん、感動的だな。だけどなお二人さん、残念ながらそろそろお別れの時間だ」

 流れてもいない目尻の涙を拭いながら、ロレンツォが言った。

「言霊術に慣れてないリセイに、あんまり長いこと術を使わせてると死んじまうからな」

 聞き捨てならないことを言う。

「はあ!? ど、どういう事だよ!?」

「ここは、死者と生者を分ける境界線上の無空間なんだ。時空術を極めた者だけがここへ転移できる。今は、お前の体を借りて二人を無空間へ連れて来ている状態だからな。あんまりのんびりしてると、もれなくお前は境を越えてこっち側に来ちまうぞ。んで、時空術を使えないアドリア―ナは永遠この空間をさまよ――」

「は、早く出してちょうだいっ!」

 ただでさえ悪い顔色をさらに悪くして、女王はロレンツォに詰め寄った。

「アドリア―ナは兄とお別れしなくていいのか?」

「――するわよ!」

 ヤケクソ気味に叫んで、父さんに近づく。

「お兄様、お会いできて嬉しかったですわ」

「僕も、アニーが立派な淑女に育ってくれて嬉しいよ。ごめんね、僕の代わりに国王なんて重責な立場にさせてしまって」

「いいえ。誰に強いられることもなく、全てはわたくしが自分で決めたことです」

 兄妹が別れを惜しむ間、俺は引っかかっていたことをロレンツォに訊ねた。

「なあ、さっき父さんに戻りたいかどうか訊いたって言ってたけど、どうやって訊いたんだ? あのとき父さんは地球にいたんだろ?」

「ああ、それか。それはな、お前の中に俺の魂が混じってるからだよ。お前の意識が低下してるとき――寝てるときなんかに意識を入れ替えたりしてたんだ。お前も何度か同じことを経験したはずだぞ。だから十二年も経ってるのにこっちの言葉を忘れてなかったんだ。俺がお前の意識を呼んで、俺の体を介してこっちの世界を体験させてたからな」

「何言ってんだ? そんな覚えは――」

 言いかけて、あることを思い出した。

 十年間も俺を悩ませ続けていた悪夢の正体はもしかして――

「ちょっと聞くが、その体験ってのは主に、女性たちから暴行を受ける内容だったか……?」

「それがたまったま! 俺が女性から愛の裁きを受ける時間が、お前の睡眠時間と合ってことが多くてだな! 別に狙ってたとか、身代わりにしてたわけじゃないぞ! いい機会だから女性を怒らせるとどうなるか、かわいい弟に教えてやろうと思ってだなあ! でも、ボーっとしてたら殺されるような相手にはさすがにお前をひっぱり出さなかったぜ!」

「そ、のせいで俺は……ッ!! 殴っていいか? 百発くらい殴ったら俺のこの怒りと虚無感の百分の一くらいは治まるかもしれん」

「いや! さすがに俺も少しくらいはお前に悪いことしたなーって思ったさ! だから、選りすぐりの妃候補を五人も準備してやってたろ?」

「余計なお世話だ!」

「……おぉっと、もうこんな時間だ」

 腕時計も付けていないくせに手首を見て大仰に慌てると、ロレンツォは「行くぞ、リビトール」と父さんを呼んだ。

「じゃあなリセイ。あとのことは頼んだぞ」

「ちょっと待て、言いたいことはまだある! 自分の都合で俺たちを振り回しておいて、自分の都合で放り出すのかよ!?」

「……悪いと思ってる。だけどなぁ俺にはお前を助けないなんて選択肢はなかった。そして、この国をほっぽりだすなんて選択肢もな。……お前もそうだろ?」

 散々俺の臆病ぶりを見てきたくせに、ロレンツォは一抹の疑いもない真摯な眼差しを寄こしてきた。

 自分はもう関われないから、だからそんな無責任な信頼を寄せられるんだ! そう言おうと思ったのに、口は違うことを吐き出した。

「フン。俺とお前の関係なんか知らん。俺は京極リヒトの息子、京極リセイ。だから、俺は父さんの息子として、父さんを悲しませないように、父さんに誇らしく思ってもらえるように、そう、行動するだけだ」

「リセイ……ありがとう」

「父さんも。俺、父さんの息子でよかったよ。ありがとう」

「お兄様、それにロレンツォ王も、ありがとうございました」

「リセイ、アニー。僕らは姿こそなくても、いつだって君たちの傍にいるからね」

「……オリネラに伝えてくれ。悪かったな。それと、ありがとう。愛してるって」

 白昼夢から醒めたような心地のあと、俺とアドリア―ナはリュエル神殿に戻っていた。

「夢――ではありませんわよね?」

「だったら、俺のこの疲労感は何なんでしょう?」

 風邪を引いたときのように全身が重く、関節が熱を持って疼いていた。今すぐ横になりたいところだが、そうするにはまだ早い。

「リセイさん」

 立ち上がった女王に続いて、俺も腰を浮かせて背筋を伸ばした。

「ご無礼の数々、どうかお許しください」

「いえ、そんな。あなたが謝ることなんて何もありません」

「我が国で、あなたが襲われたことについても重ねてお詫び申し上げます」

 女王は直角に腰を折った。

「その上で、恥を承知で申し上げます。よろしければフィアンマとの協定について、再考いただけないでしょうか?」

「再考どころか、テュルクワーズとしてはすぐにでも実行をお願いしたいところですよ!」

 顔を上げた女王は柔らかく笑むと、「もちろんですわ」と右手を差し出してきた。

「……!」

 躊躇いつつも、俺はなんとかその手を握り返すことができた。


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